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そうとは知らず "弱者" に転落していた話

今でも忘れられない体験があります。娘の育休中に会社に用事ができたので、久々に都心にお出かけした時のことです。同僚の皆さまへのご挨拶も兼ねて、2ヶ月になった娘を連れて電車で移動しました 🚃

地元から都心に出て、地下鉄に乗り換えましたが、少し混んでいました。抱っこ紐だったので、まあいいかと乗車しました。この時、娘はご機嫌でした。しかし、10分が過ぎた頃、電車が次の駅に着く前に停車しました。先の駅でどなたか持ち物を線路に落としたとのアナウンス。それならそんな時間がかかるものでもなかろうと、ぼけ〜っとしていたその時、娘が突然カナギリ声で泣き始めました(うちの娘の泣き声は、4人の男子を育てあげたうちの母が驚いた程のレベルです)。

それまでスマホやら本やらに落とされていた周囲の人々の視線が、一斉にこちらに集中しました。こんなに焦ったのは、36年(当時)の人生でも、そうありません。どうにか娘を泣き止ませようとしましたが、無駄でした。今なら、たまごボーロとか、ロッテカフカのyoutube動画(なぜか泣き止む)とか、色々仕込んでいたでしょうが、この時はそんな知恵などありませんでした。

電車は、動きません。娘は、泣き止みません。「泣きたいのはこっちだよ……😭」と思いながら、泣き止ませる努力を続けました。でも、娘はエキサイトする一方。この奮闘は実際にはほんの数分でしたが、この時の自分には永遠に感じられました。漫画・ドラゴンボールの「精神と時の部屋」が、まさか現実に顕現しようとは……!! (精神と時の部屋は、外の世界と時間の流れが異なる異空間。部屋の中の1日は、外の世界の4分に該当する)

あまりの精神疲労に髪が全部真っ白になるのではないかと思い始めた頃、電車が動き始めました。「よかった! 次の駅で降りて娘を落ち着かせよう……!!」そう思った矢先のこと。

「チッ」という舌打ちが背面から聞こえました。振り返ると、ビジネススーツを着込んだ中年男性がこっちを睨めつけていました。目が合うと、もう一度「チッ」と舌打ちをしました。

普段なら、笑顔でスルーする案件です(心の中で悪態をつきながら😇)。でもこの時は、連日の娘の激しい夜泣きで精神的にとても参っていました。そんな、ただでさえ虫の息だった心に、この舌打ちが見事に止めを刺してくれました。まさに、泣きっ面に蜂。じわっと涙が込み上げてくるのを感じましたが、必死に堪えました。

この場に妻がいなくて、本当によかった。こんなの、気の毒過ぎる。どうしてこんな目に合わないといけないんだろう。僕は、人様に舌打ちされるようなことをしているのだろうか……? 子どもと一緒には、電車に乗るなってか?

暗澹たる気持ちで次の駅で下車して(目的地までまだ遠い)、いったん娘を落ち着かせました。泣き止みはしたけど、まだ機嫌はよくなさそう。そうこうしているうちに、次の電車が来ました。この時、乗車するのが少し怖くなりました。また娘が泣き叫ぶかもしれない……。迷っているうちに、電車は行ってしまいました。

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ガタンゴトンと過ぎ去る車両を呆然と見つめながら、ふと東京大学名誉教授の上野千鶴子氏がおっしゃっていたことを思い出しました。「女性は、出産・育児をしはじめた途端に、弱者に転落する」

そうか、僕は、そうとは知らず弱者になっていたんだ。これまでママたちが味わってきた理不尽のほんの一部を体験したのか。うん。これは、控えめに言って最低の気分だ。

何かあったら、ママの責任

とはいっても、たかが舌打ちです。これだけ多くの人がいる社会、考え方も十人十色なわけで、子育てに対して冷ややかな考えをお持ちの方もいらっしゃるでしょう。いちいち気にするだけ損かもしれません(腹は立ちますけどね★)。しかし、日本の場合はこの子育てに対する「冷ややかな考え」が政治にまで浸透しています。

例えば20年11月、下記の見出しのニュースが目に飛び込んで来ました。『児童手当など見直しも、待機児童解消へ財源探し』(日本経済新聞、11月7日朝刊)

待機児童の解消に向けた政府の新たな計画作りで財源探しが難航している。(中略)財務、厚生労働両省を中心に児童手当の見直しによる財源捻出も検討している。たとえば所得制限の基準を超える高所得者への月5千円の特例給付を廃止・縮小する案がある。妻が専業主婦で子ども2人の世帯で年収960万円以上が対象になる。

もう、怒りを通り越してグッタリしてしまいました。児童手当を削減といっても「高所得者」が対象なのだから、そんな目くじら立てなくても……、と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、今回の政府の検討案では、給付金の廃止対象は子育て世帯の実に25%に及びます。子どもがひとりなら年間6万円、2人なら12万円の減収です。これは、我が家の家計には大ダメージです。しかも、その理由が「待機児童の解消」とな……?
 
