“誰も得をしない”新卒採用が生まれる根本理由——採用マーケティングの功罪
新卒採用が佳境になっている中、「新卒入社した方への教育が減少しているのではないか」というご質問をいただきました。教育に力を入れている企業はしっかりとあるものの、やっていない企業が悪目立ちしている印象です。
一般的には新卒は売り手市場であり、どこの会社も採用に苦労していますが、入社後に雑に扱う企業の話はよく耳にします。
中には下記のような例もあります。
教育せずに現場にアサインする
経歴を盛って経験者として出す
ITエンジニアのような専門職求人でありながら非ITエンジニア職にアサインする
コールセンター、警備員、家電量販店店員、期間工など
アサインする仕事がないので待機させたままにする
レイオフの予算がなかったり、株主総会にかけることを躊躇っているので自然退職を待っている
毎年のことであり自然退職の数字も含めて予算には織り込み済みなので、特に感想を抱いていない
業界内の評判が良かったり、候補者体験が良い企業でもこうしたことが起きています。今回はこれらの背景について整理していきます。現在就活中で内定承諾先を迷っているような方のヒントにもなれば幸いです。
企業が新卒採用を実施するありがちな背景
採用した新卒がぞんざいに扱われている理由として、そもそもの採用理由が適当なところが原因としてあります。その背景についていくつかを紹介していきます。
若くて安い人材をまとめて採用したい
元来、新卒一括採用は明治時代に日清戦争・日露戦争で若い人たちが戦死したことで、まとまった若手人材を確保する方法として始まったものです。
少子化が叫ばれる現代であっても、まとまった人数が動くために採用工程も効率的です。
有り体に言うと「とにかく採用人数を達成したかったので新卒でも中途でも何でも良かったが、新卒の方がまとめて選考フローが組めるので効率的」という理由から始めるというものです。複数企業から熱心に口説かれる一部の人を除くと、残念ながらこのスタンスであっても有効です。
長期的に見た組織の若返りをしたい
一点目に比べるといくらか前向きなのがこちらです。
少子化による労働人口の減少が叫ばれて久しく、労働力の確保に勤しむ企業が大半です。単純に頭数を揃えることであれば、中途なり就職氷河期世代の雇用なりで達成できます。しかし10年先、20年先を見据えて「若返りたい」という判断になると新卒採用に注力することになります。
(ITエンジニアは別だと捉えていますが)総合職については第二新卒も含めての拡大が見られます。
中途に事業共感を求めるのが困難(なので育成したい)
新卒採用の理由として「将来の幹部候補・コアメンバーを育成したい」という企業は、この理由になります。
自社サービスの場合、プロダクト志向や事業共感を強く求める傾向にあります。中途採用の場合は、よほどの原体験がないと(親戚が当該分野で働いているなど)強い共感は求めにくいものです。
一方で新卒であれば中途に比べるとキャンバスが白いため、後天的に育成できるかも知れないという採用ハードルの低さがあります。志望理由としてあると望ましいですが、研修の過程でエンジニアであっても営業同席をしたりするように、事業への興味関心を持つための時間がかけられるという側面があります。
企業成長のマイルストーンとしての新卒採用
起業家の方々と何名もお付き合いをしていると、いくつか自社でやってみたいマイルストーンがあると思うようになりました。
シェアオフィスなどからの脱却
映えるオフィス内装
滝や2フロアぶち抜きの螺旋階段に憧れるものの、現状復旧工事の見積もりを見て諦めるまでがセット
だんだんどこの企業も似てきたのが今後の内装工事屋さんの課題と思われる、たぶん
〇〇ヒルズ、もしくは主要地域でのフラッグシップビルへの入居
まれに社長本人が自宅を〇〇ヒルズに移すことで溜飲が下がるケースがある
事業の海外進出
新卒採用
起業家に自覚があるかどうかは別ですが、マイルストーンの一つとして新卒採用がある場合があり、未上場スタートアップが突然新卒採用をしたりします。ある意味新卒採用がファッションのような位置づけに感じられます。
採用した新卒の視座育成の観点からも、採用人数を減らしてでも継続するべきだと思いますが、共通するアンチパターンとして、業績不振とともに新卒採用を取りやめるというものがあります。
高度化する採用マーケティングと無知の知
企業が採用する動機が適当であっても、予算さえ確保されてしまえば新卒就活生を囲い込むハウツーが就職氷河期終了の2015年以降で完成されてしまいました。いわゆる採用マーケティングです。
認知から始まり、初期接触、選考中も含めた候補者体験といったものが確立され、高度化していきました。この界隈を支援する採用コンサル業者や、動画制作・Web制作業者、マーケターなども非常に多いです。決して安くはないものの、入社後の育成体制が適当な企業であっても、内定承諾する学生を一定確保できてしまえるようになりました。
