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「リスキリング」の注目度に対して、冷ややかな企業人事との温度差【Part 1】

政府主導で取り組むシニアの学び直し

年長者を敬うという儒教の精神はどこに行ったのかと言いたくなるほど、最近は中年層に対する風当たりが強い。「働かないおじさん」に代表されるように、時代に取り残されてお荷物扱いされたシニア人材の行き場のなさが問題視されている。同時に、大企業を中心として多くの企業に取り入れられている役職定年制によって、50代の管理職が役職をはく奪され、収入が半分近くまで引き下げられる。長らく管理職として現場を離れていたシニア人材が、役職定年だからと現場に戻されても任せることができる仕事は現場にはない。そして、シニア人材の持て余しが現場で起きてしまう。
加齢とともに時代に取り残されてしまったシニア人材の救済策として、政府主導で学び直し(リスキリング)が推奨されている。1兆円という大規模な予算をつけて、学び直しを推進し、成長産業への労働移動を促すことをもくろんでいる。

シニア人材の「学び直し」に冷ややかな人事業界

政府主導の学び直しについて、行政を中心としてマスコミや人材会社がにわかに騒ぎ立ち、シニア層の学び直し事業が雨後のタケノコのように乱立し始めている。特によくみられるのが、シニア人材にプログラミングを学習してもらい、DX人材に転換しようというものだ。
行政や人材会社は所謂サービスの提供側だ。一方で、サービスを受け入れる側であり企業人事側の反応をみていると、冷ややかなものを感じる。「リスキリング」や「学び直し」と盛り上がっているが、社会を変えるほどのインパクトはなく、一過性のブームで終わるだろうとみていることが多い。この温度差はどこから来ているのだろうか?

学び直しを「我がこと」と考えていないシニア人材

シニア人材のキャリア研修や、研修講師をしている仲間と話をしていると、「そもそも、自分の将来に危機意識を持っているシニア層が少ない」という問題を共有することが多い。
実際に、研修後のアンケートやシニア人材を対象とした調査をしてみても、「学び直し」の必要性を感じているシニア人材は驚くほど少ない。おおよそ2割もいれば良い方で、6割くらいのシニア人材は「自分はなんとか逃げ切れるだろう」とある種の楽観主義を感じる。残りの2割は諦観している層だ。
教育や研修をしていると、そもそも受講生に学ぶ意識がないときには何をやっても厳しいものがある。まずは「学び直し」を我がこととして捉え、動くことの必要性を考えてもらうことから始めないといけないのだが、これも簡単にはいかない。ここにはキャリアの概念が絡んでくる。
伝統的な日本企業では、キャリアを我がこととして考えることが難しく、「キャリア=出世」という価値観になりやすい。これは自分がどのような専門性を身に着けるのか、自分の自由意志で選択する権限を従業員が持っておらず、会社側が人事異動という形で半ば強制的に決めてしまうためだ。そのため、「数年もすれば、何の仕事をするかわからないのだから、今の期間を大過なくやり切ろう」という姿勢になりやすい。それでも、与えられた環境で全力で取り組み、限られた期間で成長して凄まじい成果を上げる従業員もいるが、確率論的にはレアな現象だ。
加えて、この自分で自分の専門性を決めることができないという状況は、若手の人事部員や新規事業開発部向けに研修をしていると最も大きな課題として出て来る。「プロフェッショナルになれと言われても、どうせ数年で異動なんだから」という姿勢で臨まれると研修の効果は激減してしまう。また、意識改革が成功し過ぎて「今の会社だとプロフェッショナルにはなれないから、転職します」と研修の結果として離職してしまうこともままあるケースだ。
つまり、50代半ばを過ぎるまで会社に言われるがままにキャリアを歩んで来たために、自分のキャリアを自分で決めるという経験を積まないまま来てしまったシニア人材が多い。人間はやったことがないことはできないので、突然、役職定年だからと自分のキャリアを自分で決めろと言われても途方に暮れてしまう。

キャリアについて考えないし、大人になってから学んだこともない

このチャプターの初めに「自分の将来に危機意識を持っているシニア層が少ない」と書いた。この問いを研修で尋ねられたときの顔は、大学生が「卒論で自分の好きなことをテーマにしなさい」と言われたときに「好きなものなんてないです」と途方に暮れた顔をするのと似ている。どちらも、今まで考えたことがないことを問われているので、頭が真っ白になる。
認知能力のトレーニングは基本的には筋トレと同じだ。同じような意思決定を求められる状況を人為的に作り出して、何度も繰り返し反復練習することで訓練される。自分のキャリアについて考えたことのないシニア人材にとって、「学び直しが必要だ」と言われても、なかなかピンとこない。
加えて、日本人は世界でダントツに社会人になってからの学びの機会が少ない。リクルートワークス研究所によると、30歳以上の学校機関通学率はOECDの調査対象国中最下位であり、年齢が高くなるほどに業務外の学び(自己啓発)を行う人は減少する傾向にある。
つまり、自分のキャリアについて考えたこともなければ、自分の能力開発のために社会人になってから学ぶこともしていない。そのようなシニア人材に対して、突然、「今から新しいことを学んで、自分でキャリアを作ってください」と言って、うまくいくと楽観視できるかというと少々厳しいものがある。

シニア人材の学び直しは3ステップで

それでは、シニア人材の学び直しのためには、どのように施策を考えるべきか。施策の企画者としては、ステップを踏んで、学び直しを浸透させることが良いだろう。既に学び直しに対して自ら取り組んでいる層から初めて、徐々に馴染みのない人々に展開していく。そうするとおおよそ3ステップとなるだろう。
1つ目のステップは、学び直しのために自ら動くことに慣れている人たちを対象として、「学び直し」と「就業」という2つの機会を数多く提供することだ。インターネットのポータルサイトやマッチングサイトのように、情報を数多く、なおかつ網羅的に扱うメディアが相性の良い施策になるだろう。自ら動ける人にとっては、学び直しの機会を特別に提供する必要もないかもしれない。活躍できる機会さえ与えることができれば、自律的に動いてくれる。
2つ目のステップは、「学ぶ」ことに慣れているが自ら動くことが難しい人に対して「学び直し」と「就業」をセットで提供することだ。職業訓練校のようなスクール形式で学んでもらい、新しいスキルを身に着けた後に就職先を紹介する。
3つ目のステップは、「学ぶ」ことに慣れておらず、自ら動くことも難しい人に対して、受け入れる社会の受け皿を整理することだ。人生100年時代とは言え、50代も半ばを過ぎてから新しいことを学べと言われても難しい人たちも一定数存在する。そういう人たちを社会的弱者として見捨てるのではなく、社会に貢献できるような受け入れの場が必要になる。例えば、NPOやNGO、地域の活動など、金銭的に大きな報酬には結びつかないが、社会の一員として貢献できる場を持つことで孤立を防ぐ。そして、時間をかけて「学び直しをして、もう1度、挑戦してみたい」という気持ちを育む。
シニア人材を一括りにしても、すでに学び直しができている人もいれば、様々な理由で学び直しが難しい人もいる。個々人の学び直しの度合いに応じて、社会から孤立させずに、適材適所の活躍できる場を用意することがリスキリングで事業を営む人々に求められている姿勢だろう。



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