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サイボウズ労務担当者から見た複業をはばむ「3つの壁」


#日経COMEMO #複業の壁

大変恐縮なことに12月から日経COMEMOキーオピニオンリーダーに任命いただき、定期的に「はたらく」に関する私見を発信していくことになった。

今回は早速、日経本紙連動企画にあやかって「複業の壁」というテーマで文章を投稿してみたい。


ぼくが所属するサイボウズでは、8年ほど前から複業が認められている。

サイボウズの企業理念は、働き方も含めた「多様な個性を重視」できるチームワークを世の中に広めていくことだ。

複業も決して「推進している」というわけではないのだが、「自分らしく働く」ための多様な選択肢の1つとして、ごく自然に受け入れられている。

最近はどうやら、世間的にも複業を認める会社が増えているようだ。

主体的なキャリア形成、所得の増加、自己実現といった働く個人のニーズだけでなく、本業では得られない知識・スキルの獲得、ワークシェアリングによる雇用維持、優秀な人材の確保といった会社視点でのニーズも高まっている。

さまざまな観点から注目されている複業だが、今回は、企業の労務担当者視点から「複業の壁」について考えてみたい。

カイシャが複業を嫌がる3つの理由

そもそもどうして会社は複業を認めることを嫌がるのだろうか?その理由こそ、「複業の壁」そのものではないか。

厚生労働省が出している副業・兼業の促進に関するガイドラインをベースに、ぼくなりに「複業の壁」を、大きく3つに分類してみた。

(1)チームワークの壁
   ①職務専念義務
   ②秘密保持義務
   ③競業避止義務
   ④誠実義務

(2)健康の壁
   ①労働時間管理
   ②健康管理

(3)効率性の壁
   ①事務コスト
   ②コミュニケーションコスト

これだけでは、何のことか分からないと思うので、順を追って説明していきたい。

(1)チームワークの壁

まず大前提として、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは自由であり、それを制限することはできないとされている。

つまり、基本的な考え方として複業するかどうかは本人の自由なのである。

ただし、以下のような場合、会社は複業を制限できるとされている。なぜなら、契約上の義務を果たしていない、とみなされるからだ。

① 労務提供上の支障がある場合(職務専念義務違反)
② 業務上の秘密が漏洩する場合(秘密保持義務違反)
③ 競業により自社の利益が害される場合(競業避止義務違反)
④ 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合(誠実義務違反)

これらはどれも会社組織(チーム)に対してマイナスの影響を及ぼす、つまり、チームでワークしていくことに支障をきたすものだ。

複業ばかりに気を取られ、まったく業務に身が入らなかったり(①)、複業先の会社で、べらべらと内部情報を話したり(②)、自社と競合するような仕事を、自社の地位やノウハウを使ってやったり(③)、自社の看板を全面に出して、眉をひそめたくなるような仕事をしていたり(④)。

チームの一員として貢献するどころか、チームワークを壊す可能性があるなら、複業は認められない!というわけだ。

(2)健康の壁

たとえチームワークよく働けていたとしても、次なる壁が立ちはだかる。

それは働く1人ひとりの「健康」である。

特に留意すべきは、自社でも複業先でも「雇用契約」を結んでいる場合だ(以下、「雇用×雇用」とする)。

社員を「雇用」する会社には「安全配慮義務」が発生する。つまり、労働者に強い立場で仕事をお願い(指揮命令)できる使用者には、社員が「健康」に働けるよう、最大限の努力をする責任がついてまわる。

そのため、企業には ①労働時間管理 ②健康管理(健康確保措置) といった対応が求められる。

①について、「雇用×雇用」の場合、会社は複業先の労働時間も把握する必要がある。さすがに複業先の勤怠データを逐一もらうのは無理があるので、事前の自己申告ベースでかまわない、ということになった。

とはいえ万が一、本人が体調を崩すなどして労災が起きてしまった場合は、実態としての労働時間で判断されることになるため、どこまで会社が労働時間を把握しておくべきか、というのは悩ましいところだ。

ただし、あくまで目的は本人が健康に働けることにあると考えれば、労働時間を正確に把握しておく以外の方法も考えられる。

上記につながる話でもあるが、②について、労働時間を把握して長時間労働を防ぐと同時に、自己管理(セルフマネジメント)のサポートや、いつでも声をあげられる体制を作っておくなど、あらゆる手を尽くして、本人の健康確保に努める必要があるとされている。

