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ファシリテーションの学び方 ーエピソード記述

スペインのプロフットボールチーム「ビジャレアルCF」の育成部にいらっしゃる佐伯夕利子氏の著書「教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術」が話題を呼んでいます。

指導者が今までの指導方法を問い直し、指導者は「学びの機会を創出するファシリテーター」のように振る舞うのだと言います。試合や練習の「なぜあのときこうしなかったのか?」ではなく「あなたはどのように考えてあのようなプレイをしたのか?」を問いかけ、選手の判断を尊重することで、チーム/組織が変わっていったそうです。

こうした「ファシリテーター」としての振る舞いは、企業組織や学校の授業はもちろん、スポーツチーム、演劇などアートの創作現場などでも役立つスキルとして注目を集めています。

ファシリテーションの学び方 ーエピソード記述

では、こうしたファシリテーションの技術を学ぶためにはどのような方法があるのでしょうか?

前回の記事では、ワークショップなどの場に参加して、ファシリテーターの身振りをみて学ぶ「参与観察」の方法を提案しました。

今回は、ファシリテーションの実践を振り返り、記述する「エピソード記述」の方法をご紹介します。

「エピソード記述」の方法は簡単です。ご自身がファシリテーションをした場で起こった出来事、そこで思った気持ちや、なっていた自分の状態を記述する、それだけです。

* 何が起きたか(知覚した現象)
* どのように行動したか?(選択した行動)
* どのように考えてその行動を選んだか?(行動を選択した理由)
* その結果何が起きたか?(行動の結果)
* 起きたことを見てどう感じたか?(生じた感情)

こうした観察記述は可能なかぎり客観的に書くべきだとする意見もあるでしょう。しかし、ぼくは主観を交えて書く方が面白いと思っています。自分の思考のふりかえりにもなりますし、他の人がこれを読んだときに「こんなふうに考える方法もあるんだ!」と知ることができます。

内的思考を言葉にする「認知的徒弟」の仕組み

学習理論のなかに「認知的徒弟」という考え方があります。これは熟達した人の行動とその背景にある「内的思考」を同時に知り、模倣するというものです。表面上の身振りだけでなく、その人の目に見えない内的な思考を知ることによって、熟達者の方法をより早く、精緻にトレースすることができるのです。

エピソード記述における主観的な記述は、いわばこの内的思考を書き出す作業にあたります。そしてこれは、熟達者のみが行うべき作業ではありません。ファシリテーションの初学者であっても、自分の内的思考のプロセスをふりかえり、言語化することで自分の思考の特性を把握することができます。

認知的徒弟についてはこちらの記事をご参照ください。

記述するファシリテーションの場面は、みなさんのお仕事や生活にあわせてやってみていただくと良いかと思います。ワークショップを実施する機会がある方はもちろん、ミーティングでファシリテーションを実践される方、あるいは子育てで日々子どもとやりとりをする方など、さまざまな記述ができると思います。

チームでのファシリテーション研修に活用する

また、このエピソード記述は、チームで行うとより効果が高いです。ファシリテーションの学習は研修を受けるだけではなく、日々の実践をふりかえることからも学習を生み出すことができます。さらに、この記述を読み合い、難しかった点やうまくいった点を共有する時間を取るだけで、学習効果はさらに高まります。

実際、以前立ち上げに関わった幼児教育プロジェクトのファシリテーター研修でもこの記述方法を用いています。ワークショップ形式のファシリテーション研修は2~3回のみで、このエピソード記述を3ヶ月間実施し、週次で共有会を開催してもらいました。ファシリテーション初学者の人たちが、お互いの内的思考を共有しあい、学び合うことができました。これは本筋ではない嬉しい成果でしたが、詳細な観察データは幼児教室のUXの改善にもつながっていました。

また、山口情報芸術センターYCAMでは、「コロガルパビリオン」という公園型インスタレーションでのファシリテーションの実践を、スタッフ一人一人が記述し、公開しています。子どもの遊び方の工夫に、書くことを通じて気づいている様子が垣間見え、面白いです。

