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テクノ新世の時代に人工知能と共存するための人間知性の鍛え方〜#瀧本宿題を終えて〜

 昨日、2023年6月30日、人生初めての本を出版しました。

 この本は不思議な本です。

 自分の唯一の仕事道具である脳が、これまでどのように進化してきて、どのように働かせれば良いのか、興味関心の赴くままに、様々な本から独学で学んできたものを自分なりに、強引に1つの六角形のフレームワークに整理したものです。

「BRAIN WORKOUT」より

脳の進化の研究は、遺跡や遺骨や文献が残っている人類学とは異なり、ソフトウェア考古学とも呼ばれ、極めて立証の難しい分野です。私達の先祖が、どのような意識を持ちどのように思考していたかについては、再現検証が不可能です。神話の再解釈による研究者の壮大な仮説から、遺伝子解析や心理学実験やmRNA 解析の実験結果に基づいた大胆な推測まで様々な理論を、アカデミズムの鍛錬を受けていない私が一冊の本としてまとめることに逡巡と葛藤がありました。それが、自分なりに探究メモを書き始めてから出版までに3年かかった理由です。 ホモサピエンスの先祖の脳については昔過ぎてあやふや、私達の未来については変化が早過ぎて儚い。そのような状況の中でこの本を書き続けられた理由は、今を生きる全ての人々が必要としているはずだという危機意識と、今に生きる1人としてそれらの理論を自分なりに様々な試みを行い実践しているというささやかな自負があったからだと思います。

 あと1つこの本を書いた大きな理由があります。

父親が読書家だったからか、本に囲まれて育ちました。父は普通のサラリーマンでしたが、昭和のサラリーマンには読書が趣味の人も多かったと思います。また当時目新しかった最新式のソニーのテープレコーダーを買ってきて、母親に世界児童名作全集の朗読を吹き込ませ幼稚園児だった自分に聞かせていました。私は絵本ではなく「小公女」「家なき子」「ロビンソンクルーソ」等を、私製のオーディオブックで聞きながら毎晩眠りについていました。

だからかどうかわかりませんが、今でも物語が好きだし、本が好きだし、読書が好きです。
本というものに特別の思い入れを持ちすぎていて、本はとても自分(ごとき)が出せるものではないとずっと思っていました。そんな私に、本を書いて世に問う様に強く背中を押してくれたのがマッキンゼー時代の同僚、瀧本哲史さんでした。

 4年前、私は以前勤めていたマッキンゼーのOBでエンジェル投資を行っているメンバーでの食事会を企画しました。雑談の中から、私が当時始めていた企業研修の内容について説明した時に、同じくエンジェル投資を行っていて既にベストセラー作家でもあった瀧本哲史さんが、その内容は本として世に出すべきだと強く主張してくれたのです。ずっとビジネスの世界で生きてきた私は、先の様な理由もあって躊躇していましたが、瀧本さんが編集者の方を紹介してくれ、それをきっかけに、ブログのような形で文章を書くことを始めました。その後、紆余曲折はありましたが、最終的にこのような形で最初の本を出版することに至りました。

(彼との出会い、別れ等の経緯は3年前のこちらの2020/6/30のnoteに書いています)

 残念なことに、私に編集者の方を引き合わせた1カ月後に、瀧本さんは突然病で亡くなられてしまいました。
 瀧本さんが2011年頃に本を書いたり講義を始めたりしたきっかけとして話していたことは、①非情で残酷で本物の資本主義が来るという予測と、②それに対して日本の中央政府と大企業などの既存エスタブリッシュメントは機能していないのではないかという分析、また、③この国は構造的に衰退に向かっているのではないかという強い危機感でした。そして次世代を担う若者が生き抜くために、ゲリラ戦を闘う武器を渡したいという思いから、積極的に起業家への投資や支援、執筆や講演活動を行っていました。残念ながら聡明な彼の10年以上前の予測は的中してしまい、当時の「失われた20年」は「失われた30年」になり、コロナ対策においては政府中枢の制度疲労が明らかになり、電子大国だったはずの日本のIT分野はデジタル敗戦を迎え、ホワイトカラーエグゼクティブの賃金は韓国やタイに抜かれるまでに低迷してしまいました。
 
