人生やキャリアに「戦略」を
結局のところ「戦略」とは何なのか?
うちの会社には戦略がない。この国の成長戦略が見えない。今日は相手チームの戦略勝ちだ。あの人はSNS戦略が上手い。元々は軍事用語である「戦略」は、経営戦略論の台頭とともにビジネスの世界でも使われるようになり、今やこのようにお茶の間や居酒屋にも飛び交う日常用語となりました。
ところで、そうして様々な場面で登場する「戦略」とは、そもそもどういう意味なのでしょうか?
戦略とは戦いを省略することである。戦略とは戦わずして勝つことである。そんな巷説はまことしやかです。しかし、天才ナポレオンですら、戦わずして勝った戦闘など彼の戦績の数%でしょう。避け難く戦闘が始まってしまったその他大多数のケースで、それでは彼は戦略を弄していなかったのかというと、もちろんそんなことはありません。
戦争論の大家であるクラウゼヴィッツは、どこでいつ誰が戦闘するかという用兵のグランドデザインを「戦略」、実際の個々の戦闘でどう相手と対峙するかを「戦術」と考えました。A地方で誰それが指揮をする何万人の兵士が戦闘し、同時にB地方で別の将が指揮をする何万人が戦闘をする。戦略とはそんな全体計画を意味する言葉なのです。
大きな軍勢は小さな軍勢より有利
戦闘には数的優位の原則が働きます。5万の軍勢と10万の軍勢がぶつかりあったら、よほどのことがないは限り10万の軍勢が勝つ、ということです。至極当たり前のことではあるのですが、あえてここでこれを強調しているのは、時に戦略はそうした劣勢をひっくり返すための知恵だ、などと誤解されるからです。
そんなジャイアント・キリングは、戦史を洗いざらいすればゼロではないものの、統計的に見ればごく稀です。訓練されたプロ同士が5人対10人でサッカーの試合をしたら、5人のチームにはまず勝ち目がないでしょう。統計的には、10回試合をして1回勝てれば御の字なはずです。
ハンニバルのカルタゴ軍が、数と地の利で勝るローマ軍に勝利した「カンネーの戦い」のように、ジャイアント・キリングは伝説となって語り継がれます。脚色されてフィクションになったり、それがまた別のフィクションのインスピレーションになったりします。そうしたフィクションに接しすぎるあまり、私たちはそれが割と頻繁に起こるように錯覚してしまいがちですが、現実を見ればそれはレアケースです。レアケースだからこそ、語り継がれるのです。
数が多い軍勢は、少ない軍勢に勝る。そんな当たり前の事実を、無理やりひっくり返しに行くのではなく、むしろうまく利用していくのが戦略なのです。劣勢を背負ってでも戦わなければならない。そんなことが時にはあるでしょう。そこで機転を働かせるのも戦略の仕事の一つには違いありませんが、毎回毎回劣勢を背負って戦いに出向く人がいたとしたら、その人は戦略家ではなくドン・キホーテです。
重要な局面を見立てて、そこに兵力を集中させる
別の言い方をすると、戦略とはどこでいつ誰が戦闘するか、というグランドデザインにおいて、いかにして相手に対する数的優位を作り出すか、ということになります。全体の戦力がある程度拮抗していれば(そうでなければそもそも戦争は始まりません)、すべての戦闘で数的優位を築くことはできません。そうなると鍵になってくるのは、いかにして「重要な局面で」数的優位を築くか、ということになります。
それを実現するために必要不可欠なのが、天下分け目の戦いはいつ、どこで起こるのか、という見立てです。つまり、重要な局面を見通す眼力です。敵や味方についての情報をくまなく収集・分析し、重要な局面はここであると決断した上で、その局面に兵力を集中させる。これこそが戦略家の本来の仕事です。
翻って、戦略がないというのは、重大な局面を見立てることなく、それゆえどこにも力を集中させていない状態と考えることもできます。戦力の逐次投入、つまりどこにも戦力を集中させず、必要に迫られたところに追加していくのは悪手なのです。第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)では、1944年の6月に、合計200万人の連合国軍兵士がフランス北部からドイツ占領下のパリに侵攻しました。これぞまさに戦略、ということになります。
自分の人生の重要局面はどこなのか。そこに戦力を集中できているか
ここから、ビジネスにおける戦略を考えてみましょう。ビジネスにおける戦略も、煎じ詰めればどこにリソースや資金を集中させるか、どこで数的優位を築くか、というポイントに行き着きます。
デザインを重視するのか、品質を重視するのか。顧客を重視するのか、販売店を重視するのか。もちろんどちらも大事、なのですが、2番手・3番手のブランドは、全てに気を配りつつもどこかに戦力を集中させて優位を作らないと、トップシェアのブランドをとらえることはできません。
その戦略に、そうした重大局面の見立てと、そこで数的優位を築くという視点はあるでしょうか。
そしてこれは、私たち自身の人生や、キャリアの戦略を考える時も同じなのではないでしょうか。
自分を見つめ、周りの人にも目配せし、時代の流れを洞察した上で、どこが重大局面なのかを見極める。それは英語なのかもしれないし、教養なのかもしれません。数学やプログラミングなのかもしれないし、マネージメントや対人コミュニケーションなのかもしれません。
そうして一度腹をくくったら、今度はそこにエネルギーを集中させ、そこにスキルや経験値の数的優位を築いていくのです。
皆さんのキャリアプランやライフプラン。そこに戦略はあるでしょうか。この問いは、決して簡単なものではありませんが、実はそんなに込み入ったものではありません。自分の人生にとっての重大局目とは何なのか。そして、自分はそこにエネルギーを集中できているか。その答えがイエスなら、家族との時間を大事にする、でもそれは「戦略的なキャリアプラン」なのです。
<著書のご紹介>
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<参考文献>
全訳 戦争論 カール・フォン・クラウゼヴィッツ 著、加藤 秀治郎 訳 日本経済新聞出版
<参考にした記事>
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC207OX0Q2A221C2000000/