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「ルールはルール」という正しさが世界中の人々を不快にする

北京五輪ジャンプ混合団体。楽しみにテレビを見ていたら、高梨選手のスーツ違反失格の一報に呆然としてしまった。

ジャンプ競技のルールは詳しく知らないのだが、飛ぶ前に事前にチェックして「これだとだめだよ、違うのにして」ってやらないの?飛んだ後に、チェックして、問答無用で「はい、失格」だなんてひどすぎない?選手が可哀想だ。

日本だけではなく、ドイツ・オーストリア・ノルウェーまで失格判定。10チーム出て4チーム失格なんて、運営側のチェック体制に問題あるでしょ。

と思いつつ、いろいろ検索したら、こちらの記事に、事前のチェックもそれているとか。

競技会場にいる日本チームのスタッフによると、高梨は飛ぶ前の検査では問題がなかったが、競技後にピックアップして行われるチェックで、両太もものまわりが規定より2センチ大きいとされたという。

選手自身がスーツを選ぶのではなく、チームが決めて渡すのなら、選手には本当に何の責任もない。しかし、「責任は我々スタッフにある」と言ったところで選手の傷はいえない。

この日のこの瞬間のために4年間がんばってきた選手に、あまりにも惨い仕打ちというか、運営体制ではないかと思うわけです。

もちろん、失格を決めたジャッジの人はこういうだろう。「ルールはルールですから」「規則ですから」と。それは正しいのだろう。「規則に違反したら罰が与えられます」もそうなんだろう。

しかし、陸上や水泳のフライングのように選手自らの行動に起因するものならまだ仕方ない。リレーでバトンを落とすのも仕方ない。ドーピング違反も選手の故意なら仕方がない。でも、何を着るかとか何を履くかは選手自身の問題を超える。しかも、そういうものは、水泳の高速スーツ禁止のように、事前に通告すればいいし、前述した通り、事前チェック(ボクシングの事前計量のように)すればいいだけなのではないか、という思いは消えない。

こういうところにも、昨今見苦しいほどに見られるポリコレとかコンプライアンスとかの「正しさの暴力」が垣間見られる。

ルールでも法律でも規範でも道徳でもそうなんだが、そういったものを背景として「絶対的に自分が正しいのだから、それに従うのは当たり前だ」という人間ほど平気で他人に残酷なことができる。そして、本人は露程もそれを残酷な行為だとは思わないし、むしろ自分の仕事をしたと晴れ晴れとした気分に浸るのだろう。

ホロコーストで虐殺を円滑に進めたアドルフアイヒマンと同じだ。「私は命令に従っただけではない。法にも従ったのだ」と何が悪いといわんばかりの。

当然、ジャッジは自分の仕事を忠実に行っただけだと胸を張るのだろう。しかし、今回のジャンプ競技に関しては、4年間の努力と思いを込めて、集中力高めて競技した選手を、まるで公衆の面前でさらし首にするような鬼畜の所業ではないのか?しかも舞台は五輪だ。世界中の人々の面前で辱めを受けさせているようなものだ。

さらに、今回のは個人種目ではなく団体種目である。違反選手ひとりが落ち込めば済む話ではない。何より、高梨選手も他の3カ国の違反選手も、スーツを選んだのは自分ではないのに、まるで自分がみんなに迷惑をかけてしまったと思い込むだろう。そんな人の心を極限まで追い込むような判断なのだと、ジャッジは本気で考えている?

それだけではない。傍観者の中には失格した選手を責める心無い者もいるだろう。やめろといってもやるバカはいる。そんなバカのために本人は一層の自責の念に駆られるのだ。家族など周囲の人間まで心を痛める。ジャッジはそういう各国に必ずいるバカを製造するような判断をしているんだよ。融通のきかないルールバカが世界の本当のバカに武器を与えているようなものだ。

当事者にも見る人にも、それだけ多くの人たちに痛みを与える「正しさ」って一体何のための「正しさ」なんだろう。

日本の選手が失格になったから言ってるのではない。見ている人の多くが、こんな形で出場して一旦競技した選手を捕まえて、「お前、失格な」というやり方に言いようのない不快感を感じたのでないか。

仮に、百歩譲って、どうしても事前チェック体制ができないんだとしたら(できないことはないと思うが)、事後に違反があったのだとしても、失格にまでする必要があったのか。再競技(もう一度飛ぶ)ということではダメだったのか?風による加点減点があるのと同様にスーツ減点とかの対応だってできるだろう。

選手もコーチもスタッフも、わずか数秒のジャンプのために4年間がんばってきたのである。見ている人だって、それくらいの許容力はある。

こんな後味の悪い競技を見たのはじめてである。


しかし、そんな気分を打ち消してくれたのもまた日本の選手たちだった。

正直、2回目に進むことが決まっても、高梨選手は飛べないのではないかとさえ思っていた。しかし、彼女は自ら「飛びます」と言ったそうだ。

そして、そんな中でK点越えの98.5Mの大ジャンプ。あれよあれよと8位から順位をあげ(他のチームの失格があったこともあるが)小林選手の最長不倒でまさか3位銅メダル取れるか?というところまでがんばってくれました。

結果は4位でしたが、順位云々ではなく、最後まで力を出した選手たちを見届けたことでずいぶんと救われた気がします。高梨選手には「よくがんばりました。よく飛びました。勇気もらいました。ありがとうございました」と言ってあげたい。

IOCにはぜひとも事前チェックのみ体制変更など、こんな惨いシーンが再び繰り返されないような改正を求めたいものである。

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荒川和久/独身研究家・コラムニスト
長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。