理性と共感によって人類は繁栄できる

 スティーブン・ピンカーの新著『21世紀の啓蒙』のテーマが、「理性と共感によって人類は繁栄できる」という考え方である。これは決して新しい考え方ではない。
 この「理性と共感」の重要性を、300年前に既に明確に論じたのがアダム・スミスである。スミスを、多くの人は経済学者だと思っているかもしれない。実は、スミスの時代には、まだ「経済学」という分野自体が存在しなかったのである。むしろ、その分、より高い視点からスミスは人間社会を見ていたのである。スミスは、その主著『国富論』と『道徳感情論』で、まさに理性と共感の関係を論じ、特に『道徳感情論』では、「他の人の中に共感(シンパシー)を感じること以上に、われわれを喜ばせることはない」と言い切るほど、共感こそが社会の成立に重要だと考えていた。スミスが観察し、そこから理論化したのは、共感と経済的価値とは分かちがたく結びついていることなのである。

 振り返れば、この20年、メールなどのデジタルなコミュニケーションの拡大により連絡・指示・質問・回答などは効率的になった。これらが効率化したのは、コミュニケーションの「理性的」な側面である。そして逆に、コミュニケーションの理性的な側面が、デジタル技術によって大幅に肥大化したのである。
 一方で、デジタル技術に乗れなかったものがある。それが、生きがい、共感、思いやりなどの人間的なコミュニケーションである。これは、対面時に現れる非言語的な要素に現れる。例えば、うなづき、声のトーンなどである。非言語的な側面こそ、コミュニケーションの90%以上を占めることが知られている。そして、10%以下のインパクトしかない理性的な側面がデジタル技術で追求される一方で、90%を超えるインパクトを持つ共感を伴う人間的な側面が置き去りにされた。このアンバランスがこの20年拡大した。
 例えば、たばこ部屋でのコミュニケーションが、組織に大きな役割を果たしていたことを指摘する人が多い。今や、このようなアナログな場は消えつつある。
 
 これを超えることは可能であろうか。実は、このための技術が現実になりつつある。新たなセンサによるデータの収集やAI技術による解析力の向上により、共感やよい人間関係を、見える化し、計測し、より良くすることが可能である。
 このような技術は、「アフェクティブテクノロジー」と呼ばれており、今後ますます発展する(より詳しく興味ある人は、拙著『データの見えざる手』を参照ください)。
 そもそも会社とは、仕事を通して、人が生きがいや共感を育む場である。デジタル技術で、仕事を通して生きがいや共感を育み、そして、生きがいや共感を育むことで、仕事の結果を高めることが可能である。
 即ち、デジタル技術を使って、会社やその仕事に新たな意味を与えることが可能である。そして、生きがいや共感を復活させることができる。
 スミスの思想は、300年の時を経て今、21世紀版の「デジタルな道徳感情論」として、新たに登場する時が来たと思うのである。これを可能にするのが、人間中心の新たなデジタル技術「アフェクティブテクノロジー」である。

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