情報が氾濫する昨今ではありますが、新卒就活生や第二新卒に関しては情報選択を簡易化したいモチベーションの人が一定居ます。情報弱者の一種と言えますが、情報を取得する気がなかったり、複数の経路で情報を検証することが苦手な方々です。一般的に「さっさと就活を終わらせたい」というモチベーションが強い方も含まれます。こうした人たちについて、下記のような囲い込みをするケースが見られます。
該当する層を得意とする人材紹介会社との連携
(ハードルが低く見える)会社説明会への誘導
実質、企業への登録会
最初からメンターがつく
研修された正社員の場合もある
メンターにより面接対策や、面接に際しての助言がある
面接をクリアし、内定が出ると承諾を迫る
候補者目線でいくと、右も左も分からないまま入社承諾をするような格好になります。気が付いたら入社することになったので入ったという方も居られます。
こうした採用を展開する企業では、人材紹介フィーにかなりの予算計上がされる傾向にあります。しかし、こうしたスタイルの採用を行う企業が他の経路を模索する場合、他社と比較される採用チャネルが多いことからあまりうまく行きません。せいぜいが広告マーケティング戦略によって自社サイトへの誘導と直接応募比率を上げるに留まりますが、魅力が少ないので効力は弱いです。結果として人材紹介会社を利用せざるを得ません。
新卒がうまく育たない背景
どういった動機であれ、きちんと新卒が育てば問題ないのですが、そうならないので問題になっています。その背景を整理します。
教育研修コストを見込んでいない
最低限の入社時研修の後、いきなり現場に渡してしまうというものです。悪質なSESであれば新卒であるにも関わらず「経験年数3年」などとして現場に放り込むところもあります。OJTという言葉でごまかしているケースもありますが、少なくとも教育担当者が居る現場にセット入場させる必要があるでしょう。
採用した人材が優秀であり、内定後からインターンで実務を積んでいるような場合はカットできる研修も多いでしょうが、多くの場合はそうした事例ではないので闇深いです。
教育研修はあるが、eラーニングのビデオ視聴で終わり
教育研修はあるものの、実質はビデオ鑑賞というものです。eラーニングという名のUdemy視聴のみ、理解度チェックなしというケースもあります。
コロナ禍で研修のeラーニング化が進んだ兼ね合いもありますが、良くない方向に利用されているように感じられます。
初任給の見直しと既存社員とのギャップ
昨今聞こえてくるのがこちらのケースです。
物価高の影響を受けて初任給の見直しが始まっています。初任給の歴史を見るとバブル崩壊から横這い・微増だった30年間を経て久しぶりのムーブメントになっています。
初任給の見直し自体は結構なことなのですが、既存社員の給与見直しをせずに新卒採用での苦戦を理由に初任給だけを上げている会社が一定あるようです。何も業務に対するバリューを生まない新卒が、教育担当の若手と同じ給与という場合もあるようで軋轢に繋がっています。
給与レンジの改定については弊社でもよく相談を頂いていますが、多くの場合はかなり難しい環境にあります。30年に渡って固定されてきた給与制度を改定するのは非常に困難です。特にそもそもの売り上げが乏しいので原資がない場合は厄介です。特に人月清算のクライアントワークなどでは下記のような袋小路にハマっている企業もあります。
売り上げを上げるには採用をせねばならない
採用するには給与を上げねばならない
給与を上げるためには売り上げを上げなければならない
社員も企業も新卒採用を通して幸せになるために
新卒カードなどと呼ばれますが、多くの日系企業において新卒であるということはそれだけで価値があります。手厚い研修もフォローもあります。
新卒カードを十分に享受できないまま、不埒な企業や人材事業者に言いくるめられて吸い込まれている就活生を見ると不憫でなりません。特にアサインするタスクもないまま待機をさせ、eラーニングを受講させ続けているような企業などは、なぜ採用しようと思ったのか理解に苦しみます。
企業目線でも新卒採用は将来への投資であり、即時に投資回収できるものではありません。下記の点について十分に経営層と合意した上で新卒採用をしましょう。
何のために採用をするのか
逆算するとどういった人材が欲しいのか
教育・研修計画はどうするのか
採用・研修でのコストはどの程度になるのか
それは飲めるのか
第二新卒ではどうなのか
少子化による人材不足が叫ばれる日本において、どうしてこのような無駄な新卒採用が起きているのかは非常に疑問です。幸せにならない新卒採用が一人でも減ることを願うばかりです。