「世界最大の対外純資産国」という憂鬱
各国において金利ひいては物価の格差が概ね消滅する世界の情勢を踏まえますと、為替を分析する上では一段と需給に焦点を当てることの重要性が増していると筆者は思っております。この点、5月26日に財務省から公表されている『本邦対外資産負債残高の状況(2019年末時点)』は非常に重要な資料と言えます。以下でも大きなニュースとなっておりました:
これによれば日本の企業や政府、個人が海外に持つ資産から負債を引いた対外純資産残高は前年比+23兆円の364兆5250億円と2年連続で増加しており、日本は29年連続で世界最大の対外債権国の座を維持しています。なお、対外純資産の水準としては5年ぶりに過去最高を更新したそうです。
この対外純資産を項目別の変化から分析してみると、前年比で増加した+23兆円のうち+17.8兆円が直接投資であり、これが大勢を決したことが分かります。そのほかには証券投資が+7.1兆円、金融派生商品やその他投資が▲6.0兆円、外貨準備が+4.2兆円でした。対外純資産に占める各項目の割合は直接投資が前年比+2.1%ポイントの46.4%と過去最高になる一方、証券投資は同+0.1%ポイントとほぼ横ばいの29.3%にとどまっています。
ちなみに2000~2010年平均で見ると、証券投資は41.6%、直接投資は18.0%と圧倒的に証券投資が幅を利かせていました。ですが、2011~2019年平均で見ると、証券投資は32.8%、直接投資は35.8%と両者の比率が接近した上で逆転しています。金融危機後、世界全体で金利が低下したことで収益率の観点から証券投資が直接投資に劣後するようになったという実情もありそうですが、やはり日本企業からすれば縮小する国内市場に留まる理由はないという判断があったのでしょう。いずれにせよ過去10年間を通じて、日本の対外経済部門は劇的な構造変化を経験していると言えます。
「世界最大の対外純資産国」とは「失われた20年」の産物
「世界最大の対外純資産国」というステータスはその響きほど素晴らしいものではありません。対外純資産というストックは毎年の経常黒字というフローが蓄積された結果です。そして理論的には経常黒字は国内の貯蓄過剰(貯蓄>投資)の結果です。国内から国外への証券投資や直接投資(端的にはクロスボーダーM&A)が旺盛だということは、それは国内への投資機会が乏しいという事実も含んでいます。日本経済の1990~2010年が「失われた20年」と呼ばれて久しいですが、その意味で「世界最大の対外純資産国」とは「失われた20年」の産物であると見ることもできるかもしれません。
ちなみに上述した直接投資の急増は「失われた20年」を経て、最近10年弱かけて進んでいるトレンドです。直接投資がこれほどの勢いをもって行われているということは、先ほども述べたように、多くの日本企業が「国内市場には期待収益の高い投資機会はない」と判断した結果なのだと考えられます。違う言い方をすれば、縮小し続ける国内市場に投資をするよりも海外企業への買収や出資を通じて時間や市場を買った方が中長期的な成長に繋がると判断した結果だったとも言えます。将来的に「失われた30年(1990~2020年)」というフレーズが流布されるとしたら、2010年以降の10年間は日本の企業部門が日本という国を見限り始めた期間だったという解釈もあり得るかもしれません。