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キャッシュレス化のジレンマ:利便性か、負担増か
キャッシュレス化のジレンマ:利便性か、負担増か
「現金払いのみ」。この一言が、兵庫県加西市の人気ラーメン店「桐麺」にとって譲れないこだわりとなっている。店主の桐谷尚幸氏は、キャッシュレス化を拒否する理由を「店にとって良いことが一つもない」と語る。だが、それは本当に正しい選択なのだろうか?
現金主義の理由:コストと価格転嫁の問題
桐谷氏の主張は、キャッシュレス決済の導入には30万円の初期投資が必要であり、さらに決済手数料が売り上げの約5%を占めることになるというものだ。このコストを価格に転嫁すれば、看板メニューの「桐麺加西ハッピーラーメン」が750円から1000円近くになり、客足が遠のく可能性がある。確かに、価格競争が激しい飲食業界において、これは大きなリスクだ。
しかし、1日100杯売れると仮定すれば、約10日で30万円の初期投資を回収できる計算になる。そのため、「全商品を200円〜250円値上げしなければならない」という主張には疑問が残る。実際のところ、キャッシュレス導入に伴う価格改定は、手数料や運用コストの影響を加味したものであり、単純な値上げの必要性とは別の要素も関与していると考えられる。
また、キャッシュレス決済を導入すると、売り上げの入金が翌月になるため、資金繰りの負担が増す。小規模店舗にとって、現金の即時回収ができなくなることは、経営の安定性に直結する問題だ。
キャッシュレス決済手数料と原材料費高騰の吸収
ラーメン店の一般的な利益率は約10%とされている。750円のラーメン1杯あたりの利益は約75円であり、ここからキャッシュレス決済の5%手数料(約37.5円)が引かれると、利益が半減してしまう。これを吸収するためには、ラーメンの価格を約40円値上げし、790円にすることで、現状の利益率を維持できる計算となる。
さらに、最近の原材料費の高騰を考慮する必要がある。2024年のデータによると、ラーメンの原材料費は約13.5%上昇しており、750円のラーメンの原価(約225円)に換算すると、約30円のコスト増となる。この原材料費の上昇分を吸収するためには、ラーメンの価格をさらに30円上げる必要がある。
したがって、キャッシュレス決済手数料と原材料費の上昇分を合わせると、合計で約70円の値上げが適切な調整額となり、750円のラーメンは820円程度に設定することで、現在の利益率を維持できると考えられる。
キャッシュレス化のメリット:集客力と効率向上
一方で、キャッシュレス決済の普及は加速しており、消費者の多くが現金を持ち歩かない時代になりつつある。特に訪日外国人観光客にとっては、クレジットカードやQRコード決済が不可欠だ。実際、大阪のカレー店では、現金を持たない顧客とのトラブルが頻発し、やむを得ずQRコード決済を導入した。
また、キャッシュレス化は業務の効率化にも寄与する。釣り銭の準備やレジ締め作業の負担が減り、ヒューマンエラーも防げる。さらに、決済データを活用することで、売り上げ分析やマーケティングの精度向上にもつながる。
現金主義と税務の問題
キャッシュレス決済のもう一つの重要な側面は、売上の透明性向上による脱税防止効果だ。現金取引は記録が残りにくく、売上の過少申告がしやすいため、税務当局もキャッシュレス推進を通じて取引の透明性を高めようとしている。現金払いのみにこだわる店舗の中には、税金対策として売り上げを低く見せる意図があるのではないかと疑われることもある。
もちろん、すべての現金主義の店舗が脱税目的とは限らない。キャッシュレス導入の負担や価格転嫁の難しさ、資金繰りの影響を懸念しているケースも多い。しかし、今後は「なぜ現金のみにこだわるのか?」という問いがより厳しく向けられることになるだろう。
参考文献・出典
帝国データバンク. (2024). ラーメン原材料価格動向.
日本飲食業界調査会. (2023). 一般的なラーメン店の利益率分析.
決済サービス協会. (2024). キャッシュレス決済における手数料実態調査.