ただのキャッチーな言葉じゃない「“副業禁止”の原則禁止」
こんにちは。弁護士の堀田陽平です。
しばしば新聞記事を賑わせている兼業・副業ですが、昨年11月の日経新聞での記事では、「副業を容認する企業が3割」という調査結果が示されています。
また、働く側からは、コロナ下の収入減少を背景に4割が兼業・副業の開始に前向きという記事も出ています。
こうした「兼業・副業の容認」の流れ自体は、とても良い傾向だと思います(ちなみに、副業・兼業には色々な言い回しがありますが、私は、経産省の頃から使い慣れている「兼業・副業」を使います。)。
そもそも原則として禁止することはできない
ただ、裏を返せば、それでもやはり、大多数の企業は、「兼業・副業を認めない」ということになります。
以前も書いたことがありますが、そもそも法的には、兼業・副業は原則として禁止することはできないとされており、私は「副業解禁」とか「容認」という表現自体に違和感を持っております。
「“副業禁止”の原則禁止」はただのキャッチーな表現か?
未だ多くの企業が兼業・副業に消極的であるなかで、これに積極的な企業では、「“副業禁止”を原則禁止」とすべきではないかと主張されている方もいらっしゃいます。
例えば、株式会社エンファクトリー様では、「専業禁止」という人材ポリシーを掲げておられ、実際に社内の多くの方が複業をされているようです。
以前、ある会合で、ある企業の社長が「“副業禁止”を原則禁止すべき」とおっしゃられたときに、その場にいた人達は、単なるキャッチーな表現という受け止めをされたのか、少し笑いが起きていました。
真面目に議論された「『副業禁止』の原則禁止」
しかし、「“副業禁止”の原則禁止」は、ただのキャッチーな表現というものではなく、真面目に立法論として検討されたことがあります。
労働契約法の制定のために行われた「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」の報告書(平成17年9月15日)では、次のような記述があります。
「労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であり、労働者は職業選択の自由を有すること…にかんがみ、労働者の兼業を禁止したり許可制とする就業規則の規定や個別の合意については、やむを得ない事由がある場合を除き、無効とすることが適当である。」
個人的には、裁判例に照らしても、許可制までも無効とすることは行き過ぎな気はしますが、「“副業禁止”の原則禁止」(厳密には「無効」)は、労働法の著名な学者の先生方が大真面目に議論していたことがあるのです。
やはり壁となる労働時間の通算
ただ、上記の報告書では、次のような留保も付されています。
「ただし、兼業の制限を原則無効とする場合には、他の企業において労働者が就業することについて使用者の管理が及ばなくなることとの関係から、労働基準法第38条第1項(事業場を異にする場合の労働時間の通算)については、使用者の命令による複数事業場での労働等の場合を除き、複数就業労働者の健康確保に配慮しつつ、これを適用しないこととすることが必要となると考えられる。」
上記報告書では、「”副業禁止“の原則禁止(無効)」の条件として、労働時間の通算を行わないということを挙げていました。「”副業禁止“の原則禁止(無効)」の立法については、労働契約法制定過程において落とされてしまったため立法に至りませんでしたが、立法はなくとも裁判例から兼業・副業は原則として労働者の自由であることに変わりはありません。
ただ、上記報告書が立法の条件としていた労働時間の通算は維持されたままとなっています。
健康確保はだれの責任か
上記報告書では、健康確保について、以下のような考え方を示しています。
「労働時間の通算規定の適用を行わないこととすると労働者の過重労働を招(く)…との指摘も考えられるが、個々の使用者に労働時間を通算することの責任を問うのではなく、国、使用者の集団が労働者の過重労働を招かないよう配慮し、労働者自身の健康に対する意識も涵養していくことがより妥当…。」
私としては、そもそも労働時間を通算することで(特に割増賃金との関係で)、過重労働を抑制することができるかには大きな疑問を抱いていますが、健康確保については、いわば、自由の対価としての自己管理を原則とすべきであり、この報告書でもそのような考え方が示されています。
「指揮命令下で働いているではないか」と言われるかもしれませんが、本業使用者との関係では、兼業・副業は「就業時間外の私的行為」の一つに他ならないはずです。
兼業・副業は「令和の働き方」?
兼業・副業は「令和の働き方」と言われることもありますが、今から約15年も前の「平成」の時代の報告書で、すでにこうした見解が示されており、兼業・副業は実は古くて新しい議論と言えるでしょう。