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【人生100年時代の採用】業種・業界で就職や採用を考えるのは時代遅れ?

求職者を採用する企業にとっても、就職先を探す求職者にとっても、業種・業界で応募先を探すことが当たり前になっている。「業界研究」と名の付く本やセミナーは世の中にあふれ、企業が求人を出すときも「業界」でカテゴリ分けされる。求人サイトやハローワークで求人情報を探すとき、必ず検索条件に入って来る。

業界や業種というカテゴリ分けは、膨大な求人情報をスクリーニングするには便利な区分けだ。しかし、そのために生じているリスクは軽視されがちでもある。例えば、業界や業種によるリスクとして以下の2つが考えられる。

不適切なスクリーニングによる優良な就職先を落とすリスク

第1に、業界・業種によるイメージがバイアスとなり、企業本来の魅力や働く環境としての情報を歪めるリスクがある。特に、社会人経験のない学生は、漠然としたイメージで応募する企業を選んでしまいがちだ。つまり、業界や業種のイメージで求職者側がスクリーニングをしてしまう。しかし、同じ業界・業種でも企業によって文化や働く環境、キャリアや成長するスキルや能力は異なる。極端な例を挙げると、同じ自動車メーカーでも、トヨタとマクラーレン、テスラモーターズでは共通点を探す方が難しい。

求職者が最も活躍できる企業とのマッチングを考えた場合、業界や業種よりも、企業ごとの特徴と個人の能力やポテンシャル、志向性との適合度でスクリーニングをかけた方が、キャリア開発の可能性を広めることになるだろう。採用におけるAIの活用は進んでいるが、現在の方向性は選考に比重が偏り過ぎているきらいがある。しかし、個人のキャリアを考えるのであれば、募集段階におけるAIマッチングの可能性はかなり大きい。

また、業界・業種のイメージに起因するバイアスは、求人を出す企業側にも当てはまる。働き方改革や組織改革を積極的に行い、先進的な経営努力を行っていたとしても、業界・業種のイメージによって期待しているポテンシャルを持った応募者が集まらないことがある。例えば、学生にとって総合商社は入社すること自体がブランド化してしまっているために、海外駐在をしたくないのにも関わらず採用されてしまうことがある。育成で修正できる範囲かもしれないが、労働生産性の観点から言えば明らかなロスである。募集段階から、応募者のスキルや能力、志向性でマッチングする仕組み作りが課題だ。

業種や業界からは「キャリアの価値観」が合った企業がわからないリスク

第2に、業界や業種でスクリーニングをすると、「働く価値観」のマッチングを阻害する危険性が高い。人生100年時代では、個人が1つの企業でキャリアを全うすることが不可能だ。そのため、企業も個人も複数社でキャリアを構築することを前提として就職と採用活動を行うべきである。

1つの企業でキャリアが完結していた時代は、業種や業界で就職先を決定することに合理性があった。業種や業界で共有される特殊なルールや知識・専門性を有することが、個人のキャリアで重要であったためだ。つまり、業種や業界の特殊事情に精通していることが誰にとっても重要なことであり、画一性があった。加えて、多少の価値観の違いは「社会人としての自覚」という名の元、会社の価値観に個人が合わせるように矯正することもできた。しかし、人生100年時代で、キャリアの早い段階から自分で自分のキャリアを設計するようになると、個人のキャリアにおいて重視されることに多様性が生まれてくる。業種や業界の特殊事情に精通していることが、必ずしも個人のキャリアに重要とは言えなくなってくる。

MITのシャイン教授は、個人が持つキャリアの価値観はキャリアアンカーと呼ばれる、8パターンに分類できると述べている。これらの価値観は職業人生が1つの会社で完結していたときは軽視していても大きな問題にはならない。また、個人にとっても違和感を感じていても、社内の特殊事情に合わせていれば雇用が保証されていたため、キャリアの価値観を意識する必要もなかった。しかし、個人が自分のキャリアを自律的に創り上げていく必要があるとき、企業の言いなりで自分のキャリアを考えるリスクは大きい。ある日、突然、事業買収やリストラで職が喪われたり、将来の見通しが立たなくなったときに大慌てしているようでは遅い。

当然、自分で積極的にキャリアを積み上げてこなかった人の中にも成功を収めている人は多い。中には、複数の企業で活躍をしていたり、起業をして成功を収めている人もいる。しかし、そのような一握りの成功者をみるのではなく、日本の現状を注視すべきだ。統計的に見て、世界でも最低ランクの個人の生産性であることや、能力開発も積極的ではなく、幸福度も最低水準であることを、もう少し深刻に考えるべきだろう。自分の人生の幸福度を上げるために、個人が能力開発を積極的に行い、生産性を高めるように、自律的にキャリアを作り上げていく必要性は大きい。

しかし、自律的にキャリアを作り上げていくことと、就職活動や採用活動が連動することはほとんどない。企業は採用活動において、即戦力を重視するか、終身雇用を前提とした10年単位での人材活用計画を重視することが多い。これでは、採用に対する時間軸が短すぎたり、長すぎたりしてしまい、個人のキャリアや価値観と企業内での働き方のマッチングを予測するには適さない。

一方、求職者は内定をもらうことが第一になってしまい、入社後の自分のキャリアを見据えて就職先を選ぶことは稀だ。そもそも、自分の思い描く将来のキャリアや働く上での価値観が、応募した企業とどれだけ合致しているのかを客観的に知る術が求職者にはない。そのため、説明会や面接試験、WEBの口コミといった断片的な情報をかき集めて、なんとか推察するしかないのが現状である。つまり、価値観の合わない企業で働くことになるかもしれないというリスクが大きい状態で、就職先の意思決定をしなくてはならない。

このような価値観のズレは、個人の価値観を会社の価値観に合わせることが当たり前だった時代には問題にならなかったことだ。しかし、それが問題にならないのは、終身雇用制を前提としていた時代だけである。特に、多様な価値観を受け入れ、イノベーションを競争力の源泉とするのであれば、多様な個人の価値観を企業がそのまま受け入れなくてはならない。そのためには、採用の時点で個人と企業の価値観の合致度を把握しておくことが重要となる。

募集の段階で業界や業種でスクリーニングをかけてしまうことは、働くことの価値観やキャリアでマッチングさせることを阻害する要因になりかねない。求職者にとって関心がないと思い込んでいる業界や業種に、自分に適した企業が存在する可能性を機械的に失しているためだ。一方、企業にとっても、業界や業種のイメージで自社にとって適切な人材が敬遠してしまっている可能性もある。

自律的にキャリアを作り上げていくことが求められている現代において、就職活動や採用活動のスクリーニングは、価値観やキャリア観といった認知的な側面で行うことが重要となってきている。

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