意味が分かる、行動が分かる、共通言語はチームを強くする最強の武器である
ノーアウト、ランナー1塁における戦術の話
いきなりですが、野球の話をします。8回表。0対0。ノーアウト、ランナー1塁。バッターは8番打者。…という場面を想像してください。
このシチュエーションでバッターが意識するのは「なるべくアウトを増やさずにランナーを先の塁へ進める」でしょう。選択肢としては右打ちで進塁を狙うか、あえてバントをしてワンアウト献上でも進塁を狙うか(8回まで進んでいるし)。
いずれにしても、併殺は絶対に避けて、変なボールに手を出すぐらいなら三振でアウトを1つ増やすだけに抑えたいところ。次の打者は9番ピッチャーですが、恐らくは代打が出るでしょうから、ツーアウトランナー無しは絶対に避けたい場面です。
一方で、バッテリーが意識するのは「なるべくアウトを取ってランナーをホームに帰さない」でしょう。選択肢としては併殺を狙って一気にツーアウトまで展開を進めるか、バントしてきそうなら2塁封殺で進塁させないのが理想的です。
いずれにしても、外角低めにボールを集中させて、ホームランボールは避けたいところ。次の打者は9番ピッチャーですが、恐らくは代打が出るでしょうから、得点圏にランナーを進塁させるのは絶対に避けたい場面です。
さて、ここまでの文章に登場した「バッター」「右打ち」「併殺」「ゴロ」といった言葉を、野球をあまり知らない方は、どこまで解像度高く捉えることが出来たでしょうか。頭の中でイメージできたでしょうか。
おそらく、野球を知っていないと(ルールだけでなく戦術も含めて知っていないと)ピンと来ないはずです。併殺は知ってても、なぜ併殺を狙うのか。言葉と意味は繋がっているでしょうか?
意味を知っていなければ野球を楽しむことができないし、ましてや試合には出られません。それぐらい、意味は重要なのです。
中川家礼二さんの鉄板ネタ「ピー! ノックオーン、帝京ボォール!」だって「ノックオンって何なん!?」「なんで毎回、帝京ボールなん!?」というツッコミまで含めて面白いのであって、別に見ている全員がノックオンを知っているわけではありません。これは例外。
「言葉、意味、行動」を揃える共通言語
いきなり野球の話から始めましたが、要は、意味の重要性、意味が表す具体的な行動がとても重要、ってことを伝えたかったのです。
①言葉
②言葉の意味
③意味に紐づく戦略的あるいは戦術的な行動
これらを一貫して理解出来ている状態を「共通言語が揃っている」と筆者は表現します。
そして、共通言語が揃っていないチーム(大抵は言葉の意味が分かっていない、意味と行動が紐づいていない状態)は、とても弱いです。野球でも「バント…? 何それ?」ってチームは弱いに決まっている。
野球と言えば、90年代の暗黒阪神タイガースは選手層の薄さも当然問題でしたが、それよりも「当たり前のことを当たり前にする徹底力の無さ」が問題だったのでは、と思っていました。各場面における意味を理解せずただ野球をしているような印象を持っています。
一方で、当たり前に使っている言葉の意味が浸透しているチーム(共通言語が揃っているチーム)は強い。なぜなら、いちいち説明せずに、何をするべきかフォーメーションを選手自ら組めるからです。時間をかけず、起きる事態に全員が対処できる。24年の日ハムにその印象を強く持ちました。
共通言語の浸透と重要性。これは、私たちのビジネスにも当てはまるのではないでしょうか。
私たちは、どうすれば勝てるのか。勝つための手段(施策)として何が考えられて、どのようなKPIを立てて進捗を計測するか。これらは全て共通言語化してチーム内に浸透させないと、迷子になる従業員で社内が溢れます。
特にマーケティングの分野では汎用的に使えるフレームワークや用語、指標が多いので、言葉の意味を理解してさえいれば「この状況ならば、まずこの方法を試してみよう」「次はこの施策に移行しよう」という打ち手(行動)を素早く決められるはずです。
ところが実際には、会議中ずっと黙っている人がいたり、言葉の意味が分からないけど何となく頷く人がいたり、「大丈夫か!?」と言いたくなる場面に何度も遭遇しました。
それって、野球のルールを把握していないのに、試合に出場しているようなものです。でも、ボールを1塁に送球する技術だけは高いので、とりあえず試合に参加している。野球をしているはずなのですが、本人だけは「ボールを拾って選手に投げているだけ」という意識なのです。
意味を分かって行動に移すのと、意味も分からず行動するのとでは、おのずと結果は変わります。
共通言語が揃ったチームは実行する手数が多い
共通言語が揃ったチームは、なぜ強いと筆者は言い切れるのか。
一言でいえば「実行する手数が多い」からです。例えば10人のチームなら、1人5個ずつ計50の施策をトライできるとしましょう。一方で、同じ人数ながら「この言葉ってどういう意味なんだろう?」「具体的にどんな行動をすればいいんだろう?」と疑問を抱え、都度、説明や調整に時間を費やすチームは、せいぜい半分程度の計25の施策しか回せません(実際にはもっと少ないかも)。
実際、筆者の所属するチームでは0.7人月でウェビナーを月12~15回開催しているのに対して、ある大手企業では4人月で月5回開催していると知りました。まさに生産性にダイレクトに直結するのが「共通言語」の有無です。
