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こみ入った事をわかりやすく説明するための3ステップ

具象→抽象→具象

会社員をするかたわら、ビジネス関係のテーマで本や雑誌の記事を書いたり、講演をしたりする副業をやらせていただいています。とりわけ輝かしい経歴や実績があるわけでもなく、エリートでも頭がいいわけでもありません。そんな私がそういったお仕事をやらせていただけるのは、私の話が比較的「わかりやすい」からではないかと自己分析しています。その他のことで誇れることがあまりない分、これに関してはちょっと自信があります。長い時間をかけて工夫と失敗を重ねに重ね、現在にいたっているからです。

もっとも、私はもともと、激しくわかりずらい話をし、こみ入った文章を書く人でした。学生の頃から難解な文学や哲学書を読むのが好きだったので、むしろそういう世界の言葉や考え方が自分にとってのスタンダードだったのです。夏目漱石の文学で日本語を学んだ外国人の友達が、時々「畢竟(ひっきょう)」などという言葉を使うのですが、きっとそれも同じ感覚なのでしょう。上司や先輩はじめ周りの人に恵まれていたこともあり、若い頃はそんな個性にむしろ一目置かれていました。あいつはなんだか頭が良さそうだな、と。

ところが外資系企業に転職すると、そんな状況は一気に暗転します。あいつはわかりずらい話をする=ダメなヤツ、という評価が下るようになるのです。グローバル企業には、世界中から色々な文化や思考回路を持った人が集まります。言葉は考えるための道具でもありますので、母語が違うと思考回路も微妙に違ってきたするのです。そんななかで、全員にしっかりと伝わる、わかりやすい話をする能力は、特に管理職やリーダーには必要不可欠です。

上司も部下も同僚も外国人、それもお互い母語ではない英語でのやりとりが主、という環境のもとでは、とにかくわかりやすく物事を伝える必要があります。第二言語なら語彙も限られるので、訳すのは簡単になるかもしれませんが、込み入ったことを伝え合う難易度は逆に跳ね上がるからです。昇進すればするほど、関係者は増えそのバックグラウンドも多様になってくるので、このわかりやすい説明をする能力は一層重要になります。ここにいたって、それまで許されていた私の言葉や思考のややこしさが、完全にお荷物になってしまったわけです。

焦った私は、試行錯誤を重ね、わかりやすい説明の私なりの本質を見つけ出しました。もったいぶらずに結論をいうと、それは以下のステップを踏むことです。

  1. 説明する対象をよく観察する

  2. 説明する対象の骨格を抜き出す(抽象化する)

  3. 相手の立場にたってもう一度具体化しなおす

これだけ言われても、それこそ「わかりずらい」かと思いますので、この先具体例をつかって噛み砕いて説明していきますね。

わかりづらい=相手の視力ではそれが見えない

この1.から3.を、さらに手短に言うと、「実際の猫を見てかわいいイラストの猫を描く」というようなことです。

これを、

こうするということです。

え、どういうこと? という感じですよね。これからしっかり説明します。子供の視力というのは5歳くらいで大体大人と同じになるそうですが、それまではざっくりとしか形がわからなかったり、輪郭がぼやけていたりすることが知られています。幼児向けのキャラクターは、輪郭がはっきりとしており、シンプルな○△□の組み合わせで表現されることが多いですよね。これは、相手の立場にたって(幼児の視力にあわせて)表現が工夫されているわけです。

話がわかりづらい、というとき、問題になるのはまさにこの点です。相手の立場に立てていないのです。例えば、顧客調査の分析結果を上司にレポートする、とします。このとき、その分析につきっきりでたっぷりと時間をかけてる自分と上司では、持っている知識の量が違います。多くの場合上司の担当領域は自分より広いので、前提となる専門知識に差があったりもします。例えば自分が持っている統計分析の基礎知識を、上司は持っていないかもしれません。

