「結婚させたい国家」と「結婚したくない個人」との戦い?【コラム08】
© 荒川和久
独身者の9割は結婚したいと思っている!
これは、未婚化や少子化のニュースでは、必ずといっていいほど使われる言葉です。
2月、東京都が「結婚に向けた気運情勢のための動画」を制作して話題になりました。その際、小池都知事も「9割の方が望んでいてもなかなか一歩を踏み出すことができない。結婚を望む方々の明日への一歩を応援したい」と述べています。
http://www.news24.jp/articles/2018/02/21/07386160.html
9割が結婚を望んでいる?
本当でしょうか?
これ、正しいとは言えません!
データソースは、「出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)」の結果です。これを見ると、直近の2015年の結果でも確かに、未婚男性の85.7%、未婚女性の89.3%が「いずれ結婚するつもり」と回答しています(対象は18〜34歳未婚者)。これは事実。
ですが、この設問は、選択肢が「いずれ結婚するつもり」か「一生結婚するつもりはない」のふたつしかないというのをご存知でしたか?
二者択一なんです。どちらかを選べと迫られたら、現段階で「一生結婚するつもりはない」という強い意志を持つ人以外は、「いずれ結婚するつもり」を選ぶしかなくなりますよね?
この結果をもって「結婚したい人が9割もいる」というのはかなり乱暴です。にもかかわらず、この「結婚したい9割説」はメディアも一部の専門家も何の疑いもなく使用しているどころか、むしろ進んで使っています。
実は、この出生動向基本調査ではこの後に続く質問があります。
「いずれ結婚するつもり」を選んだ人に対して、「1年以内に結婚したい」「理想の相手ならしてもよい」「まだ結婚するつもりはない」のいずれかを回答させています。
この回答と、最初の設問の「一生結婚するつもりはない」を合わせて、結婚前向き派と結婚後ろ向き派がどれくらいいるか、その経年推移を見てみましょう。赤系=結婚前向き、青系=結婚後ろ向き、灰系=不詳とします。
© 荒川和久
これによれば、ここ30年間、男女とも結婚前向き派はほぼ同レベルで変わりません。直近の2015年でも、結婚に対して前向きなのは、男性39%、女性47%です。ざっくり言えば、男性の4割、女性の5割が本当の意味の「結婚したい人」であって、決して9割が結婚したいわけじゃないのです。
ちなみに、グラフの最初の方にある1980年代の日本はまだ皆婚時代でした。皆婚、つまり、ほぼ全員が結婚していた時代です。それでも、当時から個人の意思としては、全員結婚に前向きだったわけではないことがわかります。現代と変わってはいないのです。
つまり、「時代の変化で、若者の結婚に対する価値観が変わったから未婚化が進んだ」なんて論説は、とんだ見当はずれもいいところなんです。
前回のコラムでも、バブル世代といわれた男性も草食系といわれている現代の男子も「彼女がいた率」は変わらないという話を書きました。
https://comemo.io/entries/5975
時代によって意識が変わっているとか、世代によって考え方が違うなんて理屈は幻想でしかないんです。
いやいや…これは18~34歳のデータなんでしょ?平均初婚年齢の30歳時点だけでみたらどうなるの?9割くらいは結婚したいという結果になるのでは?
そうですか…。
では、年代別にも見てみましょう。赤系が前向き、青系が後ろ向きで数字はその合計値です。
© 荒川和久
確かに、男女とも30-34歳がもっとも結婚に前向きになっています。ですが、だとしても男性64%、女性73%です。ちっとも9割には届いていないのです。
むしろ、「一生結婚するつもりがない」という比率が35歳以上から急上昇し、40代後半で男女とも逆転します。
こうしてみると、出生動向基本調査の「二者択一」の設問ひとつだけを切り取って、「9割の男女が結婚したい」と結論付けることは、きわめて正確性を欠くし、何らかの恣意的な意思を感じてしまいます。
それを生み出しているのは、結婚するのが当たり前だという社会規範です。
もちろん、少子化問題解決のために結婚を促進するという方向性は間違ってはいません。ですが、そのためには、未婚者の状況や心理を正確に知る必要があります。もっと言えば、個人の結婚意思は皆婚時代の80年代と何も変わっていないのに未婚化が進んだのは、個人の意識とは別の要因が働いていると考えるのが妥当です。その件は、また別途書きます。
9割も結婚したがっているという論を前提にするから、未婚者たちが追いつめられるのです。あげくの果てに「結婚意欲があるくせにできないのは、本人が努力を怠っているからだ」とか、「本人に何かしら欠陥があるからだ」という人格否定の声まであがります。これこそ独身者に対するハラスメント=ソロハラなのです。
結婚しているか否かで人間の価値は決まりません。結婚できた人は能力が高く、結婚できなかった人は能力が足りないという話であるはずがないのです。結婚したくない人もいるし、結婚する必要性を感じない人もいることでしょう。
少子化や人口減少問題を抱え、政府や政治家の方々がなんとかしようとお考えになる立場は理解しますが、「結婚させたい国家vs結婚したくない個人」の戦いの構図になることは不毛でしょう。
ちなみに、東京都のこの動画に関しては、韓国でもニュースとして取り上げられていました。その中で、先月韓国発売された拙著「超ソロ社会」の韓国語翻訳版「초솔로사회」の論説が紹介されています。
韓国もまた未婚化が深刻な課題ではありますが、この記事にある「結婚とは国家に強制される社会的義務なのか?」という問いかけは大事なことではないかと思います。
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