CVCの次の課題は、担当する人が育つ環境作りだと思う
日本企業のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が数多く設立され、下記の記事によれば日経新聞がアンケートを行い回答があった60社ほどのCVCの投資枠(運用額)合計は6,100億円を超え、日本のVCの総額の2倍以上になったという。単年(度)と複数年の違いなど、単純比較してよい数字であるのかは置いておくとしても、CVCによるスタートアップへの投資可能性が大きく広がっていることは間違いないと言えるだろう。
新型コロナウイルスの影響を受けた2020年以降でも、13社に新たな CVCが設立されたということだ。
これだけの資金が日本でも集まってきているということは、言ってみればブームに乗ってCVC をとりあえず作ってみるという段階を過ぎ、これからは、いかにCVC を定着させ、一企業としての取組みにとどまらず、日本の産業界全体にどれだけのイノベーションを起こせるかが本格的に問われるフェーズに入ったと考えることができる。
このように CVC は日本企業にとって珍しいものではなくなってきたが、自分自身のCVCでの業務経験を振り返っても、まだまだCVCを設立した事業会社の取り組み方の基本方針や運営体制には課題が残されていると感じる。
CVCは基本的にスタートアップに投資することが本業ではない会社で作られるものであるため、一般的にはスタートアップへの出資や、オープンイノベーションについて十分な知識・経験がない社員が CVC の担当になるケースが多いものと思う。記事でも指摘されている通り、定期的な異動が CVCを担当する社員についても適用される場合、特に異動の周期が短い会社であれば十分に CVC の業務を理解する前に担当を外れてしまったり、担当している投資先のオープンイノベーション・事業開発に最後まで関わることが出来ず、新たに担当になった人が過去の経緯をよくわからないままに引き継いでうまくいかなくなってしまう、といったケースも考えられる。
また CVC の意義を十分に理解できていないためか、最優先事項が投資リターン(財務リターン)とされ、 VC と同じスタンスで投資をしているというCVCの話も小耳に挟んだことがある。
VC との比較では、 CVC は事業会社としてスタートアップ投資以外の本業を持つ点が投資自体を本業とする VC との違いになるのだと理解している。このため、CVCを持つ企業が、自社の本業といかにシナジーを持ったスタートアップ見いだし、そこと組んでいわゆるオープンイノベーションの手法によって新たな事業を創出したかを設立の主目的にしている CVC が多いものと思う。もちろん、CVCもVCの一形態であると考えられるから、投資リターンも副次的に求めることに異論はないのだが、あくまでメインはオープンイノベーションによって新規事業を創出し、そこから半永続的な事業上のリターン(戦略リターン)を得ることであると、私は思っている。
下記の記事によると、財務リターンについては約半数の企業が想定以上の成果が上がっていると回答しているのに対し、戦略リターンについては想定以上と回答した企業が3割程度ということで、 CVC の意義からすると戦略リターンが財務リターンと同じかそれ以上にうまくいっていることが理想ではないかと思うので、まだまだその域には達していない、ということだろうか。もちろん戦略リターンについては短期的に数字として表れるものだけではないため、長期的に見ていく必要はあるが、現状はこのような回答状況である、ということについては留意しておき、今後の変化に注目したい(日経新聞には、定点観測的に同じ質問をして、時系列の変化を追ってもらえたらと思う)。
現在の CVC ブームの流れの初期に取り組みをスタートさせた KDDI のオープンイノベーションファンドの開始が2012年であるから、そろそろ10年が経過しようとしている。これだけ CVC を設立する企業が増え、初期に設立した企業の多くも2号3号とファンドを組成して取り組みを継続させてきたのだから、人事制度や処遇の点で、 CVC の担当社員が十分にその能力を発揮できるような仕組みを本腰を入れて整えてもよいのではないだろうか。
例えばCVC を担当する社員と他部署の社員が同じ基準で人事上の評価をされた場合、 CVC の成果はすぐには出にくいことから不当に評価が低くなってしまうという懸念がある。そうなれば、優秀な社員はCVCの担当になろうとしなくなる可能性がある。別な言い方で言えば、CVC担当部署が花形ではなく、日陰の部署になってしまう可能性がある、ということだ。
また、今はおそらくほとんどの CVC の担当者が、担当前からスタートアップ投資やオープンイノベーションに関する知識を持ち合わせず、担当となってから OJT によって日々の業務の中で必要な知識や経験を積んでいるのではないかと思う。今後は、例えば大学などでスタートアップの資金調達の仕組みをはじめ、事業会社からの投資の意義やオープンイノベーションについて学ぶ機会が増えるなど、教育機関での投資家教育や事業開発教育の充実にも期待したい。
もちろん座学だけで CVC の業務が十分に務まるとは思えないので、実務経験を積むことはとても大切である。しかし、先に一定の座学による教育が行われることによって、実際の担当になった時に効率的に実務経験を積むことができ、 CVC の担当人材として育つために必要な時間が短くなるという効果は期待できるはずだ。
今後も引き続き CVC の活動が活発になり CVC によるスタートアップへの出資やオープンイノベーションの取り組みがさらに進むことを期待したいが、そのためにはそろそろ、CVC に適した人材育成や、CVC担当になることを希望する社員が増えるような施策が考えられるべきタイミングではないだろうか。