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「今日の仕事は、楽しみですか」から学ぶ、経営者視点と個人視点のキャリア観のズレ

品川駅の広告炎上は多くの学びをくれた

NewsPicks社の関連企業であるアルファドライブ社が手掛けた品川駅の広告が、インターネット上を中心に炎上して、1日で取り下げることになった。広告自体は、ちゃんと全体を読み込めば、そこまで批判されるものではなかったかもしれない。しかし、駅の広告でぱっと見の印象しか残らないこと、SNSでセンセーショナルなところだけが切り抜かれたことなど、様々な要因があって批判が殺到した。

タイミングも悪かった。現在はコロナ禍の真っただ中にあり、ただでさえ多くの人々がストレスを過剰に抱え込んだ状態にある。特に、通勤時の品川駅のコンコースなど、ただでさえストレスが溜まる環境が事態に拍車をかけた。ただでさえ、現代人の働くことのストレスは問題だ。2020年の自殺者は、リーマン・ショック後の09年以来、11年ぶりに増え。東京大学の仲田泰祐准教授らの試算では2020年3月~21年5月の約2万7千人の自殺者のうち約3200人はコロナ禍が原因と試算している。そのような中、「今日の仕事は楽しみですか。」と書かれていたら、心にさざ波が立つ社会人が数多くいたとしても仕方がないだろう。

ただ、この広告は炎上したという事実以外にも、いろいろなことを考える切っ掛けを私たちにくれている。例えば、人材マネジメント論の視点からだと、「キャリア」に関する課題を垣間見ることができた。

経営者の視点が優先されがちなキャリア

アルファドライブの広告の全文は新聞広告で読むことができる。文字が小さいが、「仕事を楽しめる環境を作り出す、楽しめる仕事を生み出すことで、組織作りをサポートしたい」という思いが込められているようだ。このことは、企業へのメッセージとしてはおかしいことはない。しかし、個人に対するメッセージとしては読み手を選ぶものだった。その理由は、組織での働き方・キャリアには2つの側面があるためだ。

キャリアには、外的キャリアと内的キャリアという2つの側面がある。外的キャリアとは、個人のキャリアを外側から観測することのできる、これまでの職務経験や能力開発・自己実現の方向性だ。具体的には、組織内での昇進や特定の専門領域での熟達、ジョブローテーションや転職で専門領域の幅を広げることなどが含まれる。一方で、内的キャリアとは、個人の内面に起因する職業や職務の志向性や能力開発・自己実現の方向性である。例えば、MITのシャイン教授はMITスローンスクールの卒業生の調査から、キャリア・アンカーと呼ばれる8つの志向性(管理、専門・職能、保障・安定、起業家的創造性、自律と独立、奉仕・社会貢献、純粋な挑戦、ライフスタイル)に分類している。

経営者の視点では、外的キャリアと内的キャリアのマッチングが重要になる。外的キャリアは、昇進・昇格、配置・配属、能力開発に直接関係してくるため、個人は意思を示すことができても意思決定権は経営者側が持つ。一方で、内的キャリアは個人の内面に起因するため、基本的には第3者によって左右することができず、意思決定権は個人が持つ。

企業が提示する外的キャリアと個人の内的キャリアが合致していると、働く人は仕事に熱中し、意欲をもって働くことができる。いわゆる、エンゲージメントが高い状態で仕事に臨んでいることになる。そのため、経営者目線だと「仕事が楽しいですか」と言われて、「楽しい」と答えることができるなら重畳であり、「楽しくない」なら「楽しくなる」ように外的キャリアを操作することになる。つまり、「仕事が楽しい」状態というのは経営者にとって望ましい従業員の状態と言える。

一方で、従業員個人の視点では、内的キャリアは必ずしも仕事に重点を置かなくても良い。釣りバカ日誌のハマちゃんのように、会社は生活費と趣味を楽しむお金を得るためのセーフティーネットで、人生の主軸を趣味の釣りとしていても個人の人生は問題ない。MITの調査でも、仕事よりも私生活を重視するキャリアの志向性を確認できる。MITの卒業生ですらそうなのだから、一般の日本人でも多くの人々が仕事以外に人生の比重を置いていると考えるべきだ。基本的には、個人にとってのキャリアは自分だけの価値観であって、他人に口を出されるものではない。

しかし、ビジネスをしていると、つい「個人の視点」が抜け落ちてしまうことがある。ここにキャリアの問題をビジネスで扱うときの難しさがある。経営者の視点に立って、企業にとって好ましい従業員のキャリアを押し付けると、メッセージを受け取る個人は不快感を感じる。そのメッセージは、「市民、幸福は義務です」というWest End Games社のTRPG『パラノイア』に出てくるようなディストピアな性格を帯びてくる。もちろん、メッセージを発した経営者はディストピアな世界観を望んでいるわけではないが、無自覚に地雷を踏みぬいてしまう。

各種国際調査における働くことの幸福度とエンゲージメントが世界最低レベルで、自殺と過労、職場のいじめが社会問題化している日本で「仕事は楽しいですか」と大衆に問う行為は残酷でさえある。

特に、日本企業のキャリアは、経営者の視点が優先されてきた歴史的な経緯がある。「ゼネラリストとなって出世する」という単一のキャリアを皆が共有することで、一枚岩の頑健な組織を作り上げてきた。その反面、個人のキャリアの意思決定権を組織が握ることになり、自分のキャリアに対する裁量がほとんどなかった。その結果、個人の視点よりも経営者の視点が優先されてきた。「マイホームを買うと、転勤させられる」という俗説は良い例だ。

「働くことの楽しみ」を目指すこと自体は良いこと

経営者の視点に立つと、従業員に対して「働くことが楽しい」と思うことができるような組織作りをすることは重要なことだ。採用や評価、昇進・昇格、人材育成などの人事制度は、従業員が楽しく働けるように設計すべきである。しかし、それを働く個人に求めてはいけない。「楽しいかどうか」は、組織作りをした結果、生じる個人の心理状態だ。しかし、経営者の視点で考えることに慣れてしまうと、個人の視点とのバランス感覚が喪失してしまうことがある。

予防策としては、常に経営者の視点と個人の視点を意識し続け、自分のバランス感覚が狂っていないか確かめる必要があるだろう。そのために、できるだけ多様な人たちと普段から交流と持つことだ。組織内に長くいると、人付き合いが硬直しがちになる。特に、リクルートワークス研究所の調査をみると、日本の社会人の交友関係は世界的にみても狭いコミュニティの中で完結しがちだ。意識して交友関係を広げる必要があるだろう。

例えば、「働きがいのある会社」ランキングにて4年連続で1位を獲得、7年連続でベストカンパニー賞を受賞している株式会社コンカーは、上司と部下が1対1でランチを取る「コミュニケーションランチを3カ月に1回おこなう権利」を従業員に与えている。インフォーマルな場で上司から部下にフィードバックするとともに、上司も部下からの話を聞いて自分の意識をチューニングする機会となる。

歴史的にも、パワーバランス的にも、日本の組織は「経営者の視点」を重視してしまいがちだ。その結果、「個人の視点」がないがしろにされてしまう。インターネットが登場するまでは、もし個人の不満が生まれても大きな問題になることもなく、有耶無耶になってしまった。しかし、インターネットによって誰もが発信者となることができる社会となり、SNSがそれを加速させている。そのため、企業は「経営者の視点」と「個人の視点」のバランスがあらゆる面で求められている。特に、「キャリア」のように個人の視点が抑圧されているようなトピックでは注意が必要だ。

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