つまり、ある一つのレポートに関して、自分が大人の視力を持っているのに対して、上司は幼児の視力しかもっていない、ということがありえるのです。にも関わらず、自分が見たままに、以下のような写実的な猫の絵を上司に見せても、上司はそれをよく理解できません。これが「わかりづらい」ということの正体です。

猫の猫たるゆえん、猫の境界線をクリアにする

それでは、相手(幼児)の視力にあわせて、輪郭をはっきりとさせ、○△□の組み合わせで猫を表現してみましょう。ちょっと描いてみますね。

うん、犬ですね。

ということで、私の画力の問題も大いにあるとはいえ、子供向けにデフォルメした猫を描くのは、それはそれでとても難しいわけです。何が難しいのかというと、猫の本質をとらえることです。ここを外したらもう猫じゃなくなる。逆に、これさえフォローしていれば猫をキープできるという。そんな「猫の骨格」とも言えるものです。猫の絵が猫の絵たるゆえんです。このような物事の本質、対象を対象たらしめる骨格を抜き出す作業こそが、「抽象化」に他なりません。

この抽象化をすすめるうえで大切なのが、対象を深く観察することです。例えば、「ヤバい」という言葉を抽象化してみましょう。つまり「ヤバい」の本質を抽出するのですが、それには色々な「ヤバい」の使い方を、じっくりと観察する必要があります。

  • 新しい○○の映画、かなりヤバいよね

  • 新しい上司かなりヤバい人らしいよ

  • 来週のキャンプ、天気ヤバそうだね

これらをよく観察するに、ヤバいとは「何かの程度が一般的に予想される範囲、あるいはよくある範囲を超えているさまであり、喜怒哀楽を問わない」ということだと考えられます。これが「ヤバい」の本質であり、「ヤバい」を抽象化したものです。具体的な使い方=例文を見ずに、この定義のようなものだけ見ると、何を言っているかよくわかりません。法律の条文みたいですよね。法律の条文がよく解らないのは、このように色々な具体例からルールを抽象化しているからです。

ほかにも、例えば「バーガー」には色々なものがありますが、よくよく観察してみると、「丸く成形したタンパク質を、丸く成形した炭水化物で挟んだもの」と抽象化できそうです。バンズをライスにして間につくねを挟んでも、まだバーガーといえますが、パンを四角くしたら例え中にハンバーグを挟んでもサンドイッチになってしまいます。ここにバーガーの境界線、バーガーのバーガーたるゆえん、つまりバーガーの本質があるわけです。

抽象化した猫を、相手(幼児)の視点でふたたび具体化する

さてここで、もう一度先ほどの猫の写真を見てみましょう。そしてよく観察してみましょう。

茶色い猫とグレーの猫がいますが、当然色の違いは猫の本質とは関係ありません。それでは、ビジュアル的な観点で、この2匹の猫を猫たらしめている本質とは何なのでしょうか。つまり、猫のビジュアルを抽象化するとどうなるのでしょうか。

  1. 顔が横長の楕円(ほぼ円に近い)である

  2. 顔の1/3くらいの長さの耳が2つある

  3. 鼻と口が線でつながっている

  4. 耳と同じか、それ以上の長さのひげがある

  5. 目がふたつあって大部分が黒い

だいたいこんなところだとではないでしょうか。特に、1〜3が重要で、ここを外すと何かの動物だということはわかっても、猫だとわからない代物になってしまうのでしょう(私のイラストのような)。一発で猫だね、とわかるイラストは、これらのポイントがしっかりと抑えています。

つまり、よく描けた猫のイラストは、まず何より猫の抽象化ができているのです。その上で、その抽象化した猫を、相手(この場合幼児)の視点で再び具体化しているのです。これこそまさに、最初に説明した、

  1. 説明する対象をよく観察する

  2. 説明する対象の骨格を抜き出す(抽象化する)

