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電通でつくった新規事業を、結局ベンチャー企業に売ってしまった話。(後編)

ビジネスにおいては、成功体験よりも失敗体験の方が多いはず。そんな思いから「#とある電通人の失敗」として、僕が実際に体験した失敗談について記事にした。 

後編となる今回は、立ち上げて10年目をむかえた「新規事業」のその後と、そこから得た学びについて語りたいと思う。

■細々と続けていた新規事業

10年前、意気揚々と立ち上げた新規事業だったが、その存在感は社内でも、自分の中でも薄まっていった。

・直接収益は少ないけど
・既存事業にいくばくかのよい影響もあるし
・大きな維持費もかからない

だったら、細々と続ければいいか。

そんなポジションだ。

実際、僕が立ち上げた「サークルアップ」という大学生向けのアプリ事業は大きくスケールすることはなかったが、企業からのオファーに応えることでサークル活動費が支援されるというメリットもあり毎年5000〜8000人の新規ユーザーを獲得していた。

企業からのオファーの答えるとサークルの活動費が貯まるサービス

しかしそんなサービスに、転機は急に訪れた。

経営から事実上の撤退が決まったのだ。

■大企業でやる規模じゃなかった新規事業

ことの発端はヨーロッパではじまったGDPRだった。

欧州発の厳格な個人情報保護ルールであるGDPRの影響が、日本企業でも大きくなりはじめた。

それに伴い、電通の中でも個人情報に関する取り組みが強化された。

個人情報を扱っている案件が洗い出され、真っ先にやり玉に上がったのが僕のやっていた「サークルアップ事業」だった。

それまでのルールであれば問題ないとされていたが、個人情報に関するルールを厳格化することが決まり、このままでは継続できないことが明確だった。

突きつけられたのは2つの選択肢だった。

①個人情報対策を強化して特例的に継続
②事業の撤退 or 他社へ売却

9年間続けた事業だ。もちろんまずは①の方向性を検討した。

しかしすぐに頓挫した。

理由はコストスピードだ。

社の求める水準までシステムを盤石にするには、大きな開発費・維持費が必要で、それは今の事業規模で賄える範囲を超えていた。

また、その改修を行うと、今後の開発に支障を来すこともわかっていた。具体的に言えば、開発環境に手を入れようとした際の承認プロセスだ。

例えば、開発環境に新たなツールを入れるとする。すると、どんなツールと連携するのか、リスクは何か、対策は何か、契約はあるか、開発を監視する部署で何度も審議をした上で導入が決まる。新たなルールでは、そんな厳格なプロセスが定められていたのだ。

もちろんそれが企業にとっては必要なアクションだ。

しかし

・コストも上がって
・スピードも落ちる

結果的に、この企業で続ければサービスの競争力が落ちることは目に見えていて、それは事業が困難になることを意味していた。

僕はなくなく、②の選択肢を模索しはじめた。

■結果として「売ってよかった」

細々とでもユーザーを着実に増やしていたサービスだったので、売却先はすぐに見つかった。

「ユーザーが大学生のみ」という特徴もあって、採用事業を手がける会社が、自社の新規事業としてサービスを電通から買い取ることになった。

僕の9年間は、あっけなく他社に売り渡された。

創業者だった僕は今、社外からグロースサポートという立場で自分の立ち上げたサービスを支援しているが、結果として「売ってよかった」と思っている。

売却先はベンチャー企業なので、彼らにとってサークルアップの購入は大きな決断だった。会社が変わればその扱われ方も変わる

今では売却先で多くの社員がサークルアップ事業に携わっている。

そしてとにかく、決断と実行までのスピードが早い。書類を書くこともなく、根回しをすることもなく、社長と担当者の判断でどんどんとサービスが姿を変えていく。

電通だったら3カ月かかったことが、1週間で進むイメージだ。

もちろんそれ故のリスクもあるだろうが、この規模のサービスならそれで十分だろう。

「早くこうすればよかった」

最近はそんなことすら思うようになった。

■逆EXITが日本の大企業を変える?

いかがだったろうか。

これが僕の逆EXITストーリーだ。

大した売却益を得たわけではないし、9年間携わった僕の人件費なんかを考えると、電通の新規事業としては失敗だったと、僕自身は思っている。

でも、もしかしたら日本の大企業にとって、この形は1つのモデルケースになるかもしれない。

資金力のある企業が立ち上げて、ベンチャー企業が育てる。

金銭リスクは大企業にあるが、コンプライアンスをはじめとした事業主体としてのリスクはベンチャー企業が担う。大企業は「生みの親」として、売却の過程で事業に対する一定の優先権を交渉することができる。

成長したベンチャー企業に途中から関わるのではなく、0→1から関わっているのでその関係性は深くなるだろう。

また社員の成長という意味でも大企業にはメリットがある。

僕自身、売却後は海外のエンジニアと直接やりとりできるようになったし、ずっとこの企業に勤めていた自分としては刺激的な日々を送っている。ベンチャーのスピード感を既存事業で生かすこともできている。

これまでの「ベンチャー→大企業」ではないEXITの形が、日本の大企業もその社員すらも変えていくかもしれない。

僕の地味な経験が、その糧になればこれ以上うれしいことはない。

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小島 雄一郎
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