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リスキリングは(学び直し)ではない〜企業が実施責任を持つ「業務」です〜

2018年からリスキリングを日本で広める活動を開始して今年で5年目、「リスを殺すプロジェクトか何かですか?」と言われたりしながら(笑) 何とか国の政策やメディアで注目されるところまで辿り着きました。

[社説]リスキリングを成長戦略に:日本経済新聞

しかしリスキリング=単なる学び直し、個人のスキルアップ、と誤解されてしまっている側面もあります。この誤解による一番の代償は、

「日本でリスキリングの導入が失敗すること」

だと考えています。言いかえれば、デジタル分野やグリーン分野の新規事業を成功させ、既存事業を新しく求められる基準に変革させる試みが失敗に終わること、そして成長産業への労働移動に失敗し、従業員が人員整理に対象となり、技術的失業に陥る事態を招くこととなります。

字数の関係でメディアで記事が書かれる場合に、リスキリング(学び直し)と和訳がつくことが多いため、人生100年時代の学び直しとして以前注目されたリカレント教育と同様だと誤解されてしまっているのではないかと思います。

なぜリスキリング=単なる学び直しではないのか、についてご説明したいと思います。

1. 新しい職業に就くことが目的、学ぶこと自体が目的ではない


リスキリングは、

「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ、そして新しい職業に就くこと」

までを含みます。そのため、あくまでも「学び直し」はリスキリングの一部でしかなく、学ぶことだけに着眼点を置いたリスキリングは必ず失敗します。個人の関心から好きなことを学ぶリカレント教育においては、学び直しのみが主眼に置かれて良いのだと思います。新しいスキルを身につけ実践する方法や、新しい職業に就くためのリスキリングについての議論がほとんどなされていないのが現状です。

2. リスキリングの実施責任は企業(及び行政)


外部環境の変化に合わせて企業を変革させてゆくために従業員を新たに必要となる職務に配置転換をしてゆくのがリスキリングであるため、実施責任は個人ではなく企業や組織にあります。またデジタル先進国は、リスキリングを国家主導や自治体主導で実施をしています。働く個人が自主的にキャリアアップ目的でリスキリングを行うことが第一議ではないのです(この点については後述します)

3.リスキリングは就業時間内に行う「業務」


リスキリングは、会社の新しい方向性に合わせて必要となる能力開発となるため、リスキリングは仕事の一環、就業時間内に行う「業務」となります。帰宅後や週末の時間を利用して会社から要請されたリスキリングを行う場合は、時間外手当を支払う対象となるのです。日本は就業時間内に学ぶことを良しとしない文化であるため、結果的に従業員が帰宅後や週末にリスキリングに取り組まざるを得ないと耳にしますが、従業員に過剰な負担を強いることになり、長続きせず成果に結びつきません。

4.スキマ時間で自学=リスキリングではない


そのため、昨今メディアでスキマ時間を活用した学習法と言った内容をリスキリングとして取り上げている記事が散見されていますが、それは誤ったリスキリングの解釈となります。特に睡眠時間を削って、気合と根性でリスキリングを頑張れ、と言った趣旨の論調は、一部の強靭な精神力や体力を持っているごく一部の方のみが成功する方法です。新しい学びを記憶に定着させてゆくために、睡眠時間を削るような余裕のない環境でのリスキリングは必ず失敗します。

5.個人の自主性に任せたリスキリングは必ず失敗する


「無理やりやらされるさリスキリングは良くない」「自分の好きなことをやるべき」という論調をよく見かけます。耳障りは良いですが、そもそもリスキリングを誤解しているが故に出てきている意見です。リスキリングは会社の変革ニーズに基づいて業務として取り組むことを指します。個人が好きなことを学んでキャリアチェンジしたりすることと、リスキリングは本質的に異なるのです。そのため、リスキリングに取り組んでいる企業でも失敗事例が出始めています。それは、

「オンライン講座を会社で契約しました。好きなことを学んでください」

方式です。従業員の自主性に任せたこのやり方は、

1) 人材の社外流出を促進する

会社の新たな方向性と関係のない学びを促進する可能性も同時に高める結果を招きます。そのため、昇給昇格もなく、デジタル分野の学習機会などを提供すると、単なる転職する意欲の高い従業員へ武器を提供しておしまい、という結果になるのです。

OECDの調査結果等により、相対的な諸外国との比較において日本は学ばない国民としての位置づけだと言われています。僕自身は、これは国民性ではなく、従来の年功序列制度のもと、学ばなくても昇給昇格をさせてきた慣習に原因があると考えています。

諸外国の労働者はなぜ自ら積極的に学ぶかというと、昇給昇格に直接結びつき、自身のキャリアを大きく成長させることに直結しているからです。自主性に任せるということはすなわち、

「リスキリングは諸刃の剣」

なのです。必ず昇給昇格や成長分野の魅力的なポジションを用意し、社外流出を防ぐこととセットで実施する必要があります。

2) 日常業務に追われほとんどの人は使用せずに放置する

この原因も怠惰なのではなく、業務量が減らない状態でリスキリングを行うことは、ほぼ無理に等しいためです。そのため、よほど自分で新しい方向性を明確に持って強い意志を持っている人以外は、学ぶことは二の次にしてしまうことになるのです。予算の無駄遣いである上に、

「リスキリング導入したけどうまくいかなかったね」

という誤った結論に至る可能性が高くなります。

3) 新しい業務や配置転換がない場合、学んだことを忘れる


例えば、現在の業務を続けながら、無目的にAIについて学ぶ、ということを始めたとします。新規事業でAIを利用する、新しくDXを推進する部署に配置転換になるといった明確なミッションのもと学んでいるわけではないので、3ヶ月コースを受講してもすぐ内容を忘れてしまうのです。新しいことを学んでも、新しいスキルを身につける、実践する機会がなければ無意味なのです。


最後に、リスキリングに関心のある皆さんにお伝えしたいことがあります。

上記をお読み頂き、自社のリスキリング制度が正しく運用されていない場合は是非改善に向けて関係部署への提案をしてみて下さい。

一方で、会社にリスキリングを進める制度がなく、今の会社に残って働きたい場合は、会社にリスキリング制度を作るよう提案してください。

それでも会社がリスキリング制度を用意しない場合かつ、自分の就きたい新しい職業を社外で目指す場合には、消去法として、個人でリスキリングに取り組む必要が出てきます。この場合は前述の通り、強靭な意志と精神力、体力が必要となります。

成果に結びつくリスキリング方法についてもっと知りたい方は、海外のリスキリング成功事例を入念に調査した、リクルートワークス研究所から発行されている以下のレポート3本をご参照頂けましたら幸いです(私も共同執筆させて頂きました)


企業責任において人的資本投資に積極的に取り組むことでリスキリングが進み、企業変革へと繋がってゆきます。言いかえれば、企業がリスキリングに取り組まない場合、よほど競合のいない安定事業を営む会社でない限り、縮小均衡してゆく未来が待っています。そういう企業で働く個人は、企業の縮小と共に人員整理、社外で通用するスキルを持たないまま失業の危険性が高まります。「企業と個人の共倒れを防ぐリスキリング」、是非これからもご注目ください。また、どのようにリスキリングを進めたら良いか分からないという場合は、是非ご連絡頂けましたら幸いです!

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