日本はただでさえ、家族関連支出(子育て世帯に対する政府の財政的支援)が先進国の中で対GDP比で最低レベルです。そしてこれが、日本の深刻なジェンダーギャップ(=少子化の原因)がなくならない理由のひとつでした。詳細は、下記の記事でご紹介しています。

なのに、支出額を増やすどころか、同じ子育て世帯の支援メニューの中でやりくりするってどういうこと? しかも、待機児童という保護者のキャリアを根こそぎ奪う可能性のある深刻な問題の財源、まだ確保してないんかい……!

本件は、記事にある通り検討段階です。実現しないことを切に祈ります。普通に家族関連支出を増やして、待機児童問題を解決してください!

政策は、政府から国民への雄弁なメッセージです。口ではなんとでも言えますが、これらはそうはいきません。政府は私たちにこう言っているのです。「もうお金なくて面倒見切れないからさー、自分たちでどうにかして」

しかし、どうにかならなかったら、どうなるのでしょう?

もし、保育園に入れなかったら? 仮に入れても、駅から遠かったら? 延長保育がなかったら? そもそも、子どもが病気がちで保育園にまともに預けられなかったら? その状況だと、勤め先でキャリアを積むのが難しかったら……? 

そして、この「もし」は実際に多くの子育て世帯に起こっています。その時に、その埋め合わせを引き受けているのは、大抵の場合ママです。時短にしたり、時には退職して、家事育児を一手に担っています。政府が財政支出をケチったツケは、「無償ケア労働」という形で、ママが支払っているのです。財政の節約は大変結構ですが、家族関連支出の削減は、単に負担をママに押し付けているだけです。

無償ケア労働とは、家庭で行われる家事・育児・介護等のこと。日本のママの無償労働ケアは、他国と比較して圧倒的に多いです。一方、日本のパパは圧倒的に少ない……(その分、有償労働が世界一長い)。

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その結果は、女性の正規雇用率にきっちり反映されています。最近、ニュース等で女性の就業率が上がってきたと話題になっています。それはその通りで、いわゆる「M字カーブ」は近年改善してきました。結婚、出産を機に専業主婦になる女性は、少なくなってきています。しかし、フルタイムでの就業継続は、変わらず困難な状況が続いています。これは「L字カーブ」と言われています。

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20代から、ジリジリ正規雇用率が減少しているのがわかります。この、徐々に雇用率が下がっていく様が、本当に切ない。どうにかキャリアを維持しようと頑張ったけど、ひとり、またひとりと、バタバタ力尽きていくママたちを見ているようで、胸が締め付けられます。

厚生労働省の「コース別雇用管理制度の実施・指導状況」によれば、1995年に総合職を採用した企業のうち、10年後にひとりも女性総合職が残っていない企業は、なんと、4割に達します。2010年度の調査でも、2000年度採用の女性総合職は10年で65.1%が辞めています。

キャリアアップを望むママたちは、この状況をどうにかしようと、あらゆる手を打ってきました。ベビーシッター、延長保育をやっている無認可保育所(とても高い)、病児保育……等々、身銭を切って、どうにかキャリアを維持しようとしています。

しかし、そんなママに対する社会の目は非常に冷ややかです。陰に陽に「子どもが可哀想」なんて言葉を炸裂させる人もいます。そもそも、ママたち自身も悩んでいます。国立社会保障・人口問題研究所が結婚経験のある女性を対象にした「全国家庭動向調査」によると、「自分たちを多少犠牲にしても、子どものことを優先すべき」への賛成割合は、2008年の第4回調査で81.5%、1993年の第1回調査(72.8%)から毎回上昇しています。

