見出し画像

マーケティングを勉強しただけでは、マーケティングできるようにならない〜その5〜

「マーケティングが出来る」とはどういうことか、の構造を考えるために始めた本記事。
ここまではマーケティングを下のスライドの様な四階層

に分け、「マーケティングができる」こととはどういうことなのか考えています。
*前回までの記事を格納したマガジンは、こちらです。

第5回目となる本記事では、最上階層の「マーケの拡張」について考えてみたいと思います。

読者の皆さん、最も好きなチェーン店ブランドは、どこですか?

*ここで筆者が「チェーン店ブランド」という言葉で表したいのは、一般的に小売を指す「チェーンストア」ではありません。
もっと広い範囲、つまり、店舗があり、そこに人がいて、本部が決めたオペレーションをしている業態全てを指しています。小売店はもちろん、ファストフードレストラン、銀行、携帯ショップなど、かなり広範囲な業態が、ここにはカバーされる、と考えてください。

筆者の場合は、最も好きなチェーン店ブランドは、スターバックスです。
皆さんは、いかがですか?

スタバのどこがそんなに好きなのか、と改めて自分に問うてみると、

<商品について>
コーヒーは確かに美味しいが、自分はコーヒー通ではないので、無論利きコーヒーなどはできず、したがって商品=「スタバを一番好きなブランドとする決め手」とは言えない

<店舗そのものについて>
スタバはどの店舗に行ってもそこそこ居心地が良い環境ではあるが、その他のチェーン店を押し退けて最高である、という決め手とは言えない

と、カフェにおいて、一般的にその評価に重要そうな2要素が(もちろん重要なポイントではありますが)決定打ではないことに気付きます。

では何が重要か。
筆者は一人ひとりの店員さんであると考えます。

スタバでは、どの店舗に行っても、その店員さんは皆押し並べて感じが良く、筆者と(そしてもちろん他の顧客とも)快活なコミュニケーションをしてくれます。
事務的な会話だけでなく、ちょっとした挨拶があったり、「今日もスリーブはおつけしますか?」などパーソナルなやり取りがなされたり、場合によってはカップに一言添えてくれたりと、自分が単に「お金を落とす顧客」ではなく「一人の人間」として尊重してもらっているような気持ちが感じられます。

これを、マーケティングの話法に則った言い方でサマリーすると、「筆者にとって、スターバックスというブランドを最も感じさせてくれるタッチポイントは、店員さんである」ということになります。
店員さんが、とても一貫性のある、親しみや温かみを感じられるコミュニケーション・サービスを提供してくれることにより、筆者の中でスタバのブランド経験が蓄積している、という訳ですね。

普通は、マーケティング施策なりを伝達するタッチポイントは、SNS、Webサイト、TV、店内のPOPやポスターなど、通常はメディアと呼ばれるものにより構成されます。

そこに、約束・価値規定などの形で言語化されたブランドの決め事に整合的なメッセージを載せて、顧客や見込み顧客に届ける(=それ以外のことは届けない)ことにより、あるブランドの名前が知られ、認知や理解が進み、購買の後押しをするようになるのが、意図を持ったブランディングです。

それぞれのメディアでどんなコンテンツを載せていくかは、当たり前のことですが、事前にマーケテイング部門が計画し、その通りに運用がされます。

一方、スタバのように、店員さんをタッチポイントとしたブランド構築では、事前にコンテンツを決める、というわけにはもちろんいきません。顧客とのコミュニケーションは、相手がある話なので定型化することはできませんし、店員さん側の言動も、常に変わる顧客や店舗内の状況に合わせた臨機応変な対処が求められるものだからです。

このように考えると、スタバでは、一人ひとりの店員さんが、ブランドが指し示す方向を理解し、賛同し、それに整合するように常に考え、動いているように思えます。

かなり前、そんなスタバの店員さんの優秀さを創り出す仕組みの一端を、当時同社に勤務していた友人に聞いたことがありました。
スタバでは、新人の店員さんが店舗勤務に慣れてきた頃、店長が彼女・彼に「好きなドリンク」をお客様にお薦めるすように促すのだそうです。
新人さんがその通りやってみると、お客様からは「ありがとう、でもいいかな」「美味しかったよ、教えてくれてありがとう」などのパーソナルなフィードバックが返ってくるわけですが、これは接客という仕事の中で最も喜ばしい瞬間の一つ。
そして新人さんは積極的にお客様にお薦めするようになり、これによりパーソナルなコミュニケーションが店舗で実現するルーティンが一つ確立される、という次第。
非常にスマートな仕組みですよね。
そしてスタバにはこれ以外にも、店員さんがよりスタバらしい接客をできるようになるアイデアが、仕組みとして組み込まれているのではないか、と筆者は推察する次第です。

