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ADHDはパワーの源泉にせざるを得ない。

みなさんこんにちは、澤です。

前回の記事も、とてもたくさんの方に読んでいただいてうれしいです!


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まずはこの記事。


ボク、まさにADHDです。
精神科医の診察を受け。「間違いなく完膚なきまでにADHD」とのお墨付きをもらいました。
日本語で「発達障害」と表現されるので、いわゆる障碍者のカテゴリーに入りますね。
振りかえってみると、子供のころから何度も繰り返してきた失敗は、ADHDに起因するものがたくさんあるなと今ではわかります。
とにかく、忘れ物が多かったし、うっかりミスが多かった。
他の生徒が普通にできることが、なぜかできなかったり分らなかったり。
つねに注意力散漫で、授業中も落ち着きがない。
でも、当時はそんな言葉は一般的ではなかったですし、単に「ダメなやつ」「だらしないやつ」という扱いでした。
幸いなことに、体育以外の成績がまぁまぁよかったのと(運動音痴で体育はひどかった)、母親が小学校~中学校とPTA会長を長らくやっていたこともあって、学校の教員からの扱いは悪くなかったのは不幸中の幸いでした。
ただ、どうしても「普通ではない」ということに、コンプレックスを感じ続けていました。
なんで自分はこんなこともできないんだ、忘れ物がなくならないんだ、すぐに道に迷うんだ・・・自己嫌悪を感じない日はありませんでした。
もともと自分のことが嫌いなタイプだったので、さらにADHDが追い打ちをかけるんですよね。
毎日、目覚めると「あぁ、なんで起きちゃったんだろう、なんでまた一日過ごさなくちゃいけないんだろう」って、絶望していました。
実際、自殺も考えたんですけど、「まぁいつかは死ぬし、今日じゃなくていいや」と思ってたら、55歳になってました(笑)

さてさて、時代は流れて社会人として働くようになりました。
1993年、文系大学を出たのにプログラマーになるという謎のキャリア選択をしたボクは、やっぱり使い物になりませんでしたw
あんな人間をクビにしないんだから、日本の社会って優しいよなぁと思うわけです。
当時ボクはCOBOLというもはや古文のような言語を使ってプログラムを書く仕事をしていました。
今と違って、とにかくあらゆることに時間がかかる。
コードを書いてもすぐに動かせるわけではなく、「コンパイル」と呼ばれる機会にわかる状態にするためのプロセスを通さなくてはならず、そしてこのプロセスが終わるまでにもかなりの時間がかかります。
でもって、コードに不備があると、エラーになってコンパイルが終わらない。
エラー箇所を修正して再度コンパイルしなくてはいけません。
一度で修正できればいいのですが、注意力散漫なボクですから、そんなわけにもいかず。
このプロセスを本当に何度も何度も繰り返さないといけませんでした。

しかし、ネット時代がやってくると、状況は一変します。
突然、世界が繋がって、情報量が爆発的に増えました。
あらゆるテクノロジーの進化スピードが段違いに早くなり、「一つのことを極める」よりも「色々なことをすぐに試す」ことがテクノロジーの世界では相対的に価値が上がったのです。
ボクのようなタイプにとって、これは本当に好都合。
注意力散漫であるが故に、多種多様な情報に気がつくことができ、それを組み合わせることによってキャリアを作ることができたのです。
そして、ネットの情報によって多くの起業家や経営者がADHDであることがわかり、実に勇気づけられました。

ADHDは確かに障害ではあります。
「ちゃんとする」ができない時点で、社会生活の中では異端扱いだったり落伍者扱いだったりを受けやすいものです。
でも、異端児は世の中を変えるパワーを持っていたり、落伍者は他者の痛みに共感したりできると、ボクは信じてます。
ADHDを自覚したなら、もうそれを武器にするしかない。
実際、ボクはADHDの診断を受けてからの方が、心のブレーキがなくなって、ずっと生きやすくなりました。
かみさんも同じくADHDなので、我が家は色々ちゃんとしてません。
だからこそ、生きやすいんだろうなと改めて感じています。
トップ画像は、かみさんの作品を身に纏った我々の姿。
ADHDだからこそ生まれた、自由な作品だと思います。

発達障害の設定になっている主役が大暴れする映画。我々夫婦のお気に入りです。

ボクの頭の中に興味がある方は、こちらをどうぞ。


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