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【日経_世界経営者会議】アイリスオーヤマから学ぶ多角化戦略のすゝめ

2021年11月9日(火)・10日(水)の2日間にわたって、世界の名だたる企業の経営者が介し、自社の取り組みと将来のビジネス環境について語る『第23回日経フォーラム 世界経営者会議』が開催された。ありがたいことに、昨年に引き続き、今年もオンラインで視聴させていただける機会をいただけた。

そこで、今月は5回にわたって、世界経営者会議での講演内容を題材として、これからのビジネスの変化について考えてみたい。

急成長を遂げるアイリスオーヤマ

日本企業というと、一昔前は高い品質と信頼性が評価され、「モノツクリ」が世界的なブランドとなっていた。今でもそのブランドを維持している産業は多いものの、高度経済成長期に日本の躍進を支えた家電メーカーの国際的な存在感は著しく低下している。

世界のモノツクリは中国が中心となり、革新的で消費者のライフスタイルを変えるような製品はアップルをはじめとした米国のハイテク企業が担っている。そのような中、家電業界で気炎を上げているのが、アイリスオーヤマだ。

東大阪の町工場から始まったアイリスオーヤマ

アイリスオーヤマの歴史を紐解くと、1958年に先代の大山森佑氏が大阪府東大阪市で始めたプラスティック製品の下請け工場である「大山ブロー工業所」を前身としている。創業2年目からは下請けではなく、自社製品の開発に取り組み、養殖用ブイの販売を開始、その後に開発した育苗箱のニーズが多く、1972年、顧客の多くが住む東北地方に仙台工場を建設している。この当時から現在に続く、「顧客の近くで生産し、販売する」という同社の基本方針を見て取ることができる。

同社が大きく成長を遂げるようになった切っ掛けの商品は、1887年に発売したプラスチック製の犬小屋だ。それまでは木製が多く、清潔感のなかったものが、プラスチック製で簡単に水洗いでき、雨風で腐食もないことから大ヒットにつながる。続いて、既存の衣装箱では「セーターを探すのに不便だ」という実体験から、中身を見ることができるクリア収納ケース(1989年)が爆発的な売り上げを見せる。これらのヒット商品がけん引する形で、BtoCのプラスチック製品メーカーとして、業界での地位を確立することになる。この当時(1989年)、本社を大阪から仙台市に移転している。

創業時から1990年代まではプラスチック製品メーカーであったアイリスオーヤマが、現在のような家電メーカーへと事業を多角化していったのには、2つの大きなターニングポイントがある。

1つは、2000年代にLED電球の市場に参入したことだ。ガーデニング商品群の延長でイルミネーションライトを販売したときに、LEDの可能性に着目した。当時、大手電機メーカーが1万円近くで販売していたLED電球を、同社の強みであるプラスチックを活用することで半値に近い価格で販売した。

創業時から、2000年代までのアイリスオーヤマのヒット商品でよくみられるパターンは「既存商品のボトルネックとなる素材をプラスチックで代替して顧客の課題を解決する」ことである。養殖ブイでは、当時よく使われていたガラスをプラスティックに代替した。育苗箱では陶器や木製であったものをプラスチックにすることで、耐久性が向上し、軽量化で使い勝手が良いものとなった。犬小屋も育苗箱と同様に、木製からプラスチック製に置き換えている。クリア収納ケースは、既存製品もプラスチック製だったが、透明なプラスチックで中身の見えないプラスチックを代替している。LED電球では、アルミをはじめとした金属製品を極力プラスチックに置き換えることで低価格を実現した。

しかし、2つ目のターニングポイントから、まったく異なる成功のパターンを手に入れる。きっかけとなったのは、パナソニックやシャープなどの大手家電メーカーのリストラだ。2010年代初頭に、大手家電メーカーが大規模なリストラを相次いで行った。そこで職を失った技術者を積極採用し、2021年には大阪に研究開発拠点を新設した。

そこから、アイリスオーヤマは生活者目線で商品開発をし、それまでに市場にはなかった画期的な家電「なるほど家電」を世の中に生み出している。代表的な製品が、100V電源で動く2口IHクッキングヒーター(2012年)だ。その後、ふとん乾燥機、エアコン、極細軽量スティッククリーナー、サーキュレーター、テレビなど、様々な分野で製品が登場し、今や総合家電メーカーである。サーキュレーターは、講演の中にも出てきたが、米国市場でも人気の高い製品だ。

