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いま、なんのためのMBA?〜社会をよりよくするスローリーダーを育てる

2024年を振り返ると、都知事選や自民党総裁戦、そのあとの衆議院戦など、選挙が続きましたが、論点としては「お金の再配分」が多かったなと感じました。これからの日本をどんなビジネスや産業を育てることで、より良い社会にしていくのかという議論がほとんど聞かれませんでした。今日は、ビジネススクールの教員のはしくれとして、「社会をよりよくするためのビジネスの力」について考えてみたいと思います。

ビジネススクールの生き残り策

次の記事は、日本のビジネススクール最大手のグロービスの戦略について、「グロービス経営大学院は、オンラインで手軽に経営学修士号(MBA)の基礎知識を学べる入門講座の受講者数を2027年度までに24年度比3倍の3000人規模に増やす。経営系の専門職大学院への進学者数は全国的に頭打ちになっている。MBA進学には至らないもののリスキリング(学び直し)に関心のある層などに打ち出して裾野を広げる」と報じています。

リスキリング(学び直し)を必要としている人が多いのは確かだとしても、ビジネススクールの使命は、たんにビジネススキルを身につけた人を育てることなのでしょうか。疑問が湧いてきます。

ピーター・ドラッカー氏は、1962年に「大企業の使命」という論文記事で、「大企業は、民間組織として事業を追求し、経済的な役割を果たしながら、かつ人間的な価値を促し、国益に奉仕することが期待されている。一般的にいわれる実直さとか潔癖さよりも、むしろこのような社会的期待こそ、大企業における倫理の柱となっている」と述べいています。

ビジネスを「お金を儲けるためのスキル」だけを身につけた人が運営しているのであれば、資本主義は、この社会をサステナブルではない方向に導いていくことでしょう。

歴史的にもビジネススクールは怒られてきた

次の論文記事は、2008年のリーマンショックの翌年に書かれたものです。ビジネススクールの教授自身が、「あなたがたが怒っているのは知っている。私も怒っている」と書き綴っています。そして、「私が怒っているのは、ビジネススクールが、倫理と価値観に基づくリーダーシップを軽視していることについてである」と続けます。

ポドルニー氏は、この論文のなかで「科目ごとに経営課題を分割しているために、学者たちは、MBAホルダーたちが直面している課題を包括的に理解できないことに気づくようになった」と述べています。

私自身がKIT虎ノ門大学院の教授になったのが2013年なので、この論文が出たあとですが、日本ではまだ、ビジネススクールはビジネススキルを学びにくる場であったと思います。社会人学生たちは、たとえば営業一筋できたが、30代になって経営企画やマーケティングの仕事がしたい、というような動機が多かったと思います。

スローリーダーを育てる場

わたしの実感ですが、ここ数年、「ビジネススクールにくる社会人学生のタイプが変わってきた」ということを強烈に感じています。

まず、女性リーダーが増えたということです。授業によっては、十何人のうち男性は一人だけ、ということもありました。先日、同志社大学のソーシャルイノベーションコースで授業をさせてもらったのですが、一コマめは全員女性、2コマめは男性一人以外は女性と、こちらも圧倒的な女性リーダー比率でした。

あまりステレオタイプな議論にしたくはないのですが、女性リーダーたちは、「会社のためのスキル」だけではなく「自分の人生のリデザイン」を志向して、大学院に来ていると感じています。

次のレポートは、私のスローリーダーシップの授業の取材記事なのですが、その中で私自身が「スロー・リーダーシップは、組織の利益を追求するリーダーを育てるためのものではない。組織よりも大切なあなた自身や社会のために、組織を超えた“市民としてのリーダーシップ”を発揮するためのものである」と語っていることが記されています。

スローリーダーシップの授業では、「自分の感情や願いに対して自覚的になる」こと、その上でステークホルダーに対して「説得ではなく傾聴をし続けること」の実践を繰り返します。このように、短期的成果を手放して、長期的な共創関係を築き続ける「しなやかなリーダーシップ」は、女性性を最大限に活かしたものなのかもしれません。男性も同じです。パワーで押さえ込むのではなく、フラットな共創関係築くことの価値を実感しています。この授業を受けた一人の男性リーダーは、「他者をコントロールしようとしなくなった」と、自身の変化を実感していました。

現在、わたしたちはビジネスにまったく関わらずに生きていくことのできない社会を生きています。何か仕事をするなら、それはビジネスの一部を担っていますし、行政に勤めていても、ビジネスのメカニズムを活用して地域をより良くする知識が不可欠です。

もう「会社は株主のために利益を上げるのが使命」とか「会社は儲かるためにある」といった、解像度の低いビジネス像をわたしたちは早々に手放さなければなりません。そして、「ビジネスの在り方がこの社会を作っている」という矜持を持った「スローリーダー」たちを増やしていく必要があると考えています。

社会のこの大きな転換期、より良い社会をつくりたいと感じているビジネスリーダーたちに、自らの心の旗に従い、一歩踏み出すことを期待しています。ビジネススクールは、その想いに応えられる場所であると、信じています。

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