保育園育児における、子育てはコーチングという仮説

2020年3月31日、長女が保育園最後の登園日。

あなたが生まれたのは、連続真夏日の記録更新中の暑い日で、ママ仕事終わらせないから全然生まれてこれなくて、二日間5分おきの陣痛のあと、あなたの心拍が下がって急遽帝王切開に…なんて、生まれた日から今日までを振り返るのも一区切りなのかな?と思うだけでセンチメンタルが押し寄せてきます。

本人は、さらっと、明日から始まる(始まるの?)小学生生活に希望を膨らませてキラキラしています。保育園のことを思い出せないくらい、これからが全部もっともっと楽しいことばかりでありますように、と、園の先生のどなたかがいつか仰っていたのを思い出す。

ここ1ヶ月、不安になるような毎日ではあるけれど、本当に子どもというのは、希望しかない。お腹に来てくれたときからそれだけは変わらない。

センチメンタルな雰囲気ですが、ここで6年の保育園育児を振り返って気がついたことがありました。保育園に預けて奮闘する日々が続くお父さんお母さん(えらい)はそういうもんかな?と、おうち育児しているお父さんお母さん(えらい)は比較したりなんかして、参考にしてもらえたらというつもりで書いています。

家族みたいなもうひとつの世界、保育園

長女は、1歳10ヶ月でおねえちゃんになった。1歳児クラスに進級した途端、いつも一緒にいたママが入院&里帰り(車で15分の距離ではあったけど)で、環境の激変に調子がだいぶ狂ったと思う。週末は里帰り先の実家でべったり過ごしたが、最初はやはり異生物である弟を警戒していたし、遠慮していて、心苦しかった(娘の前では、私も夫も弟を抱かないようにしていて、退院後10日くらいで「ママ赤ちゃん抱っこしてあげて」といってくれるようになった。長女は素晴らしい母性の持ち主で、あっという間に警戒はしなくなった)。そんなとき励みになったのは、家族とは別の「保育園という世界」の存在だった。

家での時間が激変しても、保育園ではいつもの娘ちゃんとして、なんならおうちで我慢してるからと、ちょっと優先すらしてくれる世界がある。彼女に変わらない時間があることが、本当に本当にありがたかった。1歳児の学年のおわりに転園することになったものの、修了式で先生方に一言伝えようとしたら未だかつてない嗚咽でほぼしゃべれなかったことを今でも覚えてる。

その後、2歳児に上がるタイミングで葉山に引越し、今日まで通っていた保育園に転園。丸4年間を過ごした。6歳の人生の中での4年間、物心ついたときから一緒にいる子どもたちは、こちらから見るとほぼほぼ家族。機嫌がいい日も悪い日も、遠慮なんかしないでなんでも言い合える世界を作ってきたし、娘の頭の中はいつもこの大切な世界のことでいっぱいだ。

最近は友達と話したことや園で起きたことをよく話してくれた。

娘「今日〇〇ちゃんが△△ちゃんのこと仲間に入れないっていってた」
私「ふうん。それきいて△△ちゃんはどう思っただろうね」
娘「悲しい気持ち」
私「そうだろうね。娘はどう思ったの?」
娘「やだなと思った」
私「そりゃそーだよね、どうするの?」
娘「関係なく一緒に遊ぶ」
私「いいじゃん。あと、〇〇ちゃんもなんか嫌なことがあったんじゃないかな?聞いてみたら?」
娘「聞いてみたんだけど怒ってたんだよ」
私「そうかー。じゃあしょうがないね」
娘「でもまた聞いてみる」

という感じ。こうやってやりとりしてみて気がついたのが、子育てはマネージメントのイメージでいたけど、こちらが管理したり誘導することはほぼなく、完全にコーチングをして、彼女の中にある答えを引き出しているだけということだった。まるで、会社という世界にいる社員が、外部からきた人にコーチングされてる、のと同じだなと。

家という母体

娘には、多くの時間を過ごす保育園という世界と、家族という密度の濃い世界もある。平日は家に帰ってごはんを食べてお風呂に入るだけでほとんど寝る時間で、活動している時間でいえば保育園の方が長い。それでも、特に2歳年下の弟、6歳下の弟が生まれて、家族の中でもいつも下を従えているので、関係性も多面的で濃密。

娘は小さい頃から感情の波が立つと止まらない質だったので、いつしか私と夫は、全部先回りしてなるべく波風立てないよううまくやるようになっていた。その方がなんせ早いし、こちらは楽だ。ただ、あるとき気がついた。このままいつも自分のいいようにお膳立てした中で育つと、世の中に出たときにストレスで死んでしまうかもしれない…!

それからというもの、「『お手伝いして』など、ちゃんと口で伝えてくれないと何もわからないよ」といって、察して行動するのを完全にやめた。「ママにも感情があるから、いやなものはいやだよ」と湧き立つ負の感情も、ぶつけるようにした(こちらがむしろ負の感情を出すことに慣れてなく、出したら出したでコントロールが難しい。たまにそこまで言わなくてよかったと思う時もあるのはなんとかしたい) 。色々な人に出会ったとき、家の中でも色んな人がいるのに慣れている。でも言葉で伝えられれば、解決できることが多い、と知っていると知らないでは全く違うだろう。

これからはじまる新しい世界

2歳から一緒に過ごした家族のような友達との日々を終えて、小学校がはじまれば、関わる人が圧倒的に増える。ほぼ家族というような密度ではなくなる。なんでもいえる相手ばかりでなくなることに戸惑うだろう、いってみたけど文化の違いで伝わらないこともあるだろう。

それでも、0歳から家族だけの世界から社会に飛び出し、都度そこで家族のような関係性を作ってきた娘なら、きっとまた、自分の世界を作るんだろう。私も6年かけて、コーチが板についてきた。子育てはコーチング、ということに気がついたのは最近で、まだまだこれから。いいコーチングができるように歩ませてもらおうと思う。

…さて、最後のお迎えいってきます!
今日くらいは、センチメンタルでいさせて!

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翠川裕美( KATALOKooo 代表 )
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