契約リテラシーを高めなければ書面交付はフリーランスを襲う武器にもなりうる
こんにちは。弁護士の堀田陽平です。
先日、久しぶりに日本武道館で剣道の全日本選手権が行われましたね。
さて、以下の記事のように、フリーランスをどう守るかという議論が引き続きなされています。
その中で、フリーランスの適正な取引を守るという観点から、フリーランスに対する発注書面交付の義務化の立法が検討されています。
(参考)令和3年度成長戦略実行計画
今回は、フリーランスに対する発注書面の交付の義務化だけで、本当にフリーランスが保護されるかという点について書いていきます。
書面交付に関する現状の整理
まず、現状の整理をしてみましょう。
今年の3月に策定されたフリーランスガイドラインでは、フリーランスに対しても、独占禁止法、下請法の適用があることを明確にしたうえで、フリーランスとの取引に下請法が適用される場合には、発注書面を交付しないことは下請法違反となるとしています。そして、下請法の適用がない場合でも、書面を交付しないことは「独禁法上不適切」としています。
ここで、独占禁止法上“不適切”という表現がされているのは、下請法とは異なり、独占禁止法上は、発注書面を交付することを義務付ける規定はないため、「違法」ではないものの、発注書面を交付しないことは、取引条件を曖昧にさせ、独占禁止法上の優越的地位の濫用を誘発する可能性が高いことから、“不適切”としています。
書面交付の義務化の議論
上記のとおり下請法の適用がない限りは、発注書面の交付は義務付けられていないこととなります。
下請法の適用がない場合として典型的に考えられるのは、資本金が1000万円以下の企業からフリーランスに対して発注を行う場合が挙げられます。
そうなると、例えば資本金1000万円の法人からフリーランスに対して発注を行う場合には発注書面の交付を義務付けることができないということになります。
しかしながら、そうした法人と個人であるフリーランスとの間には、やはり経済力、情報量等から取引上の力関係に差があることが“多く”(したがって、そうでない場合もある)、下請法の適用がない場合でもフリーランスに対して発注書面の交付を義務付けるべきではないかという議論がされているわけです。
契約は口頭でも成立するのが原則
ここで、「契約」というものの考え方を整理してみましょう。
契約は、①「申込み」と、②それに対する「承諾」“のみ”で成立します。
日本は諾成主義と呼ばれる考え方を前提としているので、保証契約等の例外を除き、契約の成立に「契約書」のような書面の作成・交付は必要ではありません。
しかし、弁護士であればほとんどの人は「契約書は作るべきだ」というでしょう。それは、契約書は、①発注者の「申込み」と、②それに対する受注者の「承諾」の意思表示の双方が表れているおり、契約の成立を立証する「証拠」として極めて重要な価値を持っているからです。
「契約書」≠「発注書面」
証拠という意味では、「発注書面」も契約成立の証拠となり得えます。しかし、契約書と違い、発注者からの申込みを内容だけが記されており、受注者側がOKしたか否かは表れていません。
この点が、契約書と発注書面の大きな違いです。
発注書面の交付はフリーランスを襲う武器にもなり得る
さて、前置きが長くなりましたが、発注書面の交付義務化がされると、「発注内容が明確になる」という効果があります。しかし、それ自体は、フリーランスを守る楯となることもあれば、フリーランスを襲う武器にもなり得ます。
仮に、「発注書面が交付され、よく読まないままに作業したら、思ったより報酬が低かったので、報酬を増額したい。」という場面を想定します。
ここで客観的に存在する証拠は「発注者からの発注内容」(申込みした内容)だけです。上記のとおり発注書面も「証拠」になるからです。
そして、フリーランスはそれを受けて作業を開始しているわけですので、第三者(裁判官)から見ると、「その発注内容にOKした。」と判断される可能性は高いです。「よく読んでいなかったし、それに了承したわけではない」という立証は難しいことが多いでしょう。
そうすると、フリーランス側が「思ってたより安かった」と思っても、報酬額は、発注書面の交付義務化のおかげ(?)で、明確に記載されており、おそらくこれをフリーランス側が覆すことは容易ではないでしょう。
フリーランスの契約リテラシーの向上が必須
上記のように考えると、発注書面の交付が義務化されると、「何らの契約も成立していない」とされるケースは減ると思います。
ただ、契約の内容面に関しては、フリーランスが、「契約が成立するとそれに拘束される」ということを理解し、その発注書面をしっかりと読み、理解し、合意する/しないの判断をしなければ、結局は、発注企業側が事実上契約内容を決めてしまうという状況に変わりはないことになります。むしろ、書面の存在によってその発注内容を覆すことはより難しくなります。
したがって、発注書面の交付が義務化をフリーランスの楯として機能させるためには、フリーランス側の契約リテラシーの向上が求められるでしょう。