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「ラーメンを売らないラーメン屋」が、未来を作る次世代のビジネス

ラーメンと言うと、東京だけではなく、北海道、京都、和歌山、尾道、福岡と美味しい店と独特のレシピを持つ都市が数多くある。筆者の住む大分県も、福岡ほどの知名度はないものの、ラーメンの美味しい街だ。学生時代から通っている、壱丁目ラーメンは青春の味であるとともに、人生で最高のラーメンだ。

しかし、筆者が最も好きなラーメン屋がどこかと言われると、それは壱丁目ラーメンではない。東京に住んでいるときに、最も好きだった赤羽の金字塔でもないし、新入社員のときに仲間と連日通った京都一乗寺の高安でもない。大学院時代に苦楽を共にした、六甲道のラーメン太郎でもない。大分県別府市と米国ボストンの二か所に本店を置く、「夢を語れ」が最も好きなラーメン屋であると胸を張って言える。

「サービスカンパニー」というビジネス形態

夢を語れは、いわゆる二郎系のラーメンを提供するお店だ。創業者はラーメン二郎で修行をし、京都一乗寺で独立・創業した西岡津世志氏である。筆者は、実は二郎系ラーメンがそんなに得意ではないのだが、「夢を語れ」という空間を体験したくて通ってしまう。それでは、夢を語れの何が、私を魅了するのだろうか。

それが本稿のタイトルにもなっている、「ラーメンを売らない、ラーメン屋」である。「夢を語れ」で提供しているサービスは、ラーメンではなく、自分の夢を語る空間だ。西岡氏は自分たちのビジネスの形態について、「たまたまラーメンを扱っているだけで、夢を語る空間を提供することが僕たちのビジネスなんですよ」と語る。そのため、「夢を語れ」には、通常のお店にはある売り上げ目標が存在しない。

それでは、「夢を語れ」の目標数値は存在しないのかというと、そういうわけではない。「夢を語れ」の目標数値は「お客の語った夢の数」だ。「夢を語れ」は、働く従業員も自分の夢を当たり前のように語り、それに釣られてお客も「僕の夢は○○だ」と語りたくなるエネルギーに溢れた空間となっている。

ボストンの店舗では、ラーメンを食べ終わった客が「I have a dream. I want to…」と夢を語る。居合わせた客は、それに対して応援の声をかけたり、質問したりする。そして、みんなで語られた夢を応援し、賞賛する。夢を語っても否定されない、応援してもらえると言う心理的安全性が確保されている。

しかし、シャイな日本人は「私には夢があります」と声を高らかに宣言することのハードルが高い。そのため、別府の店舗では、夢を語らなくてもポストイットに書き、壁に貼ることで夢を語るという方法も取り入れている。もちろん、夢を語りたい人は、店内で夢を語っても構わない。別府の店舗内には、オープン1年弱で、語られた夢が所狭しと貼られている。

夢を語れのサービス内容も、基本的には決まった形がない。特に、別府の店舗は、夢を語る空間を作る経営者を育てる教育機関という位置づけのため、店舗に行くたびに変化がある。別府の店舗が教育機関であるという意味は、全世界196か国に夢を語る空間を作り出すという西岡氏の夢を実現するための拠点であるためだ。

そのため、夢を語れで働く人々は、経営者としての能力を身につけるために、自分で考え、自分で「良い」「面白い」と思ったことが自由に実践できるように工夫が凝らしてある。例えば、別府の店舗の2階は経営者になりたいと勉強をしに来た若者が寝泊まりできるよう合宿所になっており、そこはバックパッカーが無料で寝泊まりできるようになっている。そのほかにも、懸垂マシーンが置いてあり、毎月、最も懸垂の回数が多かったお客は翌月のラーメン食べ放題権をもらうことができる。また、小中学生が夢を語るとラーメン無料、選挙で投票してきたらラーメン無料、facebookで従業員のラーメン早作り選手権を動画配信するなどの遊び心に溢れた施策を次々と打ち出している。

これらのサービスは、「ラーメンを売ること」ことを目的とした通常のラーメン屋では考えられないほど不合理なものだ。売り上げに繋がるどころか、無料でラーメンを提供しているので、利益を削るようなサービスも数多く提供している。しかし、驚くことに、「夢を語れ」はそれでも黒字経営を続けているのである。特に、ボストンの店舗は連日長蛇の列ができ、零下20度近くなる雪の中でも客足が途絶えない。

「夢を語れ」と似たようなビジネス形態を持つ企業で有名なのは、米国の靴のECサイトを運営するザッポスだろう。ザッポスも自らのことを、「たまたま靴を扱っているだけのサービスカンパニー」であると定義している。ザッポスは、カスタマーサービスの柔軟性とホスピタリティが評価され、口コミによる新規顧客の獲得とリピート率の高さが競合と比べて群を抜いている。普通は、如何に効率よく顧客からの問い合わせをこなすかが重要視されるカスタマーサービスにおいて、最長通話時間が7時間半であり、それを誇りにしているというエピソードだけでも、ザッポスが他の企業と一線を画すことがわかるだろう。

夢を語れとザッポスに共通しているのは、ラーメンや靴といった商品ではなく、顧客にサービスを通してどのような体験を与えるのかという点だ。そして、その体験を素晴らしいものとするために、従業員一人一人が自由に考え、意思決定することのできる裁量が与えられている。つまり、業務内容は上司や経営者から与えられるものではなく、自分で考え、判断して顧客に提供するものとなっている。ザッポスが自らを称するように、彼らの業態は「サービスカンパニー」と呼ぶべきもので、顧客に唯一無二の体験を与えることを命題としている。

「ラーメンを売らないラーメン屋」が世界を変える

企業は何のために存在するのか?

この問いに対する答えは、長らく「企業価値の最大化」「株主への還元」が正解であった。そのため、大企業は中小企業よりも上位のものと見なされ、社会と顧客からの信頼を得ることができた。

しかし、近年、この答えに疑問符が投げかけられている。優れたベンチャー企業やスタートアップが、大企業よりも高評価を受けることがある。その最たる例が、全米文系学生・就職先人気ランキングで毎年、上位に名を連ねる 「ティーチ・フォー・アメリカ(Teach for America)」だ。ティーチ・フォー・アメリカは、アメリカ合衆国のニューヨーク州に本部を置く教育NPOである。アメリカ国内の一流大学の学部卒業生を、教員免許の有無に関わらず大学卒業から2年間、国内各地の教育困難地域にある学校に常勤講師として赴任させるプログラムを実施している。

これからの企業に求められるのは、どのような商品やサービスを提供するかではない。サービスの受け手が、どのような体験を得るかであり、感動と感謝が最大の報酬となる。そして、感動と感謝を得るためには、顧客と直接の接点を持つ人々が、自ら考え、主体的に動くことのできる職場環境が求められる。

「安くて、高品質な商品」が歓迎されていた時代は終わりを告げようとしている。これからの企業は、「顧客への体験と感動」を軸に、ビジネスモデルを構築し、組織体制や働き方を創造する必要がある。

世界が求めているのは、「最も売れるラーメン屋」ではなく、「ラーメンを売らないラーメン屋」だ。「ラーメンを売らないラーメン屋」が作り出す世界観が顧客の人生を変え、世界をより良いものへと導いていく原動力となる。

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碇 邦生(大分大学)

大分大学経済学部の講師(人的資源管理論)をしています。採用や育成などのタレントマネジメント、地方創生・地方発ベンチャーなどの話題を中心に取り上げていきます。自動車メーカーやシンクタンクを経て、30代で大学教員とジョブホッパーです。 ※日経のキーオピニオンリーダーに選出されました。

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