さて。

この「らしい接客をできるようなアイデアが、仕組みとして組み込まれている」というポイントは、考えるほどに色々な論点を含んでいるように思われます。

<論点1:MVVとブランド構築の一体化>

*始めに、ちょっと横道に。MVVの解釈には論者によって幅があるようにも見受けられますが、ここでは、以下のように整理して論を進めていきます。

Mission:その企業がなしていくこと
Vision:そのためにこんな企業になる、という企業像
Value:そのために大事にすること(=社員に大事にしてほしいポイント)

イメージしやすいように、事例として、筆者が以前勤務したことのあるウォルマートについて整理してみると

Mission : Save money, Live better (ウォルマートは顧客のお金を節約して差し上げ、その結果お客様の暮らしぶりがより良くなることを実践する)
Vision:Being the fastest and biggest EDLP retailer (そのためにウォルマートは、世界で最大最速のEDLPリテーラーとなる)
Value : Respect for all individual, Strive for excellence, Serving to the customer (全ての人を尊重する、常に最高を目指す、お客さまのために尽くす)
こんな感じです。(これは筆者の勝手な整理であり、Walmartでこのような整理が使われているわけではありません)横道ここまで。

さて、MVVは、会社が向かう方向を指し示し、それを社員の言動に反映し、企業文化を育む礎として一般的になっています。
そして、MVVを上記のように整理した上で、スタバのミッション・バリューを見てみると

詳しくは上記のHPをご参照いただきたいのですが、

Mission
人々の心を豊かで活力あるものにするためにー
ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから

Value
私たちは、パートナー、コーヒー、お客様を中心とし、Valuesを日々体現します。(以下略、パートナー=店員さんのこと)

とあり、「らしい接客をできるようなアイデアが、仕組みとして組み込まれている」というのは、スタバのスタバらしさ、すなわちブランドを生み出していく原動力になっていると同時に、スタバのMVVを実現していくための手段である、とも言えるのではないかと考えます。
そう考えると、スタバにおけるブランド構築と、MVVの実現はもはや一体化している、と言えると思います。

<論点2:担当部署という概念の再考>

「らしい接客をできるようなアイデアが、仕組みとして組み込まれている」状態の実現について、さらに考えてみましょう。
これは、会社の中のどの部門が行うべきでしょうか?

この仕事は、ブランド構築・MVV構築・社員によるその実装、という3つの要素が一体化しているものです。

このうち、ブランド構築は、価値規定を創るところはマーケティング部門がリードしつつ全社的に行い、その後の実装はマーケティング部門が担当するというのが、筆者が今まで目にしてきたやり方です。

MVVの言語化はどうでしょう?会社によって担当部署がバラける気もしますが、一般的には経営企画部的な部門がリードすることが多いのでしょうか。

社員の視点・考え方と、会社のそれをアライメントするのは、トレーニングプログラムの構築などを通じて、一般的には人事部が行います。

そうなると、「らしい接客をできるようなアイデアが、仕組みとして組み込まれている」状態の実現は、今ある一般的な組織区分で言うところの、人事・経営企画・マーケティングが部門横断的に行う仕事である、と言えそうです。こうした考え方をベースに、人事部門とマーケテイング部門の融合、と言ったことが、色々な企業で見られるようになる、と筆者は考えています。

<論点3:これはスタバに限った話ではない>

では、人事とマーケティング部門の融合が起きうる企業=「らしい接客をできるようなアイデアが、仕組みとして組み込まれている」状態の実現がアジェンダになるような企業とは、どんな企業なのでしょうか?

この話の範囲を厳密に「接客」としてしまうと、店舗と従業員をもつチェーン店企業のみを対象とした話に限定されてしまいそうですが、筆者は、もう少し広く考えるべきである、と思います。

B2Bの企業であれば、営業マンがその企業のMVVやブランドに則ったコミュニケーションをしてくれることにより、クライアントに会社の理念・信念が伝達されます。
2B、2C関係なく、商品開発やサービス開発の担当者が「らしさ・MVVベースで考え、仕事をする」ことを確実にすれば、その会社が取り扱うべきではない商品・サービスが提案されることはなくなりそうです。
普段の会議やの中で「らしさ・MVVに基づいた発言や運用」がなされたならば、その会社の空気は、ひいては企業文化は、MVV・ブランドと整合した形で醸成されそうです。
つまり「らしい接客をできるようなアイデアが、仕組みとして組み込まれている」は、「その企業らしさ・MVVで考え、仕事ができるように社員を促すアイデアが、仕組みとして組み込まれている」と若干書き換えることにより、全ての組織のアジェンダになるのではないか、ということです。

