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【読書メモ】そしてドイツは理想を見失った

正直、日本語のドイツ関連書籍はまず経済・金融モノは皆無と言っても過言ではありません。政治・外交モノは勉強させられるものが多いです。また、ドイツ関連書籍を見ていて多いなと思うのは「私はドイツに住んでいるからドイツのことを知っている」という強い思いが先行し、雑な日独比較を展開、議論自体の精度を欠くものが見受けられます。そのような中、川口マーン惠美さんはドイツ在住の方ですが、凄く冷静な筆致でまた読みやすく、勉強になる情報を提供してくれることが多い識者の方だと思います。本書はメルケル政権の隆盛から衰退までを現地メディアの様子をしっかり捉えながら伝えてくれる良書です。2021年にかけて先進国中最長のメルケル政権がいよいよ終焉を迎える中にあって、メルケル政権がどうしてこれほど長く続いたのか?どうして晩年には支持率を落としているのか?を克明に把握することができます。ドイツ在住識者(的な人)にありがちな「ドイツは素晴らしい。日本は駄目」というステレオタイプの議論ではなく、日本とドイツの間に立って、両者の違い、長所・短所(どちらかと言えばドイツの短所が多く、これは日本語情報としては稀少な印象を受けました)を列挙する姿勢が好感を持てました

個人的には2017夏前のSNS規制法の成立が既存政権への批判封じ込めを意図していた可能性等の話は新鮮でした。当地でAfD関連のメディア報道は殆ど封殺されているということですが、それでも最近の同党の躍進が起きているところに怖さを禁じ得ません。

メルケルと言えば日本ではどこか聖人君主のように思われているところがまだ多いように感じられますし、ドイツと日本に親近感を指摘する向きも未だ多いように感じられます。しかし、メルケルほど権力への執着が強く、そしてその嗅覚が優れた政治家も居ないということはつぶさにドイツをウォッチしていると良く分かります。また、ドイツと日本の共通点は製造業(特に自動車)が強いということくらいであり、歴史を紐解けば日独関係が良好であった時間帯の方が稀有であるという事実にも目を向けるべきだと思います。同書の中でも指摘されていますが、日中戦争時代、中国をドイツ軍が装備や戦術面を含め全面バックアップしていた事実などはもう少し知られても良いように思います(裏でドイツは日独防共協定を握っていたにもかかわらず、です)。

メルケルの政治人生は15年9月の難民無制限受け入れにより事実上終了しました。2021年には正式に引退します。この点、川口さんの近著「世界一安全で親切な国日本がEUの轍を踏まないために」が詳しいですが(まだ読書中です、これもまた良著の印象です)、何故メルケルが突然、あのような決断をしたのかは未だ謎に包まれています。引退後の自伝などで明らかにして欲しいところです。ドイツ政治や社会の実相に迫れる稀有な日本語資料だと思います。ドイツ経済・金融情勢については未だ決定版と言えるものが無いと思うので個人的に勉強したいと思っている所です。

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