 瀧本さんが次世代に対して本物の資本主義を生き抜くため投資家的思考という「武器」を与えようとしたのに対し、私はこの本で、資本主義よりもさらに人間にとっての実存的な脅威となる機械(AIやロボット)に対抗し共存するために「頭脳と肉体」そのものを鍛えていこうと試みたのかもしれません。発想は同じです。組織に頼らず、一人ひとりが明晰な頭脳と強靭な肉体と武器を持って戦闘能力を高めないと逃げ切れない、瀧本さんが予言していたゲリラ戦の時代がいよいよ訪れたということなのです。組織とシステムに所属することが、必ずしも安泰を意味しないということが囁かれ始めたのが10年前だとすると、間違った組織と既存システムに依存し続けることが人生において致命的なミスとなりかねず、時代に取り残され精神を病む可能性すらあるというのが今なのです。

 食事会で瀧本さんに話した内容は、結果的には、残酷な未来に立ち向かうために具体的にどうするかについて、この4年間で自分なりに学習し、実践してきたことをまとめた内容になりました。

 東大の瀧本ゼミで講義をさせてもらって感想を聞いた時、「安川さんの話が面白いのではなくて、安川さんのような人が実在するということが面白いのです」と瀧本さんに言われたことがあります。知識を整理し伝えるだけでなく、自らの実存を懸けて自らの実践を書く、そしてそれは結果的に、瀧本さんの危機意識と、「君たち」と呼び続けた若者への思いを引き継いだものとなりました。今思えば彼がずっと後ろから原稿を覗き込み見守ってくれていたように感じます。

 瀧本さんが、2019年8月に亡くなった翌年夏、『2020年6月30日にまたここで会おう』(星海社)が出版されました。そのタイトルは2012年の東大での伝説の講義における瀧本さんの言葉そのものでした。そこで、その日にみんなで「宿題」の答え合わせをしようと。

彼の伝説の2012.6.30の講義には、ハッとする言葉が散りばめられています。

「人のふりした猿にはなるな」 
「自分で考えてない人は、人じゃない」
「アリストテレスのいう奴隷、ものを言う道具になるな」

ブッダは「わしが死んだら、自分で考えて自分で決めろ。大事なことはすべて教えた」と答えました。自ら明かりを燈せ。つまり、他の誰かがつけてくれた明かりに従って進むのではなく、自らが明かりになれ、と突き放したわけです。これがきわめて大事だと僕は思いますね。

100万部売れても、その100万人が何も変わらないより、たった10部しか売れてないけどその10人が何か大きなことをしてくれたほうが、僕にとってははるかに嬉しいし、世の中的にも価値があるでしょう。本というのは「へえ、なるほどー」と読んでオシマイではなく、読者が何か具体的に行動するためのきっかけづくりでないといけない。

「自分の頭で考えて価値を産み出す」

生成AIが知的生産の大部分を代替できることが、明らかになった今
その当たり前のことが、改めて問われています。

「人のふりした猿にはなるな」 

その遺志を受け継いで「自分の頭で考えて価値を生み出す」為の実践の手段を僕は書いたのだと、書き終えて改めて理解しました。彼が言うように「人のふりした猿」「物を言う道具」にならない為に、そして「自らが灯り」となる為に「100万部よりも価値のある10部」となる本を書いたのです。

奇しくも、この本は昨日6月30日に全国の書店に並びはじめました。僕なりに考え続けてきた「宿題」をようやく提出することができました。
(タッキー、時間はかかったけど、やっと「#瀧本宿題」終えたよ)
 でも、聡明な彼はすぐにこう返してきます。
(本、一冊書いただけで何言ってんですか? 世界を変える本当の宿題はこれからでしょう)

 日本の輝かしい高度成長を支えた昭和モデルの組織も、企業の在り方も、個人の働き方もますます混迷していきます。

しかし、その分、一個人として自分らしく生き抜いていくためにどうすれば良いかという問いに覚醒し、真剣に考え始めた人は確実に増えている気がします。

そういう仲間の人生の足元を少しでも明るく照らし、共により良い未来を築くことに向けて歩むことができたら幸いです。

 ボン・ボヤージュ 良い航海を、共に。

(本稿は「BRAIN WORKOUT ブレイン・ワークアウト 人工知能と共存するための人間知性の鍛え方」から一部を抜粋し再構成したものです)


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