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「急増する電力需要を安価に賄う切り札」を提供するのは悪か?

今日の日経一面。「世界は脱石炭」、「日本の企業が石炭火力発電所の技術を売ったり、日本の電力会社が石炭火力発電所を動かすことに対して、投資家が厳しい目を向けている」という内容です。中国は石炭火力発電を積極的に売りに行っていることなどにも触れていて、その点はバランスとれていると感じましたが、ちゃんと読むとおかしな点も。

最初に申し上げると、気候変動の問題には10年以上私なりに取り組んできていますので、いまのESG投資の流れは歓迎はしています。ただ、議論が雑なんです。誰もが青空は守りたいし、地球温暖化は止めたい。でもこの世界に長くいて、勇ましい掛け声をたくさん聞いてきた立場からすると、気持ちや掛け声ではダメなんです。

この記事も、例えば1パラグラフ目最後の文で「急増する電力需要を安価に賄う切り札となっており、新興国で発電所を新設する日本企業に投資マネーの厳しい目が向けられている。」と書いています。「急増する電力需要を安価に賄う切り札」を提供(売る)することに、「投資マネーの厳しい目が向けられる」って、ホント?

相手国がそのエネルギー政策の中で再生可能エネルギーを求めるように、安価な再エネ技術を提供(売る)ことも大切です。でもそれでは「電力需要を賄いきれない」として、石炭火力技術を必要としている国にそれを売ることが本当に批判されるべきことなのでしょうか?しかも、OECDでは、低効率の石炭火力技術を排除するために、輸出ルールが下記の表の通り定められました。(米国オバマ政権-日本安倍政権の時代です)

このガイドラインに沿う技術の輸出が批判されるべきなのでしょうか。こうした事実や経緯を理解しない金融機関が本当に「倫理的に正しい」のか、私は疑問を持っています。

そもそも、ESG投資に積極的な機関投資家は、世直し目的でESGを掲げている訳ではなく「受託者責任」をよく果たすために「ポートフォリオの長期的リターンの最大化を目指す」(日本の厚生年金と国民年金の年金積立金を管理・運用する年金積立金管理運用独立行政法人;GPIFがESG指数を選定した時の資料より)としています。急増する電力を安価に賄うことができる技術を提供することを否定するのは、受託者責任の観点からどうなんでしょう?

事実、 欧州の機関投資家等を中心に、(我が国企業も含めて)石炭関連企業からのダイベストが実行されていることは事実ですが、 他方で、米国やアジア系の投資家からの話を聞くと、いまだ石炭火力を必要とする国々はあり、石炭火力に市場性がある限り投資がなされるであろうという話もあり、一概には言いきれません。

主な機関投資家のなかで、文中にも出てくるノルウェー政府年金基金は、
一定要件を満たす石炭関連企業からのダイベストは実施済みで、2019年3月にはガス、石油の開発・生産企業からのダイベストを実施する方針を公表しました。また、CalPERS(米国の代表的な機関投資家である、カリフォルニア州公務員退職年金基金)は石炭採掘企業等からのダイベストは実施済みですが、電力会社からのダイベストについては実施した形跡はありません。(議決した形跡なし)。そしてAXAは逆に石炭への投資を増加しているという報道がありました。ブラックロック(世界一位の資産運用会社) 、Vanguard(同2位)についても、石炭への投資を増加しているという報道があり、環境団体から批判されています。パッシブなので、運用額が増えれば自動的に増えてしまうだと思いますが、印象としては「いろいろ使い分けてるな」という感です。

それにしても、記事の中の「倫理の問題」という言葉には、背筋がひやりとさせられます。気候変動は往々にして、キリスト教的世界観の中で語られることが多いのですが、いまの石炭火力否定は十字軍の独善性を想起させるのです。十字軍に参加していた兵士は、少なくとも当初は「聖地奪還」という正義を信じていたのでしょうが、攻め入ってこられた側からすればなんと身勝手な正義だということですよね。正義という言葉は怖い。気候変動を見ているとよく感じることです。独善に陥らないように、議論を丁寧にしていただきたいものです。


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