そんな世間からの圧力と、自身の母としてのあるべき姿とのギャップに晒され、ママたちはキャリアアップの望みを諦めていきます。「そこまでして……」と呟いて。

なお、このママたちの苦悩は、ジャーナリスト・中野円佳さんの『「育休世代」のジレンマ 〜女性活躍はなぜ失敗するのか?』(光文社)で詳しく調査、分析されています。本記事でも、大変参考にさせていただいてます。ぜひ、ひとりでも多くの方に読んでいただきたい良書です。


パパの家庭進出の真価は、視点のアップデートにあり

女性は、出産育児を機に、まさに人生が一変します。子育てはママがやるべきという社会からの圧力(そのくせ、ほとんどサポートしない)に直面し、ひとつひとつ、本当はやりたいと思っていたことを諦めていきます。「……しょうがないよね。私は、お母さんなんだから」と。

一方、男性はどうでしょうか。子どもが生まれても、雇用形態も、労働時間だって基本的には変わりません。キャリアアップを諦める人もいないでしょう。これは、やむを得ない部分もあります。だって、会社がそうさせてくれないのだから。

私だって「家事育児は夫婦で5:5です(キリッ)」なんて言ってますが、それは、日本でも有数の子育てに理解ある職場にいるからに過ぎません。夜遅くまで家族のために働いているパパに向かって後ろ指さして、悪者扱いするなんて到底できません。

でも、だからこそ、少なくとも! 私たち男性は、女性たちの置かれている境遇に思いを致し、想像力を働かせないといけないと思います。私は育休とその後の子育てを通じて、ママたちが受けてきたこの不条理のほんの一端を体験しました。

公共交通機関は使いづらくなるし、どんな緊急案件が来ても定時帰りは死守しないといけないし(そして、子どもを寝かしつけてから作業再開)、どういうわけか、重要な会議がある時に限って子どもに風邪をひかれて欠席しないといけなくなるし、極め付けに、その風邪をうつされるし……!! こんな状況では、サービス残業が常態化している日本の企業で正規雇用を維持するだけでもミラクル、まして、キャリアアップなんて望むべくもありません。

それなのに! 日本のジェンダーギャップに言及し「女性の役員、管理職が少ない」というと「女性の意欲がないから」と言い放つ人は少なくありません。実際、厚生労働省の「平成26年度雇用均等基本調査」によると、従業員30人以上の企業で、女性の活躍を推進する上で必要な取り組みは何かと問われると「女性のモチベーションや職業意識を高めるための研修機会の付与(38.1%)」が上位きます。これはつまり「女性のモチベーションや職業意識が低いこと」を企業として問題視しているわけです。

確かに、女性が男性に比べて役員や管理職を志望する割合が低いことを示すデータはたくさんあります。でも、ではどうして、女性の意欲は低いのでしょう。

私にはわかります。だって、絶対に無理なんだもの。多くの企業では、きっちり定時であがって家事育児もガッツリやっている人が役員や管理職になってる例が、極めて稀です。そもそも、同じ土俵で競争できないのです。私だって、今の家庭環境で、サービス残業上等のオラオラ企業に転職して管理職を目指せるかって言われたら、やっぱり「無理です」と答えます。「意欲がない人」認定されるに違いありません。

実際、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2015年に公表した「女性管理職の育成・登用に関する調査」では、配偶者の家事・育児・介護時間が長いほど、女性の昇進意向が高いことが明らかにされています。まあ、こんなの、ママたちからしたら「当たり前だろ!」ってデータに違いありません。

最近、わたしのnoteではしつこく「男性の家庭進出」を発信してきました。これは、単に家事育児を頑張ってやる、ということではありません。その真価は、社会をみる視点のアップデートだと思っています。男性本位の視点や、ビジネスパーソンの視点でしか社会を見れないと、女性の管理職比率が低いことを、女性の自己責任だと勘違いしてしまいます。これは、あまりにも短絡的であり、課題の本質を見誤っています。家庭から社会を眺めると、これまでとはまったく異なる景色がみえるんです。ビビるほどに。

私たちの社会を、みんなにとってより良くするには、まずはこの男性の認知の歪みの是正が第一だと思います。そしてその起点は、ママと同じ体験をすることではないでしょうか。


当記事では書ききれなかったジェンダーギャップの構造的問題、そしてその解決方法、私たちに今できることを、本でまとめてみました。

全体のテーマは、「パパの家庭進出」です。現代の家族のあり方について、実体験を軸にしつつ、政治、経済、歴史など、様々な視点から考えてみました。


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