(3)効率性の壁

チームワークよく、健康にはたらく。これですべての壁をクリアしたかと思いきや、もう1つ、大きな壁が残っている。

それは「効率性の壁」である。

具体的には、複業を認めることによって、特に人事・マネジャーに ①事務コスト ②コミュニケーションコスト がかかってくるのだ。

たとえば、自社と複業先の両方で社会保険の加入条件を満たしている場合、労務担当者は「健康保険・ 厚生年金保険 所属選択・二以上事業所勤務届」なるものを、本人と一緒に情報を埋めつつ、健康保険組合や年金事務所に提出する必要がある。

労務担当者からすれば、これはちょっとばかり大変な作業だ(髙木は直接の担当ではないので、担当者に聞いてみたところ、やはり「ちょっと大変」だと言っていた)。

一方、雇用保険はそもそも2つ以上の会社で同時加入できないため、基本的には、加入条件を満たし、かつ、お給料が多い方の会社で通常通り加入してもらうだけだ。

また労災保険についても、保険料の納付はそれぞれ会社ごとの報酬に応じて按分すればいいことになっているので、こちらも淡々と自社の報酬分を納付すれば問題ない。

おそらく一番ややこしいのは、割増賃金の支払いだろう。

つまり、「雇用」×「雇用」の場合、どちらが法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた分の割増手当を支払うのか、ということだ。

結論を言えば、これは「後で雇用契約を結んだ側」が割増賃金を支払うことになっている。

少し例を出して考えてみよう。

相当極端な例だが、たとえばA社(1日3時間、週5日勤務)で雇用されている人が、あとからB社(1日2時間、週5勤務)で雇用されることになったとする。

この場合、A社は先に雇用契約を結んでいるので、純粋に自社でどれだけ法定外労働が発生したかを見ればいい。つまり、A社で1日9時間働いた時に割増賃金を支払うのは、8時間を引いた1時間分ということになる。

一方、あとから雇用契約を結んだB社では、こうはいかない。

既にA社で1日3時間働いていることを考慮に入れる必要があるため、1日の労働時間が5時間を超えたところから割増賃金を支払う必要が出てくるのだ。

つまり、B社で1日9時間働いた時に割増賃金を支払うのは、4時間分ということになる。

普段から1日8時間を超えた分を割増賃金として計算している労務担当者からすれば、おそらく絶叫モノだろう。その人だけ、個別で給与計算する必要が出てくるからだ。

幸いというべきか、今のところサイボウズでは、あとに雇用契約を結んだ事例はない。

ただ、後に雇用契約を結ぶケースでも、たとえば、働く曜日が被らないように契約を結んだり、「この枠以上の時間は働かないように」というコミュニケーションをとることで、給与計算の煩雑さを回避する方法は考えられる。今後そのような事例が出てきた場合も、個別に対応しながらノウハウを溜めていく、ということになるだろう。

……というわけで、2つの会社で社会保険の加入条件に当てはまる、あるいは、「雇用」×「雇用」のケースにおいて、労務担当者は事務・コミュニケーションともに、結構やることが多いのである。

また、複業が「チームワーク」にどのような影響を及ぼすかを認識し、チーム運営をしていかなければならないマネジャーにも、当然、少なくないコミュニケーションコストが発生する。

人事とマネジャー。複業を柔軟に認めるうえでは、どうしても、この二者に負荷がかかってしまう。「効率性」という観点からみても、複業を認めるのは、やはり「ちょっと大変」なのである。

複業におけるサイボウズの考え方とルール

それでは最後に、サイボウズが実際にどんな考え方、ルールで運用しているのか、少しだけ紹介したい。

大前提として、サイボウズでは「自立」という考え方を大切にしている。

もう少しかみ砕いて言うと、何事も自分の意思で選択し、その選択の結果はちゃんと受け入れる、ということだ。

そのうえで、複業については以下のルールを設けている。

・全従業員、複業を行うことができる
・ただし以下の場合は、事前申請で承認を得る必要がある。
 -サイボウズの資産(モノ、カネ、情報、業務時間、ノウハウ等)を利用する可能性がある
 -他の事業者に雇用される