<論点4:「仕組みづくり」はマーケティングの得意技>

「その企業らしさ・MVVで考え、仕事ができるように社員を促すアイデアが、仕組みとして組み込まれている」ことが人事部・経営企画部・マーケティング部という少なくとも3部門に関わるアジェンダである、という指摘を前項でした上で、その「仕組み」を創ることはマーケティングの得意技なのではないか、と思います。
ここで「マーケティング」と言っているのは「マーケティング部門」という組織のことではなく「マーケティング」というものの考え方・仕事の仕方のことを指しています。
ここまで読み進んでいただいた読者の皆さんには伝わっていると願いますが、本連載で筆者が主張している「マーケティング」は、「複眼的な視座を身につけ、人間理解をもとに、お客様に対してどのような問いかけをすれば、こちらが望む認知変容・態度変容をしてくださるかの仮説構築・実践を行い、ブランドとの関係を深耕する」ことです。

これを、社外の顧客や見込み顧客に対して行うことを通常マーケティングと呼びますよね。そして「仕組みづくり」は、これと同じことを社内向けに行うことであると思うのです。

この「仕組みづくり」は本記事の冒頭にも掲示してあるマーケティングの4階層の最上位「マーケの拡張」の一つの例です。

「仕組みづくり」の例として。例えば、Visionに「世界一俊敏な企業になる」と掲げている会社があると想像してください。

筆者がそのCMOであれば、CEOや役員陣に掛け合って、部下に(林先生よろしく)「いつやるの?」と問いかけ、部下が「今でしょ!」と答えることを仕組み化したいと思います。
最初は、社長→役員でデモンストレーションされたそのやりとりが、役員→その部下においても相似系で行われ、だんだん組織に浸透していくイメージです。これにより(少なくとも、仕組みがない時と比べて)俊敏性の源となるSense of urgencyが、組織の中に芽吹くのはないでしょうか。

スタバの店長のような「促し」やこの例で挙げた「口癖化」のようなアプローチは、社員の行動変容に効果的なアプローチであると考えます。

MVVのような会社の重要な決め事は、ともすると決めた文言が印刷され、配られて終了。結果社員の多くはそれを思い出すこともできない、と言った状態に陥りがち。

そのような事態を避け、「促し」や「口癖化」によって確実にMVVを社員の行動に変換してくのも「マーケの拡張」の重要な可能性の一つだと思います。

筆者がマーケティングとの関連性が高いと考えている人事部門においては、例えば「人事制度設計」などにおいても「マーケが拡張」できるのではないかと思います。

以前、別の記事で、行動経済学者のダン・アリエリー氏と話した時に聞いた話として、彼の会社での経費利用ルールを紹介しました。
彼の会社では、社費を使うとき、事前稟議などは必要なく、ただ一つあるルールは「胸に手を置いて「自腹でもこの支出はするか?」と自問し、答えがYesであればコーポレートカードを使ってよし。精算も不要」のみでした。
このルールは、
・人が他者から信頼を寄せられたときにモチベーションを感じること
・人は自分で自分のことを決められる状態に幸福を感じること
など、人間の性質に整合的であるばかりでなく、運用のコストも最小になっており、さすが人間を熟知した行動経済学者というところです。
さらに、彼はこれが悪用されたときも、悪用した者を処罰したのみで、性悪説ベースへの制度移行はしませんでした。「この制度の良い点を、一度の例外的なインシデントで捨てるのは合理的でない」由。
この制度により、彼の従業員が感じているモチベーションや心理的安全性は大きく、実際彼のオフィスで感じた自由な雰囲気や組織への愛は、考えさせられるものがありました。
ここまでの大胆な制度にいきなり移行するのは難しいかもしれませんが、兎角性悪説ベースになりがちで、社員に窮屈な気持ちを感じさせがちな制度設計における、人間理解をベースにした「マーケの拡張」のポテンシャルについては、直感いただけるのではないでしょうか。

最近パーパスという言葉をよく耳にします。

パーパスとは企業の持つ「大義」や「存在意義」のような考え方であり、これはMVVのMissionとVisionを足したような、あるいはその源流にあるような概念かと思います。そして経営においてパーパスの浸透をしていく中では、本記事の「マーケの拡張」の考え方が大いに役に立つのではないか、と思います。

また、「エンゲージメント」「働きがい」と言ったアジェンダも昨今頻繁に取り上げられます。

これらの要素は、制度の立て付けやコミュニケーションによって、大いに改善もすれば低下もすることであり、やはり「マーケの拡張」と親和性が良いのではないかと思います。

これらを通じて、マーケティング部門の外側で、マーケティングが役立つ可能性を指摘し、自分もそこに役立つべく今一度誓いを新たにし、今回の記事の筆を置きたいと思います。
第6回では、第三階層「マーケのOS」にかかるブランドの話か、第二階層「人間理解」にかかる話をしようと考えています。よろしかったら、引き続きのご購読をお願いいたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?