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「TikTokヒット」が生み出す新たな問題

数日前に、Steve Lacyが大ヒット曲「Bad Habit」をライブで披露する動画が英語圏のTwitterで大騒ぎになった。

Steve Lacyはこの曲でついにBillboard Hot 100で一位になり。もはやこれは社会現象だとも言われている。彼は98年生まれの24歳で、クィア(バイセクシュアル)の黒人男性。社会に押し付けられる「こうあるべき」という枠組みに抵抗し、音楽やファッションを通して常に新しいものを生み出している彼に若者たちが共感し、熱狂する。そんな新たな音楽シーンを生み出す、パイオニア的存在のアーティストだ。


J.I.D.の新アルバムでリードシングル「Dance Now」をプロデュースした、弱冠16歳のプロデューサーAviadは「なぜ多くのアーティストがTikTokに苛立ちを感じているのか、今日あのスティーブレイシーの動画を見るまで完全に理解できていなかった」とツイートしている。

さらに、「この曲(とTikTokのヒット)のおかげで#1になれたからいいだろという人もいるが、Twitterでは、自分が見たいようにコンテンツを解釈するのは簡単だ。僕は、アーティストがtiktokで苦労しているのは、tiktokではすべてが急速に進みすぎるからだと言っているのであって、tiktokが嫌われるべきだとは言っていない。適応するのは難しい。」とも投稿している。

「これが最初の間違いだった」と若干揶揄するようなこのツイート。 Bad HabitをスピードアップしたバージョンがTikTokでバズったため、それに合わせてピッチが高い、早いスピードのバージョンもリリース。TikTokの人気に迎合することが本当に音楽の本質にとって良いのか、議論が起きている。

スピードアップした版、スローダウン+リヴァーブ版など、TikTokで勝手にリメイクされた楽曲をアーティスト本人が正式にリリースするトレンドを批判するツイート。「現代音楽を傷つけている」とまで。

「TikTokが曲を知るきっかけになる云々」に次元の話ではなく、元の曲やアーティストのコンテクストの上澄みのみが消費され、「スティーブレイシーって今イケてる」と「SNS強者たち」に知られ、彼らがTikTokやインスタなどで「Bad Habit生で見た!」みたいな投稿をするためだけに最前にいることが、新たな問題となっている。

これはZ世代的なリアルとSNSがシームレスにつながって「今」を作り上げている状況から生まれる新しいライブカルチャーとも言える。例えばわざわざライブの瞬間までBeRealを撮影するのを待って、「フェスなう!」みたいなノリの人も多い。要はそのライブにいることがファッションでステータス。

しかも今回問題なのはスティーブレイシーのハードコアな昔からのファンは彼のThe Internet時代から好きだし、彼プロデュースの曲も全部知ってるわけで、そういう人もチケットが買えないほど争奪戦で高値で転売されたから。小さめのライブハウスを回るツアーなのに人気大爆発したことも関係してる。

この話は別でも何度もしてますが、本当にそのアーティストの曲が好きかどうかという判断基準がアメリカのZ世代の間でかなり多様化しており、「こういうアーティストが好きだったら自分がなりたい系統のオシャレになれる」みたいな、自己プロデュースの一環で音楽を捉えている人もかなり多い。

ここで大事なのは、アーティストにとって何が本当に「良い人気」なのか?を再認識することがある、という議論だ。スティーブみたいに実績も才能もあるアーティストが「TikTokアーティスト」としてだけ知られること、本当に彼の音楽を愛している人が生で聴けないことなど、構造としての新たな問題が生まれつつある。TikTokがアーティストの発掘に大いに貢献していること、新たな音楽がいまだかつてないスピードで生まれ、イノベーションの現場になっていること、新たな音楽との出会いの場になっていることは自分自身の経験からしても非常にポジティブな影響だ。一方で、このような「アーティスト・曲の表層的な消費」が生まれる原因の一つにもなっており、「音楽の新たな楽しみ方、消費の仕方、聴かれ方」とどう向き合うのか、考える必要がある。





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