新時代の投資:それは「実験と学習」

最近出版された『資本主義の新しい形』(諸富 徹、岩波書店)はよく整理された論考である。日頃考えていたことが、経済データや学術研究を使って頭が整理され、ありがたかった。

加えて実は、本書を読んでいるうちに重要なことに気がついた。それは、日本企業の内部留保が膨らみ、投資が進まないことの原因である。

今や「変化と多様性」の時代になった。この時代に、仕事の仕方をオーバーホールする必要がある。従来の「仕事を標準化し、それを横展開する」という方法論の呪縛から離れ、新たな方法論に移行する必要があるのである。なぜなら「変化や多様性」の時代に、一旦決めたことを標準化して守る態度は、変化に取り残される原因を作る弊害の方が大きいからである。

必要なのは、未知の未来に対し、実験により行動し、その結果から学び、さらなる実験に挑み続けることである。この方法論を短く私は「実験と学習」と呼ぶ。そして、人による「実験と学習」を支えるために、データやAIが必要なのである。この基本となる背骨のないAIやデータの使い方は前稿で述べた「過去の経験をまねするだけのもの」になってビジネスへのインパクトは限定的である。この点については、様々な場でお話しているが、ますます確信を深めている。

ところが、上記の書籍を読むうちに、これが、日本企業の内部留保が膨らみ、投資が進まないことにも直結していることに気がついた。

従来、我々が生産してきたのは「モノ」であり、それに関連する「サービス」であった。それを行う仕組みが、工場やチェーン店であった。投資は、この工場や店舗などを作るために行われた。しかし、このような従来型のモノやサービスでは、人の多様で変化する要求に応えられなくなったのである。

今、我々が生産すべきは、実は「人」である。課題を解けるレベルに人を成長させることこそが「生産」なのである。そしてこのためにお金が必要なのである。そのために人に「実験と学習」の機会を与え、未来の作り方を学ばせるのである。実験しそこから学ぶことが投資の対象なのである。これが新しい時代の「生産」の本質なのである。

この変化は、具体的な費用に明確に出ている。例えば、私はこの一年かけてあるAIを開発した。最初のバージョンの開発から長期に渡り試行錯誤しながら改良を行ったので、あわせると一年かけて、正味約60日分の時間(人件費)はかかったと思う。しかし、最新版を、今ゼロから作るのなら、私は3日ぐらいで作れると思う。そもそも規模は1000行しかないし、中身は全てよくわかっているからだ(実はAIのプログラムは短い)。

すなわち、このAIを作るための原価は、今の私にとっては3日である。一年前の私にとっては60日である。この間の1年間の実験と学習を経て、私という人間が、この複雑で汎用的なソフトウエアを作ることのできる、より広い視野と深い見識を持つ人に成長したのである。投資の対象は、プログラムという資産ではなく、私であり、私による一年間の「実験と学習」である。プログラムのコードは、この私という人の影法師のようなものである。実態は、人である。そして投資した対象は人による「実験と学習」にかけた時間である。

ところが今でも日本企業にあるのは、工場や店舗のような目に見える資産を投資対象とするという常識や社内プロセスである。今の時代の投資の対象が「人の成長」になっているのに、そのための実験と学習は投資の対象と考えられていないのである。

当然のこととして「実験と学習」に投資するという社内のプロセスや仕組みも持っていない。むしろ、リターンが予測できる資産だけに投資を許すプロセスになっているのだ。だから、投資できず内部留保が大きくなるのである。

今、新しい時代の経済や企業の成長とは、常に「実験と学習」を通した人づくりである。投資の対象もまさにここに変えなければならない。企業も政府も、発想やプロセスをオーバーホールする時期に来ている。

このような考え方に、米国は早くから転換を図った。その結果が、シリコンバレーであり、GAFAである。

もう一つ重要なことは、人づくりというと高度に専門的な知識の教育のことと考える人が多い。しかし、上記の例で実験し、学習し、そして鍛えられたのは、実は専門的な知識ではない。むしろ、未知の対象に対し、実験を繰り返しながら前向きに進む力である。それは、問題が変わっても生きる本当の能力である。より一段メタな能力に投資したのである。

このような新時代の基本となる枠組みは、現在、管理会計や財務会計と大きくかけ離れており、少なくとも近未来に取り入れられるとは思えない。

だから、我々は今、日本にあったやり方で、この仕組みを構築する必要があるのである。

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