  3. 相手の立場にたってもう一度具体化しなおす

という3ステップスです。

わかりやすい説明は、相手の視点で「具体的」

例えば、担当しているeコマースサイトが売上不調で、その原因の分析と対策を社長にレポートするとします。まずはしっかりと観察=分析し、売上不調の本質をつきとめる必要があります。分析すると、1. 同じ予算でデジタル広告が表示された回数、2.広告がクリックされた割合、3.広告経由で来た人が商品を購入した割合のうち、2と3は変わっていなかったものの、1が大きく悪化していたとします。これを抽象化すると、以下のようになるでしょう。

  1. 来店する可能性があるお客さんの母数↓

  2. 1が来店する割合→

  3. 2が購入する割合→

この分析結果を社長に報告する際に、まず社長の立場に立って考えてみます。広告やデジタル広告には詳しくないとすると、専門用語をさけるべきなのは言うまでもありません。また、例えば社長が現場の叩き上げで実店舗の店長経験が長いとすると、1、2、3のポイントはそれぞれ実店舗の活動に置き換えて具体化すれば伝わりやすそうです。そこで、

「いまは店が面する通りを歩く人の数が減っている状態です。ショーウィンドウを見て入って来てくれる人の割合や、入ってきた人が何か商品を購入してくれる割合は悪化していません。ですので、今必要なのは店内でのセールや販促企画ではなく、通りに人を連れてくるために駅前でチラシを巻くような活動、つまりオンライン広告の強化です。実際、現在は競合店舗がそれを行っており、それで人通りが減ってしまっているのです」

などと説明するのです。

意識することで「頭の筋肉」を鍛える

理解はできた。でも、実際にやるのは難しい。そうだと思います。特に物事の本質を抜き出す「抽象化」は一筋縄ではいきません。これはバットニュースです。一方でグットニュースもあります。この一連の能力は、筋肉のように誰でも鍛えることができる、ということです。そして、お仕事をされている方であれば、職場には格好の練習材料がそろっています。毎日専門のトレーニングジムに通っているようなものです。

ポイントは意識することです。筋トレでも、強化したい部分を意識すると、その部分の筋肉がつきやすいと聞きます。同じように、

  1. 説明する対象をよく観察する

  2. 説明する対象の骨格を抜き出す(抽象化する)

  3. 相手の立場にたってもう一度具体化しなおす

というステップを、意識して説明したり、文章を書いたりすることを心がけてみます。すると、それぞれのステップを担う「頭の筋肉」が強化されていくのです。そう言われて、やってみようとしたものの、手も足もでなかった。。。そう感じたら、まずは3.をしっかり心がけてみるのはどうでしょうか。3.なら特別な訓練はなくても、すぐに取り組むことができるでしょう。それだけで話のわかりやすさは格段に差がつきますし、自分の視点に加えて相手の視点から物事を眺めてみることで、2.であぶり出すべく本質がより見やすくなったりもします。

抽象化の筋肉を鍛えるには時間がかかりますが、それを少しでも短縮するトレーニングとしておすすめなのは、仕事に関連する分野の、学術的な研究書に目を通してみることです。財務経理であれば財務諸表論、広告関係であればマーケティング論など。あらゆる学問は、色々なケース(具象)に共通する本質(抽象)を紐解こうとしていますから、研究書に触れることは、普段の仕事をどう抽象化するか? のこれ以上ない教材となります。

社会がグローバル化し、価値観が多様化し、ジョブ型雇用の普及で職業が専門化するなかで、自分とは立場や視点が違う人とコミュニケーションする機会は、今後いま以上に増えていくでしょう。「わかりやすさ」の前にそびえる壁も、それだけ高くなっていく、ということです。一方で、誰もが日々膨大な量の情報にさらさるなか、「わかりやすさ」に対するニーズは高まる一方です。「こみ入ったことをわかりやすく説明するスキル」は、そんな時代に「生き馬の目を抜く(一気にライバルを出し抜く)」能力となるに違いありません。

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