臼井のエピソード記述サンプル

以下に、ぼくが書いたエピソード記述のサンプルを置いておきます。ちょっと長いですが、20分程度の子どもとの遊びの様子を書き出してみました。

昼ごはんの前、妻がケチャップライスをつくっている間、娘がテーブルのうえにシールを広げていた。シールで遊ぼうと思い、猫のシールを人差し指のさきにつけて「ねえねえ、何してるの?」と聞いた。すると娘がゾウのシールを取り出して「おはなししてたのよ」と言う。

「なんのお話してたの?」と聞くと、ゾウをライオンのシールに近づけて「ライオンさんとお話ししてたのよ」と言う。「そうなんだ、ライオンさんとなんのお話してたの?」とさらに聞いてみると、「ライオンさんと、おひさまのお話ししてたのよ」と言う。心の中で、おひさまのお話ってなんだろう?と思い気になったが、それ以上深掘りせず、「そうなんだ、よかったね!」と返す。

ぼくの意図としては、猫のシールでごっこ遊びをしたらどうなるか、「何してたの?」と聞いたら、なんと返すか、試してみようと思って聞いてみた。問いをたてながら世界をひろげていくような遊び方だった。

このとき、ぼくのあたまのなかでは、この遊んでいる様子を今度のnoteに書こう、と思い始めていた。その瞬間、心の中の録画ボタンを押し、遊びながら心の中で今の状況をメモするようなモードが駆動する。ぼくの脳内には、ファシリテーションしながら同時に自分の行動を録画するモードがあり、子どもとの遊びの中ではそれを発動することができる。(大人とのワークショップでは、まだ熟達が足らずそれをすることができない)



今度は娘が「猫ちゃんはなにしてたの?」と聞いてくる。なんと返そうか悩んだが、「ペンギンさんとお話ししてたのよ」と返す。すると娘が「そっか」と言う。娘はもしかしたら、自分からも遊びを提案しようとしていたのかもしれない。

今度は娘がペンギンのシールをぼくにわたし、娘はコアラのシールを手に取った。「一緒にかくれんぼしよっか!」と誘ってきたので「うん、いいよ」と答える。「じゃあ、ピングーが隠れて!」というので、ぼくはペンギンをもってテーブルの上に置いてあったクレヨンの影に隠れる。すると娘が、持っていたキャロットジュースのパックの上にコアラのシールをおき、「いーち、にーい、さーん」と数える。「もういいかい?」と聞いてきたので「もーいーよ」と答える。コアラは「ピングーはどこかなぁ」といって探す。本当はクレヨンの箱に隠れているのを知っているのに、わざとべつのところをさがしてから、クレヨンの方にコアラを持っていき「あ、いた〜!」と言う。

コアラとペンギンで役割をいれかえながら何度かかくれんぼをしたのちに、娘が「じゃあ、コアラもピングーも一緒にかくれようか!」と提案してきた。お、面白い提案をするなぁと思い、「いいよ!」と応じた。そのうえで「じゃあだれが探すの?」と聞いてみた。「うーん…」と困った様子だったので、「コアラとペンギンが隠れたのを、パパが探そうか?」と提案してみた。「うん!」と、娘の快諾を得られたので、ぼくはペンギンと自分の二役を演じながらかくれんぼをした。

何度かこの役割分担でかくれんぼをしたのち、次は自分が探す役をやる、と娘が言うので、ぼくはペンギン役のみに戻った。娘は、自分役とコアラ役をやる。果たして一人二役できるのか?ちょっとドキドキしながら見守った。

「じゃあ隠れて!」と自分役の娘が言う。「おっけー」とコアラ役の娘が返す。お、一人二役やってる!と思い、ペンギンも隠れる場所をさがす。コップの裏に隠れることにした。コアラはというと、最初にいたキャロットジュースの上にそのままいる。

どうやら、コアラ役になって隠れると言う作業と、かくれんぼの鬼役の自分の作業とを並行するのは難しかったようだ。だが、何度かこの一人二役でのかくれんぼも楽しんでいた。

そのうちに、大人しく玩具で遊んでいた息子の方が泣き出したので、かくれんぼは終了。ちょうどケチャップライスも出来上がったので、みんなでご飯を食べることにした。


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臼井 隆志|Art Educator
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