見出し画像

就活で「社会貢献したい」を推すのはお勧めしない3つの理由(日経COMEMOテーマ募集_遅刻組)

企業で働いていると「自分の仕事は世の中の役に立っているのだろうか?」「仕事で成果は出しているのだけど、社会貢献しているという実感がわかない」という感覚を抱くことがある。チャップリンの『モダンタイムス』のように、組織の歯車となっていて、自分の人間性を喪失したように感じる。このような心理状態を、マルクスは「労働阻害」と呼んだ。労働阻害は、ざっくりと説明すると以下のような内容だ。(細かいところや精確さを求めると長くなるのでここでは割愛する)

労働阻害:人間は、自分自身が他人に承認してもらいたいという意欲を持って労働に動機づけられる。しかし、資本主義社会において、労働は自分が匿名的な存在として生産物を作るだけの活動となり、労働者は労働に従事することで人間性から疎外される。

当然、従業員がこのような心理状態で働くことは雇用者である企業も経営者も望んではいない。そのため、従業員が社会活動に貢献していると実感できるように職務を設計したり、組織作りをしている。その結果、資本主義の下で会社員をしながらも「労働阻害」を感じることなく、社会貢献の実感を得ている人も少なくない。

先月の話題にはなるが、日経COMEMOのテーマ募集「#仕事で社会貢献を感じた経験」も、そのような会社員が仕事を通して社会貢献を実感する機会が増えているという実感から出た企画だろう。

しかし、仕事を通して社会貢献をすることが取り沙汰されると共に、少し過熱気味だと感じるところもある。特に、新卒採用の現場では、「仕事を通じて社会貢献がしたい」「SDGsに力を入れている企業で働きたい」と述べる学生の声をよく聞くようになった。

非常に多い「社会貢献したい」という志望動機

学生の就職相談やエントリーシートの添削、模擬面接の相手をしていると、「志望理由は御社で〇〇という社会貢献をしたいと考えているためです」と胸を張って述べることが多い。特に大分県のような地方だと、ほぼすべての学生が「大分の発展に貢献したいと思い、御社の〇〇で活躍したいです」と志望動機を述べる。

たしかに、地方都市の発展に貢献したいと思って地方の企業を志望することは悪いことではない。社会貢献の意欲が高いことは、人としては好ましい。しかし、キャリア論の視点で考えたときに「社会貢献したい」という志望動機はお勧めしない。その理由は、大きく3つある。

お勧めしない理由その1:社会貢献していない会社はない

そもそも論として、違法行為を働いている企業ではない限り、企業の営利活動はほぼすべてが社会貢献している。営利活動とは、製品やサービスを顧客に提供することで、顧客の抱える課題やニーズを解決し、その対価として金銭的報酬を授受する。課題やニーズを解決するということは、それだけで社会貢献していることになる。社会貢献していない企業は生き残れない。

キャリア論との関連で言うと、エリクソンの『ライフサイクル理論』が関係してくる。ライフサイクル理論は発達心理学で使われ、キャリア論の多くの理論が下敷きにしている古典だ。そこでは、人間は成長と共に社会との関わり方が変化し、その変化を8つの段階として整理する。この8つの段階を移行する変化に直面したときに発達課題を抱え、発達課題を克服することで人間は成長する。

社会に出るか出ないかという就職活動中の学生は、ちょうど8つの段階の移行期にある。青年期から初期成人期への移行期間で、他者との親密な関係性を築くことで生産性を高め、社会に価値を提供することが発達課題になる。学校という閉じたコミュニティの中で気心の知れた仲間とだけ関係性を作るのではなく、社会の中で他人と親密な関係を築き、社会貢献することが大人としての成長に繋がる。つまり、人として成長するために、就職活動をする学生が「社会貢献」を重視することは当たり前のことだ。

お勧めしない理由その2:会社がしている社会貢献と貴方の仕事内容は違う

志望動機で社会貢献について語るとき、その多くが志望する企業が取り組んでいる活動を事例として取り上げる。たしかに、企業は会社説明会や採用ホームページなどで社会貢献やSDGsの活動をPRしているだろう。しかし、入社後の自分の職務内容が、企業がPRする社会貢献やSDGsと直接関連したものになるとは限らない。

企業がどれだけ素晴らしい社会貢献をし、SDGsの推進をしていたとしても、新入社員が直接携わって実感できるかというと可能性は低い。フードロスの問題に取り組む会社で、社内ネットワークの保守を担当するSEとして配属されたとき、自分の仕事がフードロスの解決に貢献していると実感できる人は稀だ。また、もし直接貢献できるような部署で働いていたとしても、自分の成果として実感を得ることができるとは限らない。

これは仕事のレイヤーが異なるためだ。プロジェクト全体の成果としてできたとしても、自分の日々の仕事として従事できるのはプロジェクトの中の極一部だ。特に、大企業の大規模プロジェクトになるほど、個人が任される責任範囲は限定的になる。このレイヤーの違いを理解していなくてはならない。

お勧めしない理由その3:「社会貢献」が貴方のやる気スイッチなのかはわからない

就職活動時に、多くの学生が20年前後の人生経験を棚卸して、「なぜ自分は働きたいのか」という自己分析をする。その結果、「私は〇〇を重視して働きたい」と述べる。社会貢献も、自己分析の結果として導き出されることが多い。しかし、残念ながら、職務経験のない学生がいくら考えても、精度の高い自己分析ができることはまずない。

働くときの価値観として有名な理論が、MITのエドガー・シャイン教授の『キャリア・アンカー』だ。MITの卒業生を追跡調査した結果、働くときの価値観として8つのアンカー(分類)が発見された。しかし、このキャリア・アンカーを見つけるには10年前後の職務経験が必要だ。それまでは、価値観は経験と共に移り変わりながら、自分が何を重視しているのかを探索し、固定化していく。

つまり、まだ働いたことがない学生が「社会貢献したい」と言っていても、それは社会的望ましさや自分の思い込みで言っていて、本当は自分では気づいていない価値観を重視している可能性がある。学生が就職活動で語る価値観は、仕事人生という長い目でみたときに移ろいやすく、確度が低い。

「社会との関わり方」を話す

それでは、社会貢献をはじめとした価値観を重視しないのであれば、何を就職活動でPRすべきだろうか。おすすめしたいのは、「社会とどう関わっていきたいのか」という意向や将来の展望について語ることだ。

例えば、「地元の貢献のために、地元密着の地方銀行で働きたい」と言うのではない。「地方銀行での経験を通じて、地元の中小企業が財政的に安定した経営ができるように問題発見・解決の支援ができるプロになりたい」のように、自分が社会に対してどのような価値を提供できる存在になりたいのかをPRする。

もちろん、仕事をしていく上で、学生時代に思い描いていた意向や将来の展望が違ったということもあるだろう。しかし、採用する企業の側からすると、「〇〇という価値を提供できる人材になりたい」と提示されたなら、どのような職場に配属し、職務を割り当てるかが考えやすくなる。

また、プロになるために費やした時間は、別の道を選んだとしても役に立つことが多々ある。昔取った杵柄ではないが、個人の付加価値を高めるためには、ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットン教授が言うように複数の専門性を同時に育てることが有用とされている。

自分がプロとして社会に価値が提供できるようになると、社会貢献の実感は勝手に後からついてくる。社会貢献を重視したいと考えるのは、まずは働いてみて自分の価値観が固まってから判断するのをお勧めする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?