「最強は英国、最低は日本」の構図~ワクチン戦略で見る世界経済~
今後2年、「最強は英国、最低は日本」という構図
4月6日、IMFが公表した春季世界経済見通し(WEO)によると、に関し、2021年の世界経済の実質GDP成長率は+6.0%と1月の暫定予測から+0.5%ポイント引き上げられました。今回の予測のサブタイトルは『拡がる回復の格差を管理する時(Managing Divergent Recoveries)』とされ、いつもながら現状を的確に表現するものとなっています:
報告書冒頭で言及されるように「悲観の極み」にあった2020年と比べて、2021年は「健康ならびに経済の出口が徐々に見えてきている(a way out of this health and economic crisis is increasingly visible)」という最大の変化が認められます。その理由は言うまでもなくワクチンです。しかし、周知の通り、ワクチン接種率は世界中でばらつきがあり、その上で財政出動の規模や観光産業への依存度などの違いなども相まって、2021年の世界は「回復」という方向感で一致しつつも、その「力強さ」には格差があります。
過去のnoteへの寄稿でも言及しましたが、今や金融市場ではワクチン戦略の巧拙がそのまま成長率、金利、通貨のパフォーマンスにリンクしやすいとう事実が浸透し始めています:
今回のWEOもそのストーリーに則ったものでした。米国、日本、ユーロ圏、英国という四極の成長率を比較した場合、2021年も2022年も、最高の成長率が英国で最低の成長率が日本という構図は共通している。もちろん、潜在成長率や拡張財政の規模、金融政策の運営、産業構造など、比較すべき論点は多岐にわたるため、成長率格差はワクチンだけに帰責する問題ではないでしょう。とはいえ、「ワクチン接種なかりせば経済活動の正常化はない」というのは圧倒的な事実であり、それが進んでいる国ほど不透明感が小さく、消費・投資意欲が掻き立てられやすいというのは論理的に説明が付く話です。
少しでも感染が増えると医療のひっぱくや崩壊を騒ぎ始める(そして結果として根拠薄弱な行動規制を決める)一方でワクチン接種は遅々として進まない日本と、ワクチン接種と合わせて「いつまでに何ができるようになる」というロードアップを示している英国や米国を比較した場合、後者が前者の成長率を上回るのはごく自然な話です。コロナ禍でも最善の戦略を打ち、それが奏功した国は相対的に高めの成長率を確保することが出来ているというこことでしょう。
より心配される先進国と新興国の格差
とはいえ、今回のWEOが懸念している成長率格差は上述したような先進国における格差ではなく、先進国と新興国の格差であり、「リーマンショックを伴う危機と比べれば、中長期的に世界経済が被る損失は小さいものの、国・地域別に見れば新興国を中心としてダメージが深く残る」と指摘しています。元より問題視されていた格差拡大という世界的なテーマがコロナショックを経て拡張されたことを定量的に分析するなど、今回のWEOは過去2回(2020年春・秋)と比較して、コロナ後を見据えた視点が盛り込まれているのが特徴的です。ちなみに、以下の図表に示すように、2021年12月末まで見通した場合、G20(先進国)では最低1人1回の接種が済んでいる想定ですが、新興国はG20であれ、G20以外であれ、殆ど接種が進まない見通しです。
この点、現状を踏まえると、「先進国の中で日本だけが新興国並み」というワクチン接種状況に取り残されるのではないかという懸念は当然あります。
製薬会社がワクチンを製造する上での所与の条件は大きく変わらないのだとすれば、各国・地域に対するワクチン供給状況も変わりにくいでしょう。上図で見るような、IMFによる接種状況の予想も恐らく正しいのだと思われます。そうだとすれば、2021年から2022年にかけては、先進国と新興国の間で経済活動の制限に大きく差がつくことになります。当然、成長率の格差に繋がってくるでしょうし、実際にそのような予測になっています:
具体的に数字を見てみると、2022年の成長率に関し、先進国全体では+3.6%、新興国全体では+5.0%で1.4%ポイントの差が予想されています。コロナショック以前の5年平均(2015~19年)で2.2%ポイント、10年平均(2010~19年)で3.1%ポイントだったことを思い返せば、両者の成長率格差ははっきりと縮小する見通しです。
正常化プロセスに伴う「成長痛」
以上のような事実は金融市場の展望を考える上では非常に重要です。2013年5月以降、米国経済が本格的に復調し、FRBがテーパリングを筆頭として正常化プロセスに着手した際には断続的に新興国からの資本流出が発生し、金融市場に混乱が起きました。内外の成長率、端的には内外の金利差が拡大すれば、国際的な資本移動は当然活発化します。古くから繰り返されてきた問題ですが、形振り構わないマクロ経済政策の結果、過剰流動性があらゆる資産市場に充満している現状を考えると、その揺り戻しはかなり大きいものになるのではないかという懸念はあります。
IMF試算によれば、今回のショックでとりわけGDP損失が大きいのは新興国・地域が中国を除くアジア新興国で、次に中南米諸国、アフリカ諸国が続くとされています:
アジア新興国には外貨準備の厚い国が多いため、いざとなれば為替介入で通貨防衛を敷くことができますが、中南米は対外経済部門に不安を抱える国もあります。こうした局面で必ずと言って良いほどアルゼンチンが話題に上がるのは同国の経常赤字が大きいからです。一方、先進国の損失は相対的に軽微なものに抑えられ、米国に至っては損失ではなく利得が計上される試算になってまする。米国と新興国のコントラストはあまりにも大きいものです。
このような状況を踏まえれば、「新興国から先進国、とりわけ米国へ」という資本の流れが予想されるところであり、為替の面ではドル高を引き起こしやすい局面が続くのではないかと思われます。しかし、リーマンショック以降、多くの新興国がドル建て債務を積み上げており、その状況は今も解消されていません。結果、ドル高それ自体も新興国市場の混乱に繋がりやすいという厄介な事実も見逃せません。
資本の米国シフトによる混乱は世界が正常化に向かう過程での「成長痛」のようなものとも言えますが、これにより資産価格の軌道は複雑なものになるため、見通しを検討する立場からすれば、着実に織り込んでいかねばならないポイントです。今回のWEOではコロナがもたらす成長率格差をテーマとしつつ、今後、金融市場が直面するであろう新興国市場を起点とする混乱に目を向かせるものであったように感じられます。