こうみると一見シンプルなのだが、全体としては、これまで見てきた「3つの壁」に対応したものになっているんじゃないかと思う(もちろん、まだまだ試行錯誤の最中だが)。

(1)チームワークの壁

まず①職務専念義務についてだが、複業をしているかどうかに限らず、労務提供に支障が出るようなことがあれば、チームの役割分担が見直され、それに応じて給与も変更されることがある。つまり、しくみとして自分の選択の責任は自分でとるようになっている。

次に②秘密保持義務についてだが、これも複業だけに限らない話である。複業をしていても秘密を守る人は守るし、複業をしていなかったとしても、べらべらと社内情報を喋ってしまう人はいる。

セキュリティ教育やプライバシーフィルターの配布など、できる限りのサポートはあるが、最後は本人の「自立」がベースになる。

一方、利益相反(③競業避止義務違反)やサイボウズのブランド毀損(④誠実義務違反)等の可能性については、本人では判断できないケースもあるため、「サイボウズの資産を利用する」ものとして必ず、「副(複)業申請アプリ」を使った申請をお願いしている。

また、承認されたものについては、必要に応じて「業務報告アプリ」を使って業務内容を報告してもらうことで、何か問題が起きていないか定期的にコミュニケーションをとっている。

(2)健康の壁

健康についても、大前提として「自立」の考え方がある。

まずはしっかり自己管理(セルフマネジメント)を意識してもらったうえで、人事はそのサポートに力を入れている。

先述したとおり、「雇用」×「雇用」の場合は、他社における労働時間の把握が必要になってくるため、「他の事業者に雇用される」場合も「副(複)業申請アプリ」で必ず申請してもらい、承認がおりたものについては「業務報告アプリ」を使って複業先での労働時間を申告してもらっている。

また「複業先と合算して、7連勤を超えないように」など、労務管理上、本人に認識してもらうことが必要な情報も併せて伝えている。

(3)効率性の壁

さて最後に、複業によって発生する事務コスト・コミュニケーションコストについてだが、これを完全になくすことは難しい。

しかし、テクノロジーの力を使えば、ある程度の効率化はできる。一番のポイントは「オープンなコミュニケーション」だ。

たとえば先程紹介した「副(複)業申請アプリ」は、社員の誰でも内容を見ることができる。

誰が、いつ、どんな複業をしたのか、そしてマネジャーや人事とどんなコミュニケーションを経て承認されているかなど、新しく複業を始めるメンバーがいた時に、労務担当者やマネジャーも含め、過去の事例や知見を活かしながら効率的に手続きを進めていくことができる。

また、チームとうまくコミュニケーションが取れておらず、後になって自社の信用を毀損してしまうケースや、労災が発生した際、後から労働時間の実態把握が求められるケースなど、結果的に多くのコストが発生してしまう原因の殆どは、本人の状態が周囲に正しく共有されていないことにある。

何か困ったことがあればオープンに話しあえる文化を維持することが、チームワークよく、健康に働くことにつながり、結果的に、さまざまなコストを下げると思われる。

健康で、効率的に、チームワークよく、そして自分らしく働ける社会へ

今のところサイボウズでは、複業を認めたことで大きな問題が起きたケースは少ない。

というより、何か問題が起きそうであれば、早い段階からオープンに議論するようにしている。

そんな中、社内からは、複業の経験が自業務に活きているといった声や、自社事業と連携するといった嬉しい事例も聞こえてくるようになった。何より、一人ひとりが多様な個性を重視され、「自分らしく」働ける環境は、必ず会社の理想達成につながっていることだろう。

ここまで見てきた通り、人事労務担当者の視点から見ても、確かに「複業の壁」は存在する。

そしてその正体は、複業を認めることで「チームワーク」「健康」「効率性」が失われてしまうのではないかという「不安」だった。

しかし、テクノロジーの力も借りつつ、オープンに議論し続けていれば、いつか、健康で、効率的に、チームワークよく、そして自分らしくも働ける、そんな社会が訪れるんじゃないか。

そんな理想を胸に、ちょっと大変だなとは思いつつ、今日もサイボウズの労務担当者は、「健康保険・ 厚生年金保険 所属選択・二以上事業所勤務届」の空欄を埋めていく。

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