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実は深刻な新卒採用とシニアのキャリアの関係性

先日、ある企業の採用担当者の方にヒアリングしていた際、こんなことを耳にした。
「最近、内定辞退の理由に祖父母の介護を理由にする新入社員がいるんですよ。そんなの、親がまだ元気なんだから、内定辞退の理由にならないと思うんですけどね。」
その採用担当者は、祖父母の介護は親が見るもので、まだ若い新入社員が手助けする必要がないと思っていたようだ。しかし、それを聞いたとき、私は「ああ、とうとう来たか」という思いが沸き上がった。

20代前半の新入社員が、親の年齢が30代前半で生まれたとしたとき、両親は50代半ばということになる。50代半ばというと、人事関係者の方ならピンと来ることがあるだろう。
シニアのキャリア教育の対象であり、尚且つ役職定年の時期である。
2015年に行われた人事院の調査によると、役職定年制のある企業のうち3割から4割強が55歳を部・課長級の役職か外れる年齢として設定している。役職定年ということは、ただ管理職を離れるというだけではなく、収入も減ると言うことだ。同調査では、約8割の企業が役職定年によって年収が2割~3割程度下がるという結果を報告している。

そして、新入社員の祖父母が20代のときに両親を生んだとした場合、祖父母は70代半ばから80代となる。厚生労働省の2018年の調査によると、日本人の平均寿命は男性で81.09歳、女性で87.26歳だ。しかし、キャリアを考えるときに平均年齢はあまり意味がない。最も参考になる数値は、50%の人が生存すると期待される寿命中位数である。この年齢よりは半分の人が長生きすると言う指標だ。同調査では、男性が84.08歳、女性で90.03歳が寿命中位数となっている。両親が役職定年を迎えるときに、祖父母の年齢は70代半ばから80代であり、そこから半数以上の人びとが10年以上の介護生活に突入する。そして、平均年齢は10年に2歳、寿命注意数は10年で3歳延びているため、このままいくと介護の年数は伸び続けていく。

つまり、子供が社会に出るタイミングで、両親の役職定年と祖父母の終末期介護が同時にスタートすることになる。この時、最も厳しい状況におかれるのはシニア世代の両親だ。主に4つの面で過大なストレスがかかる。そして、このストレスを親が抱えきれなくなり、20代前半の子供世代が一部を負担することで、家族関係を維持させるという現象が起きる。

① 社会との関係性再構築のストレス
役職定年を迎えると、組織の中でこれまでとは異なる役割が求められる。先述した人事院の調査によると、約半数の企業が概ね同格の専門職となるように処遇すると回答しているが、関連会社の出向や部下の下で働くことになるなど、組織内での権限が著しく下がることになる。
このことに不満を感じ、モチベーションが低下することによって、離職を選択することもある。ストレスによって、心身症を引き起こすこともある。早期退職制度がある企業はまだ良いが、サポート体制が整っていない企業の場合は、離職した後は即無収入につながる。
明るい老後を期待して、30年余りの会社人生を歩んできたはずから状況が一転し、社会との関わり方を再定義しなくてはならなくなる。普段から、社外の勉強会やボランティアに参加するなどの会社外の活動に熱心ならともかく、会社人生一筋だった場合のストレスは計り知れない。

② 親の介護に対するストレス
親の介護には、多大なストレスがかかる。自分の親が弱っていく様子を見ていくことは多大な喪失感と疲労感を得る。中には、「自分の親を看取れるなんて、親孝行で幸せじゃないか」と言う人もいるが、現実には終わりのない、しかも終わりが来てほしくない介護に労力を割くことは簡単なことではない。
残念なことに、わが国の臨床心理学の歴史をみてみると、親の介護は女性(特に長男の嫁)が担うことが多く、男性が負担を負うことは少ない。子供の子育て同様に、親の介護も嫁の仕事だという慣習が長く続いてきた。
このことから、介護に対するストレスや不満から、離婚や夫婦関係の悪化が起きることも少なくない。

③ 収入の減少に対するストレス
役職定年後は、ほとんどの企業で収入が減少する。減少した分の収入に合わせて生活レベルを落とすことができれば良いが、現実には1度上がった生活レベルを落とすことは容易なことではない。また、祖父母世代の度重なる入院や老人ホームの費用など医療費で支出が増加するため、老後のための貯蓄を介護のために切り崩すことも出てくる。
また、年金のシステム上、祖母が専業主婦だった場合、祖父が亡くなった後の年金支給額が激減する。そのため、祖父母が揃っているときは金銭的な負担がなくても、祖母だけになってから、祖母の生活費と介護・医療費を家族が負担する必要性が出てくる。
もし、祖母が重度の障害を持ち、介護付き老人ホームで暮らすことになった場合、月8万円の年金の祖母のために月20万円以上の老人ホーム代を捻出しなくてはならない。
このタイミングで、親世代の収入が役職定年のために3割減となり、最悪の場合は親世代が離職して無収入となることもある。
不足した分の祖父母の介護費用の捻出先として、新入社員のなけなしの初任給がアテにされてしまうのだ。

④ 子供の自立に対するストレス
また、子供の自立も親にとってはストレスになる。よほど両親が子供に自信を持っている場合を除いて、子供が社会に出て適応できるかどうかは心配事の1つだ。もし、会社に馴染めなかったらどうするか、ニュースに出てくるようなハラスメントを起こす上司の下に配属されて子供が被害を受けたらどうしよう。初めて子供が小学校に上がった時と同じかそれ以上の不安を親は感じながら、子供を送り出すことになる。
そして、なんだかんだ適応する子供が大多数を占める学校とは異なり、ほとんどの新入社員は入社と同時に多大なストレスに見舞われ、リアリティ・ショックに悩まされる。新入社員のストレスは、その相談相手となる両親のストレスにも跳ね返ってくる。「こんなに悩みを抱えるなんて、自分の子育てが間違えていたのではないか」という気にさえなってくる。

これら4つのストレスは、1つだけでも仕事のパフォーマンスや家庭生活に影響を及ぼすほど大きなものだ。それにも関わらず、現在の標準的なライフサイクルと照らし合わせると、ほぼ同時期に両親世代に発生する。
このような家庭の事情を踏まえ、両親と祖父母の支えとしての役割を20代前半の子供世代が担わざるを得ない、高齢化社会日本の現状がある。人生100年時代では、個人のキャリアだけではなく、家族の在り方も大きく変化してくる。100歳の祖父母世代と70歳の両親世代を支えるために、40代の子供世代と20代の孫世代が経済的に支え合わなくてはならないという、4世代介護という現実も起こってきている。

人事担当者には、人生100年時代は従業員のキャリアだけではなく、家族の問題であることも意識して、施策や対策を講じるようにして欲しい。

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