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いま求められているのは「雑談テクノロジー」である。

コロナ禍でオンラインのミーティングやイベントが増え、そういうアプリを使いこなしたり、カメラやマイクを設定するのにもすっかり慣れました。動画中継環境はもはやワークデスクと一体になるのが前提になっています。

しかしひとつだけ慣れないことがあります。それはZoomやSkype、Google Meetを使っている時の身体的な違和感です。たとえばインターネットを経由すると、どうしてもコンマ数秒の遅延がある。音声が途切れることもある。参加者が同時発声すると、相手の言ってることが聞こえにくくなる。またボディランゲージが伝わりにくく、身体的なコミュニケーションがとりにくいという視覚的な問題もあります。

オンライン会議の問題は「雑談しにくい」こと

これらの問題をひとことで言い表すと、「雑談がしにくい」ということです。この記事でも「オンラインのやりとりに慣れてきた人が改めて注目するのが非公式な対話の価値」と、雑談の大事さが指摘されていますね。

雑談はなぜ大事なのでしょうか。都市論の名著『都市は人類最高の発明である』(山形浩生訳、NTT出版)で著者のハーバード大教授エドワード・グレイザーは、人々が集まり多様なコミュニケーションをとることがイノベーションの火種となるのであり、都市の意味はそういう場を提供できることだと指摘しています。グレーザーのじつに端的な一文。

「イノベーションがシリコンバレーのような場所に集積するのは、アイデアや大陸や太洋を越えるよりは、廊下や街路を越えるほうが容易だからだ」

これは日本でも渋谷のようなネット企業が集積している場所で、ひんぱんに人々の交流が行われ、さまざまなビジネスが生まれる土壌になっていることを考えれば、非常に納得できる指摘です。グレーザーの本によると、19世紀末の米デトロイトもそういう都市でした。自動車という新しいテクノロジーに強い関心を持った人々が集まり、スタートアップが雨後の筍のように生まれ、良いクルマを大量に生産するのにはどうすればいいか、凄まじい競争が繰り広げられ、それがデトロイトを大都市へと押し上げ、同時に世界に冠たる自動車産業の原動力にもなっていったということです。

都市における多様な人々のコミュニケーション、つまり雑談こそがつねにイノベーションの火種になってきたということですね。

都市と企業は密接な関係を持っている

雑談が失われ、産業が規格化されると、この火種は失われます。実際デトロイトでは、フォードが大成功して巨大自動車会社に成長すると、もはや都市は不要になってしまいました。なぜなら都市は人々の交流と競争で新しいアイデアを思いつくのに適した場所ではあっても、大量生産には向かないからです。自動車工場は広い敷地を求めて郊外に出ていき、デトロイトは抜け殻になり、やがて衰退していったのです。

GAFAのような現代のネット企業も同じ轍を踏みつつあるのかもしれません。テスラのイーロン・マスクが生活拠点をカリフォルニアからテキサスに移したことが話題になりましたが、オラクルやヒューレット・パッカードもテキサスに本社移転しているようです。コスト削減や節税などの理由が挙げられていますが、ネット企業富裕層の支配地となってしまったシリコンバレーの凋落という文脈でも捉えられそうです。

企業が成長し、高度に組織化され、自己完結するようになると、都市はやがて不要になる。しかしそれが結果として都市のみならず企業の衰退を招く可能性があるということは、もっと注目されて良いポイントかもしれません。都市と企業の成長というのはじつに密接な関係をもっているのです。

リモートワークで雑談は可能になるか?

さて、冒頭の話に戻りましょう。コロナ禍でリモートワークが普及してくると、最大かつ深刻な課題なってくるのは、都市に人々が集まり雑談したことによって駆動したイノベーションが失われないだろうか?という点です。

このような技術も出てきています。低遅延の5Gが普及すれば、イライラはさらに少なくなるかもしれません。今後は平面的な映像によるオンライン会議だけでなく、高精細のアバターをつかったソーシャルVRによるオンライン会議も登場してくるでしょうから、そうなればボディランゲージも伝わりやすくなるかもしれません。

このようにインターネットを経由した雑談を支える技術、わたしは「雑談テクノロジー」と勝手に呼んでいますが、この雑談テクノロジーが進化していけば、ついにわたしたちは距離や土地による制限から解き放たれて、世界のどこにいてもイノベーションに参加できるという未来をつかめるようになるのではないでしょうか。

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