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変わりゆくホテルのあり方から見通す今後の日本のチャンス


新型コロナウイルスの影響で大きく様変わりしている旅行・宿泊業界の動向を受けて、ホテルが長期滞在を前提とした客室の提供を始めている。

例えば東京の帝国ホテルや大阪のリーガロイヤルホテルといった、名門とされるホテルが1泊あたりの値段で考えるとこれまでには考えられなかったような価格での長期滞在型のプランを提供し始めた。

大阪のリーガロイヤルホテルのプランでは、1泊あたりが5,000円と大阪の一般的なビジネスホテルの値段に比べてもかなり安い価格になっている。また長期滞在専用フロアには電子レンジなどの設置もされるということで、通常のホテルよりも日常的に生活をするのに適した改装も行われるようだ。

また、宿泊ではないが、日中のホテル客室をリモートオフィスとして利用する試みも、東京都が多摩地区で始めており、それをテレワーク推進の契機にしようとキャンペーンも始めている。

新型コロナウイルスについては、日本でもワクチンの接種が始まり、今後多少の紆余曲折がありながらも、徐々に流行がおさまっていくとは思われる。ただし、本格的にインバウンドも含めた国際間移動の需要が回復するには相当な期間がかかるものと思われている。また国内移動を含めても、いわゆるオンライン会議などによってカバーできるビジネスコミュニケーションの領域が改めて認識されたことによって、出張を伴うようなビジネス移動は、国内外ともに一定程度以上の減少が続き元には戻らない可能性も高い。

旅行関連業界は、新型コロナウイルスがもたらした変化を一過性のものとみるのではなく、これまでのビジネスモデルからの抜本的な変更を余儀なくされていると捉えるべきであろう。

このホテル業界の動きは、都心に人々が集中しそこで住宅を買ったり借りたりする人が多いために価格が上昇し続けてきた住宅のあり方を問い直すことになる可能性もある。日本全体では、人口の減少ともあいまって特に地方部での空き家問題が顕在化してきている。これだけの空き家が国内的にはありながらも、都心部では新たに住宅が建てられ、それが高値で取引されるという動きが続いてきた。

一方で、一か所に住み続けることに対するオルタナティブとして、「アドレスホッパー」と言った言葉が生まれ、若い世代を中心に、1拠点に定住するのではなく2拠点ないしそれ以上の場所に移り住む生活が脚光を浴びつつあり、それに応じた定額住み放題のサービスも生まれ始めている。こうした住み放題サービスに客室を提供するホテルもすでに現れているし、またこのサービスの利用者向けの運賃を設定している交通機関もある。

もちろん、家庭を持ち子供を育てたり、親の介護をするといった時期には、なかなか短期間で住む場所を変わることは難しいし、今後も簡単ではないと思われる。

しかし、単身でいる間であったり、あるいは子育てが終わった後の夫婦2人で生活をする間などなら、ご本人(たち)がそうした希望を持つのであれば、多拠点生活は現実的な選択となりつつあると言えるのではないだろうか。

新型コロナウイルスの影響でリモートワークが定着し始めている中、自分がどこで仕事をするかは以前ほどには問題でなくなっている。こうした状況で、より良い労働環境や生活環境を求めて場所を移動するということは、生産性の向上にとどまらずQOL向上の点でも、実は理にかなっている。

日本は四季がはっきりしている国だから、季節に応じて自然環境を最大限に満喫することができる場所がある。例えば桜の時期の桜の名所に行き、また紅葉の時期には紅葉を楽しみに行くということは、週末など短期的な旅行としてはこれまでもあった。これを多拠点生活を前提に考えるなら、南北に長い日本の地理的条件を活かして、例えば6月の梅雨時に、下旬には梅雨明けして夏が始まる沖縄で早めの夏休みを兼ねたワーケーションを行うとか、一方で梅雨の影響が少なく蒸し暑さのない北海道で集中して仕事をする、といったことも考えられる。

こうした生活が可能であれば、私たちの住まい方に対するこれまでの考え方、つまり、持ち家を買い、以降はローンを払い続けながらその場所でほぼ一生涯住んでいく、といった価値観は徐々に薄れていく可能性もあるだろう。

こうした住まい方の柔軟性が実現するために、働き方の柔軟性が大前提にある。くしくもここ数年で日本は働き方改革や、ジョブ型雇用の是非といった雇用形態のあり方も含めて、企業と従業員の関係を見直そうという気運が高まってきている。これもまた柔軟な住まい方を実現する一つの前提条件になるだろう。

さらに、災害大国である日本にとって、住宅が被災した場合に、これまでは避難所や仮設住宅といったものが用意されてきた。こうしたものが全く必要なくなるということはないかもしれないが、多拠点居住が普及し、それに応じた施設や住宅が増え、流動的に人々の移動が起きることが前提の社会構造になれば、被災した人は一定期間親戚などのいる他の地域の拠点に移って生活をしたり、あるいは近隣の多拠点居住者向けの長期滞在型施設がこうした避難者の受け入れ先として機能する、といったことも考えられる。この点でも、多拠点居住に対応した社会になることが、我が国のレジリエンスを高めることにも繋がっていく。

宿泊業界に限らず交通機関にとっても、出張による移動需要が大きく減り、それがなかなか元には戻らないことが考えられるなかで、多拠点居住の人たちが定期的に居場所を移るために移動することが新規需要となり、それが既存需要の減少分を補っていく可能性もある。

また、引っ越しとまではいかなくても、ある程度の荷物は拠点間で移送する必要があるなら、多拠点生活者に対して、現在の宅急便と引っ越しの中間形態にある輸送サービスといったものも、ニーズが生まれるかもしれない。

さらには、こうした多拠点生活を近隣国を中心に国際間で促進し、新たな「インバウンド」需要を創出することを国策とするなら、安全で物価が安くサービスレベルの高い我が国は、観光とはまた違った海外からの需要を獲得していくことも不可能ではないだろう。

いずれにしても、ホテルが新たな長期滞在向けのプランを出したことは、世の中全体の大きな動きの氷山の一角であり、水面下に交通や観光サービスのみならず、私たちが暮らす社会に多様で新たなチャンスが生まれつつある兆しだと、私は感じている。




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