2019年を振返って(2):日本のモビリティを輸出産業にできるか
日本でも、今年は自動車業界を中心にモビリティに関する話題が増えた1年だったと感じる。
「モビリティ」については様々な定義・解釈があるが、ここでは自動車に限らない「移動」全般を指すものと捉えたい。また関連してMaaSについても、国交省・国土交通政策研究所長による、
ICT を活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を 1 つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念
との定義のもとに話を進めたい。
日本は自動車製造業が主要産業のひとつである国であり、このためどうしてもモビリティの話題は自動車に集中する傾向にある。実際に、マイカーを別としてもバス・タクシーなど、自動車がモビリティの大きく重要な役割を果たしていることは間違いがないし、特に鉄道の路線が縮小した地方において、自動車交通の重要性は言うまでもない。
一方、都市部および都市間の移動については、日本の場合は新幹線や地下鉄などをはじめとした鉄道の存在が大きいし、南北に長い国土という特性から国内の長距離移動も無視できず、そこでは航空の役割も大きい。
近年では、都市内の短距離移動にシェアサイクルやシェア電動スクーターの存在も目立つようになってきている。
こうした日本の交通事情を踏まえれば、実質的にクルマと航空機しかないアメリカのモビリティの動きよりも、フィンランドのWhimのような、鉄道も自動車交通も、さらにはシェアモビリティも一体として組み入れたサービスの方がより参考になるように思う。Whimには三菱商事などが出資しており、今夏の時点の記事では日本展開の計画もあるということで、注目したい。
自動車産業は、これまで「プロダクト」としての自動車を販売してきており、これを「サービス」として、そして自動車という概念よりも広いモビリティとして提供するMaaSの考え方に移行できるかが焦点となるが、これは製造業(第2次産業)からサービス産業(第3次産業)に移行するという要素を含んでおり、この点をいかにスムーズかつ迅速に達成できるかがひとつのポイントになるだろう。
また、日本のモビリティを考える場合、上記の産業構造に関する点だけではなく、いくつかおさえておかなければならないポイントがあると感じている。具体的には、
・高齢化
・環境負荷・持続可能性(SDGs)
・コンパクトシティ
・テクノロジー
といったことだ。
高齢化に関しては、言うまでもなく日本の将来を考える上で抑えなければならない現実だが、高齢化に伴い移動に制約がつく点を考慮したモビリティの設計が不可欠の課題になる。たとえば車イスの利用者が増えることを踏まえると、地下や高架など、垂直移動を伴うモビリティの設計は極力減らしていくことが望ましいし、車両内で車いすでの移動に支障がないような構造になっていることも大切なことだ。また、身体的な制約がない高齢者でも、新しいテクノロジーに人間の側が合わせていかなければならないとなると、負担は大きい。そうした負担をなるべく小さくするUI・UXの工夫も不可欠になる。
環境や持続可能性などについては、米TIME誌の「今年の人」にも選ばれたグレタ氏の活動に象徴されるように、配慮していくことが求められるだろう。そして、これはSDGsの目標達成にもつながる課題である。とくに航空は環境の観点で狙い撃ちにされているが、長距離移動や海をまたぐ移動に空運を使わないということは、少なくても現時点で現実的とはいいがたい。この点にどのように対処していくのか、ということも、モビリティを考える上で避けて通れない。欧州の航空産業も様々な対策を打ち出し始めているが、どのように評価されていくかは推移を見守る必要がある。
さらに、コンパクトシティについては、環境負荷の低減にとどまらず、人口減少国である日本にとって解決の必要性が大きい課題である。コンパクトシティ化によってモビリティの運行が効率化されればエネルギー消費を減らして環境負荷を抑制するだけでなく、人口減で税収減となるなかで高齢化が進行する日本において、行政サービス等のレベルを維持するために、効率化によるコストの低減を図るうえで大切なことであると思われるが、実際には真逆の動きにあることが指摘されている。
これには、高度成長期に形成された「持ち家神話」と、それを基礎とした住宅・建設・金融など関連産業のビジネスモデルに対する影響が大きいため、すぐには舵を切れない問題なのかもしれない。一方で、防災の観点などからも、中心市街地のモビリティ環境整備を含めた暮らしやすさの向上や、適切な固定資産税等の課税軽減の措置などによって、コンパクトシティの実現を誘導していく必要があるだろう。その時に、コンパクトシティの価値を高めるモビリティのあり方は、ひとつの大きな要素になる。モビリティの観点では「マイカー」の発想からどれだけ自由になれるか、マイカーにとって代われる利便性をどう実現できるかが、ポイントになる。
最後にテクノロジーの観点。自動車を中心に、将来のモビリティは自動化されていくことになるだろう。それを実現するテクノロジーのひとつが5Gであり、これから続々と各国で商用サービスが開始される。実効的に5Gをモビリティの高度化に活用していくためにも、コンパクトシティ化によって、5G のエリアがまだ広範囲に及ばない段階から、特定地域内での自動運転などを実現しやすくすることが望ましいと思われる。
また、航空産業についていえば、電動飛行機を実現するテクノロジーが生まれてくるかどうか、という点も気にかかる。すぐに実用化されるとは期待できないが、10年前に自動運転がどのくらい現実味のあることだったかと考えるなら、10年単位では大きな進化が期待できるかもしれない。
おしなべて新しいテクノロジーは、受け入れられるために時間を要し、とりわけ高齢者にとってその傾向が強くなる。すでに高齢化社会を迎えて久しい日本においてはこの点への配慮が一層不可欠であり、モビリティにまつわるテクノロジーの活用においても、この点をふまえなければならない。多数者としての高齢者が拒絶するものは、民主主義の論理に従えば社会的に存在できないことにもなりかねない。
考慮すべき点は非常に多岐にわたり、どこから手を付けてよいか悩ましい課題ではあるのだが、世界的にも高齢化が進んでいくなかで、クルマと飛行機にとどまらず各種の交通機関が機能している日本で、モデルとなるようなモビリティサービスが実現するなら、将来的な輸出産業にもなりうる可能性があるのではないだろうか。
来年は、個別の課題だけにとどまらず、列挙したポイントの複数にまたがる解決のトライアルが生まれてくることに期待したい。
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