つまり、言葉の意味と行動の意味をすり合わせるために多大な社内調整を必要として、本来ならお客様や市場に向けるはずのエネルギーを内向きに使ってしまっているわけです。
逆に、強いチームは「言葉の意味」「行動の定義」が整備されているので、例えばウェビナーにしても企画から実行まで何をするか明瞭です。筆者の所属するチームではウェビナー運営に計4人が携わっていますが、誰に質問しても同じような答えが返ってくるはずです。これは冒頭の「バッター」「右打ち」「併殺」「ゴロ」の意味を全員が理解している状態に相当します。
筆者は、チームで共有する言葉をいかに整理するか(意味の整理といった表現が正しいかも)はマネジメント上の重大なテーマだと考えています。生産性に関わりますので。
「言葉なんて、現場で自然と身につくものじゃないか」と考える方もいるはずです。しかし、現場のOJTを通じて行う身体的理解が、必ずしも言葉の定義と噛み合わないケースもあります。
例えば、マーケティングの世界でよく使われる「顧客理解」。「顧客理解を深めましょう」と上司が指示したとしても、その言葉自体が曖昧なため、人によってイメージがバラバラだったりします。だって、何をすれば顧客理解なのか、何が実現すれば顧客理解なのか、リサーチ畑出身か、営業畑出身かで方法のイメージは全然違うはずです。
加えて、たった数回のOJTで「これが顧客理解なのか~!」と完全にわかる人は稀で、回数を重ねて身につけるべきことが多いのが実態です。
しかし現実には、人手不足や業務量の増加で、丁寧にOJTを積み重ねるだけの時間がないまま、独り立ちしていると聞きます。全体像を把握しきれないまま、局所だけを数回見ても、全体像は闇のままですよ? というか、この人手不足の日本で、どの会社で全体像を把握できるまでOJTに付き合ってくれるというのですか。
指導する先輩や周囲の人々も、すべてを細かく説明する余裕もありません。人手不足ですし。さらに企業規模が大きいほど、定期的にジョブローテーションが行われ、マーケティングナニソレオイシイノ?って方が、いきなりマーケ部門に配属されるような事態も珍しくありません(それがダメなのではなく、大丈夫ですか…?という心境です)。
野球で言えば、ノーアウト、ランナー1塁「バットを振れ」とだけ言われたので、強引に引っ張ったらゲッツーを喰らって監督から怒られる場面に助っ人外国人として立ち会い、何度か気まずい思いをしました。「指示が曖昧だったせいで失敗した」というメンバー側の言い分と「言わなくてもわかるはずだ」というマネジャー側の言い分で対立していました。どちらも一理あるので厄介です。
このギャップを生まないために「走者をどう進めるのか」を明確に共有しておく必要があります。これこそが共通言語です。
人が増えるほど施策のスピードが落ちていく
とても厄介なのは「どこからどこまでが分かっていて、どこからが分かっていないのか」という境界が非常にあいまいな点です。
たとえば最近あるYouTubeを見ていたら、「運用型広告って何? 非マーケターにも分かるように説明してください」と促された方が「Google広告やMeta広告を…」と説明されていて、それじゃ分かんねえよ!と思いました。
もちろんマーケティングに携わる多くの人であればMeta広告を知っているでしょうが、非マーケターの生きる世界で1度も「Meta」なんて言葉は登場しないでしょうから。
つまり、分からない人は大半において「分からないことが分からない」し、分かっている人は大半において「分からない人が分からないことが分からない」のです。
ベンチャー企業であれば経験者採用が進む傾向にあり、同じような背景をもったメンバーが集まるので、こうした問題は小さいかもしれません。しかし大企業や異業種からの転職者が多いチームは、バックグラウンドが違うので理解にばらつきがある、と筆者は感じています。
結果として、必要以上にミーティングを重ねて説明し合ったり、「分かったふり」をして後から理解がおぼつかないために手が止まったり、人が増えるほど施策のスピードが落ちていくのです。
それがダメだと言いたいのではなく、人が増えるほどスピードが落ちるという矛盾(でも大抵は、1人なら10日で出来ることが、10人集まると15日かかりますよね)にマネジメントとして立ち向かわないといけないよね、という話です。
共通言語はチームを強くする最強の武器である
つまり、成果を出すチームを作るなら「共通言語づくり」が凄くすごーく重要だと思うのです。チームにとって独自性のある武器になる、と筆者は考えています。
「共通言語…?」と思われたなら、仕事の意味の共通化、頭の中に浮かべる映像の共通化だと捉えてみましょう。何をするのか、なぜするのか、どうするのか、これらは意味を理解していないと手が動かないし、手が動かなければ成果は生まれません。
とくに筆者は、意味が伝わっているかどうかが成果をあげる上で重要だと考えるようになっています。
私以外は私じゃないから、私が分かっていることは職場の仲間が私の思う通りに意味を理解しているとは限らないのです。だから、私が出来ても、私以外が出来るとは限らないし、むしろ私以外が出来るまで事業を推進するのがマネジメントの役割だとすら思うのです。
それがチームを強くする。(と筆者は思っています)