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2021年、「イエレン次期財務長官と為替」をどう読むか

イエレン次期財務長官に関する解釈
為替市場では小康状態が続いています。2021年の為替展望についてはドル安を見越す声が支配的になっており、筆者も2021年1~3月期においてはその公算が大きいとは考えています。しかし、4~6月期以降はワクチンありきの明るい未来も視野に入っており、果たして米金利およびドルが一方的に下がる展開が続くのか疑問もあります。現状目にするドル安予想の多くはFRBのゼロ金利政策が今後3年は変わらないであろうことに加え、巨額の財政赤字に伴う「ドルの過剰感」を理由に挙げていますが、なかにはイエレン次期財務長官の存在を気にする向きもあるようです。この点、正式に同氏の就任が決まって以降、照会が多いこともあり、「イエレン次期財務長官と為替」というテーマで簡単に議論をしてみたいと思います。既にこのテーマは日経新聞でも記事になっていたことがありました。今回はより掘り下げてみたいと思います。

議長就任時にもあったドル安観測
基本的には財務長官の存在が為替市場の潮流に影響を与えるとは思いません
。イエレン次期財務長官の言動は間違いなく2021年の金融市場における注目点の1つだとは思いますが、先進国の政策当局者が為替市場の方向感に言及することはそもそも御法度であり、言ってみれば下品な行為です。品行方正で知られるイエレン氏に限って、「為替市場を恣意的に動かそうとすることはない」という認識が市場の一致するところでしょう。

思い返せば2014年2月。FRB議長就任の際にも、イエレン氏(当時はサンフランシスコ連銀総裁)について「ハト派志向が強く、ドル安に振れる」という観測がありました。しかし、結果的にイエレン体制のFRBは経済・物価情勢を冷静に見極めながら、難しい正常化プロセスを淡々と進め、これに応じてドル相場も騰勢が続いた。近年のドル高局面はむしろイエレン議長誕生と共に始まったものです。

2018年2月、パウエル議長へバトンを渡した時点では既に難しい意思決定は全て済んでおり、同年に行われた4回の利上げも淡々と現状追認を重ねただけとの評価が多かったのも記憶に新しいところです。その無機質な利上げが米経済にとってオーバーキルとなり、2019年の連続利下げに繋がったという厳しい批判も散見されました。それだけイエレン議長の卓越した手腕を認識する向きは多いということでもありましょう。

いずれにせよ、かつて見られた「イエレン議長でドル安」という就任前の観測は全くあてになるものではありませんでした。今回も同じような目線で評価するのが基本で良いでしょう

もちろんFRB議長と財務長官は異なる
もちろん、独立性を貫かねばならない中央銀行のトップと、政治の一角を担う行政組織のトップは違います。中央銀行は元より為替を念頭に置いた意思決定や情報発信をする立場にはありませんが、財務長官は時にそれが仕事でもあります。これまでよりも政治色の強いポジションに置かれる中で、言動も変わってくる可能性はあります。誰がどう見てもドル高が実体経済に悪影響を及ぼしている状況になっていた場合、ドル相場にアプローチをする方法は、FRB議長ならば金利調節という迂遠な方法しかありませんでした。しかし、財務長官であれば為替安定化基金の運用も含めた為替介入のほか、為替政策報告書、そして自身の言動を含めた情報発信など多様かつ、時に直接的な方法も想定されます。「イエレン氏に限って、それはあり得ない」という解釈が基本でしょう。しかし、そのような思惑が流布されているからこそ、そうなった場合の震度は大きいという認識は持ちたいところです

少なくとも、イエレン議長時代の正常化プロセスに伴って上昇したドルの実質実効為替相場(REER)は未だに長期平均を超えたままです。かつてブレイナードFRB理事は2014年6月から2016年1月のREER上昇がFF金利にして+200bpsの利上げと述べたことがありますが、REERの水準を見ると2016年1月の117.12に対して足許(2020年10月)は117.01とあまり変わっていないのです。確かに2020年、ドル安は進みましたが、本稿執筆時点ではまだ「高い山から降り始めた」という程度の話にも見えます

ドルはまだ過大評価。一方、日本円は・・・
理論的にはREERは長期平均に収斂することで知られています、もちろん、そのペースや程度は決して確度が高いとは言えませんが、フェアバリューの無い為替の世界においてREERを尺度とする過大・過小評価は国際比較の際によく用いられるものです。主要通貨のREERについて長期平均からの今年10月時点の乖離率、1年前(すなわち19年10月時点)の乖離率、そして過去1年での修正幅を見ると、ドルはスイスフランの次に長期平均からの上方乖離、すなわち過大評価が放置されている通貨となっています。それゆえにドル安方向の動きが正当化されやすい状況と考えられます。2020年、主要通貨の中で著しい上昇を見せたユーロは1年前の約▲5%という下方乖離、すなわち過小評価がほぼ解消され、中立と言える状況に接近しています。

一方、過小評価が大きく放置されている通貨の上位がメキシコペソ、ノルウェークローネ、そして日本円です。ただし、メキシコペソやノルウェークローネは産油国通貨であり、今年上半期に席巻した原油価格急落の動きに引きずられているという面もある。そのため「不当に通貨安誘導が行われている」とは指差されにくい状況には思える。日本円も2014~15年に▲30%以上という異様な過小評価が放置されていた状況と比較すれば健全な調整が進んでいますが、主要通貨の中では「もう少し上昇すべき」と評価されそうな立ち位置にはあります。実際、為替政策報告書はこのロジックの下で日本円の過小評価を指摘し続けています。もちろん、金融危機後に日本の貿易構造は大きく変化しており、過去の傾向(ここで言えば長期平均)と比較して円を過剰に安くしたところで、「輸出増→貿易黒字」というパスは期待できないでしょう。貿易黒字が増えないならば通貨高になる筋合いもありません。それゆえ、「過去と比べて円は過小評価されているので通貨高になりそう」という主張はもはや実情にそぐわない議論と言えますが、そこまで構造的な議論を米財務省の為替政策報告書に期待するのは難しいでしょう。

「監視リスト」は民主党政権の産物だった
いずれにせよ、こうした各国通貨の立ち位置を踏まえた上でイエレン次期財務長官の下での米財務省がどのような挙動を示してくるのかは2021年の注目点です。トランプ政権は為替に対して率直な情報発信を展開し、為替政策報告書も(主に人民元を標的として)恣意的な運用が進められてきました。その影響もあり、4月・10月という報告書の公開時期も大幅に乱れてしまっています。しかし、報告書公開のたびに注目される「監視リスト」は実は2016年4月に新設されたものです。すなわちトランプ政権ではなくオバマ政権が始めた枠組みなのです。過去の経緯もあって、米民主党政権と円高の相関を心配する向きは根強いですが、今回もそうなってしまうのかどうか。固唾を飲んで待ち構える市場参加者は相応に多そうです。筆者も多くの市場参加者同様、「イエレン氏に限って、為替市場を荒らすことなどあり得ない」と考える立場ですが、「あり得ないことはあり得ない」という心持ちでいたいと思います。いずれにせよ、2021年の金融市場において「イエレン次期財務長官と為替」が耳目を集めるテーマになることは確かなのでしょう。

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