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小売業の生産性向上を日本の消費者は受け入れられるのか?

現場の強さと労働生産性のジレンマ

海外と日本の違いで大きく驚かされるのは、小売業における日本のサービス品質の高さだ。店舗の清潔さや品ぞろえの良さはもちろんのこと、店員の接客態度も海外の小売業と比べると大きな差がある。海外でも高価格帯の店舗に入るとサービス品質は良くなるが、日常使いするような店舗でサービスの質は求めるものではないと感じさせられる。昨年の東京五輪でも、コンビニの質の高さが世界各国からやってきたジャーナリストを喜ばせた。

日本の小売業の優れたサービス品質は世界に誇るものだが、一方で、労働生産性には課題がある。労働生産性の低さは日本全体の悩みの種だが、小売業の状況は特に厳しい。その背景には産業や組織の構造上の問題など複雑に要因が絡み合うが、その中でも度々議論にあがるのが行き過ぎた過剰品質だ。

DXで代替される小売業のサービス品質

日本でも小売業のDXが盛んに取り組まれている。ファミリーマートやローソンで一部地域でスタートしている無人店舗や、今や日本全国に広まったセルフレジ、飲食店のモバイルオーダーとQR決済は広く普及した感もある。しかし、どの取り組みも欧米や中国と比べると半歩から一歩遅い印象だ。すかいらーくグループをはじめとして配膳ロボットの導入も増えてきたが、中国深圳のPudu Robotics社の製品が市場をリードしている。

DXで飛躍的に生産性を向上させたのはウォルマートだ。Amazonショックと呼ばれるeコマース市場の拡大によって、土地の広大なアメリカの小売業は多大なダメージを受けた。しかし、ウォルマートはDXによってEコマースでは得らることが出来ない買い物体験を演出し、クラウド技術によって最適化されたサプライチェーンによる配送システム、リーズナブルな価格を実現している。

そもそも、日本の小売業と米国や中国の小売業では大きな違いがある。現場の従業員を多能工化させることによって競争優位性を築いてきた日本と違い、米国や中国では現場の従業員にそこまでの熟練を求めていない。一時期、従業員1名だけで店舗を運営する「ワンオペ」がブラックな労働環境を指す言葉として流行ったが、米中では一人で店舗を運営できるほどの従業員は現場にいない。

例えば、日本とアメリカの丸亀製麺を比べると、従業員の数が全く異なる。アメリカの丸亀製麺は従業員の数が多く、ベルトコンベアのようにうどんを作っている。そうすると、多すぎる従業員を減らすためにDXに対して前向きになりやすい。しかし、日本では現場の従業員が様々な業務をこなすことができるため、DXで得ることができる旨味が米国や中国と比べると薄くなる。

現場の従業員の熟練に依存する度合いが強い日本では、サービス品質が向上するものの、抜本的な効率化が難しい。しかも、顧客も対面での優れたサービス品質に慣れているために、DXによって自動化したときにどのような反応を見せるのか企業側も予測がしにくい状況だ。結果として、日本の小売業はアナログでの過剰品質のサービスに顧客も慣れているし、企業側もメスを入れにくい状態だ。

加えて、小売店のDXを妨げるような事態がまた増えている。「回転寿司テロ」と呼ばれる一連の騒動が、小売業での自動化を妨げるだろう。日本の小売業は顧客の性善説に依っているビジネスモデルが多い。諸外国では、スーパーでの万引き防止のために店舗の入り口で鞄を預けるシステムになっているところも多い。性善説のビジネスモデルを変えない限り、人間の目による監視がどうしても必要になる。

労働生産性の向上のために、業務の自動化と省人化は避けては通れない道だ。しかし、日本の小売業は少ない従業員で多様な業務をこなすように熟練しているために部分的に自動化しても生産性向上の効果が薄い。加えて、熟練するからこそ生まれる高品質なサービスに顧客も慣れてしまっている。

また、ビジネスモデルも顧客にモラルを求める性善説なものが多く、トラブル防止のためにはアナログでの人の目が求められる。これも急に性善説のビジネスモデルを転換すると顧客がどう反応するのかが読めず、難しい意思決定になる。

部分的には広まっている小売業のDXだが、日本の文化とも言える小売業の優れたサービス品質を維持したまま、自動化して生産性を上げるには課題がまだまだ多い。そして、そこには変化を受け入れる消費者側の課題も含まれている。これらの課題を解決するためにも、まずはできるところから、徐々に変革を進める必要がある。

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