リアルとバーチャルのハイブリットで新人研修の3つの目的を達成する
復活するリアル形式の研修
コロナ禍も3年目を迎え、感染対策をとったうえでリアルでの機会を一部再開させる動きも多くみられる。新人研修も同様で、コロナ禍で最低限になっていたリアルでの研修も再開させる動きがでている。
そのような中、日経新聞の記事にあるようにダイニチ工業やJR東海が「30kmウォーク」や約10時間かけて山道を踏破する「箱根八里」など、3年ぶりにリアルかつハードな研修を再開させている。
記事にもあるように、一見、仕事と関係がなく、心身ともに負荷の大きなハードな研修は近年、忌避される傾向があった。ハードな研修の結果、ブラック企業としての評判が付いてしまうリスクは大きい。一方で、これまで学生だった新入社員のマインドセットを社会人として自覚を持ってもらうために、どうしてもハードな研修をせざるを得ないジレンマもある。
易し過ぎず、厳し過ぎずの塩梅が難しい
新人研修は、カバーする育成目的が幅広く、しっかりと設計・運用しようとすると難易度が高い。うまく設計と運用ができないと、せっかく採用した新人の意欲を低下させ、研修期間中の早期離職に至ることも珍しくない。(研修期間中に辞めてしまうのは合わなかったのだから辞めてもらって良いという議論はいったん脇に置いておく。)慣れない環境と初めての就業経験で心身を壊してしまうこともある。先述したように、ブラック企業だという評判が立ち、SNS上で拡散されたときのレピュテーション(評判)リスクは多きい。
一方で、ハードな研修のデメリットを気にして、研修内容をソフトにして負荷を軽減させるとそれはそれで問題が出て来る。甲南大学の尾形教授によると、新入社員にとっての入社後のリアリティショック(入社前の期待値と入社後の現実とのギャップ)で大きな割合を占めるのは「思っていたよりも、緩い・簡単だった」というものだ。いわゆる拍子抜けの状態になることも好ましくない。
易し過ぎず、厳し過ぎずという塩梅に調整することは簡単ではない。
新人研修の3つの目的
難易度設定のほかに難しいのが、新人研修で新入社員に教えるべきことが多岐にわたるためだ。新人研修における目的を分類すると大きく3つに分けられるだろう。
① 社会人基礎力の向上
名刺の渡し方やメールの書き方などのビジネスマナーや社内でのコミュニケーションの取り方、仕事に対する姿勢や考え方など、社会人として身につけておくべき社会人基礎力の訓練が目的の1つとしてある。名刺の渡し方や電話の出方といったテクニックは動画教材でもある程度学ぶことはできるが、動き方のぎこちなさがなくなるまでには繰り返し実践が求められる。なかなかオンライン研修だけで賄えるものでもない。
特に、社会人としての仕事に対する姿勢や考え方は、実践を通して学習される。いわゆる学生気分と言われるような緩さを見直して、社会人としての考え方や仕事に対する姿勢を、上司や先輩社員との協業体験、同期から受ける刺激から学んでいく。
ダイニチ工業やJR東海の「30kmウォーク」や「箱根八里」は学生気分から社会人としてのマインドセットに切り替える仕掛けの1つと言える。
② 企業文化の浸透
企業には各社固有の文化とも言える特徴的な価値観がある。トヨタの場合には、徹底した改善意識と人望の重視だ。サントリーの「やってみなはれ精神」も良く知られる。
サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長の新浪 剛史氏がインタビュー記事で語るには、企業文化を醸成するには、仕組みを作り、時間をかけてやり抜くことが肝要となる。新入社員は企業文化には染まっていない真っ新な状態であり、一見すると企業文化に染まりやすそうに見えるが、しっかりと体現できるようになるには「やり抜く」経験を積ませないといけない。
新人研修期間で完全に企業文化の浸透ができるのかという問題はあるが、それでも製造業を中心に3か月以上の期間をとっている企業は少なくない。じっくりとビジネスの現場と自社の文化について学ぶ期間を設けている。
③ 基礎となる仕事の型と希少な重大事象の学習
新人研修の良いところは、業務に携わる前に正しい型を学ぶ機会を得られることだ。経験を積んで勘所がわかってくると基礎的なところを疎かにしても業務ができてしまうことがある。経験を積んだ先輩社員にとって、基礎からコツコツ作業する新人を教える中で学ぶことは多い。
また、通常業務ではなかなか起きないが、重大な事象(例:事故など)について体系だって学ぶこともできる。日経の記事でも紹介されているが、鉄リサイクルの西日本メタルでは仮想現実(VR)を用いてベルトコンベヤーでの巻き込み事故などを疑似体験してもらう。仮想現実を用いた研修の良いところは、このような実際に体験するには困難な体験が疑似的に学習できることと、試行回数を増やせることだ。
オンラインとオフラインを併用する
コロナ禍によって、新人研修もオンライン化が進んだ。HRプロの調査によるとオンラインでの新人研修は2020年と2021年の2年連続で半数を超えている。日本の人事部の調査では、2022年度の新人研修で73.3%の大企業がオンラインを活用予定だと述べている。
しかし、高い実施率の一方で、オンライン研修に対する人事担当の不安も大きい。約8割の人事担当が不安を感じている。特に、オンラインでは新人同士の横のつながりが醸成しにくかったり、新人の学習姿勢が受け身になってしまうことが課題としてあげられている。
知識や知識の取得、定型的な作業内容の学習ではオンラインで学ぶメリットは大きい。先述の3つの目的でいれば、①の一部分と③はオンラインで学ぶこともできる。中には、自分のペースで動画教材で勉強ができるものなど、オンラインのほうが効率が良いものもある。
一方で、コミュニケーションの取り方や仲間意識の醸成、企業文化の浸透といった、他者のとの協業の仕方や人間関係の構築、企業特殊的技能の取得にはオンラインはあまり向かない。特に、新人が現場を知ることとの相性がかなり悪い。
コロナ禍によって、一気に新人研修もオンラインの活用が進んだ。そして、オンラインの活用は今後も継続されるだろう。これからは、何をオンラインで設計し、何をオフラインで設計するかで新人研修の効果を高めることと「易し過ぎず、厳し過ぎずの塩梅」を調整することが人事担当には求められる。