海外でも「現地生産、現地販売」が基本

アイリスオーヤマは売上推移も順調に右肩上がりにある。2006年には1600億円だった連結売上が、昨年度の2020年には6900億円へと急増し、2022年には1兆円超えを見据えている。その成長を支えるのが、世界規模でのオンラインショッピングモール(Amazon、Walmart.com、wayfair、Baidu、Weibo等)での販売網だ。

アイリスオーヤマの海外展開でユニークな点は、徹底して「現地生産、現地販売」を貫いているところだ。講演の中で、大山会長は「プラスチック収納製品は梱包がかさばるので輸送コストがかかるから、現地生産の方が良い事情もある」と言っていた。しかし、それだけで現地生産を推し進められるほど海外展開は簡単ではない。しかも、日本の「モノツクリ」を海外現地工場で再現することは時間も費用も必要なコストのかかる決断だ。そのため、同社の製造拠点では、極力少人数化し、ロボットによる生産を進めている。そのため、人件費が高く、教育コストも高い欧米でも現地生産を可能にしている。

消費者の目線に立つと、国の違いは気にならない

大山会長の講演の中で、モデレーターの中村氏が「おや?」という好奇心を掻き立てられていた言葉が「生活者の不平・不満は(世界中どこでも)変わらない」である。一般的に、BtoCの製品は国や地域によって消費者のニーズやライフスタイルが変化するために現地化(ローカライゼーション)が重要だと考えられている。その特徴が顕著に出てくるのが食品だ。米国では絶大な人気を誇るルートビアは、日本では一部のマニアしか愛飲しない。しかし、大山会長は、生活者のニーズはデザインやサイズなどの細かい違いはあっても、大きくは変わらないという。

この考えは、経営学の中でもサポートしている理論がある。例えば、デザイン・マネジメントでは、『既存の製品に、これまでにはなかった新しい意味を付与する』ことでイノベーションを興す「デザイン・ドリブン・イノベーション」という理論がある。この理論では、重要なことは見た目のデザインではなく、製品に込められた「意味」であり、その「意味」は国や文化を超える普遍性を持つ。例えば、任天堂の『ファミコン』や『wii』、『swicth』は空前のヒットとなっているが、これらの製品は「家庭での遊戯」の在り方そのものを変えてしまうような新たな「意味」を市場に生み出し、世界的なヒット商品となった。

同様に、マツダのロードスターや80年代に「シーマ現象」を引き起こした日産のシーマで活用された感性工学も同じだ。感性工学では、顧客の感性を刺激するように心理学的な統計データを工学デザインに落とし込んでいく。この感性を刺激する心理的な統計データは、国や地域の影響を受けにくく、顧客を惹きつける魅力となる。

このことは、人間の趣味嗜好やライフスタイル等の個人差は国や文化の違いよりも大きいという心理学的な要素が背景としてある。例えば、日本ではビジョンを提示するような変革型のリーダーシップを発揮する人は米国と比べると少ない。しかし、日本の組織であっても、米国の組織であっても、ビジョンを提示する変革型のリーダーシップが発揮されている部署は高い成果を出す傾向にある。つまり、国や文化の違いによって発生確率は異なるが、有効性に違いはない。同じように、「中身が見える収納が欲しい」と思う消費者は、その市場規模には国ごとの違いは多少あるものの、「欲しい」と思っている顧客はどこの国にも存在する。あとは、その顧客にピンポイントで製品を届けることができると市場が形成される。世界展開しているグローバルECプラットフォームは、このようなビジネスと相性が良い。

1兆円企業を目指して

元々は東大阪の町工場からスタートし、宮城県仙台市という地方都市に本社を構えるアイリスオーヤマは、東京都心に本社を築くことが多い日本の大企業とは性格や素性が大きく異なる企業だ。そのような地方の一企業が、世界市場に飛び出し、1兆円企業に迫ろうとしている。このことは、東京一極集中を課題として持つ日本の地方活性化の成功事例として輝かしいことだ。

同時に、日本のモノツクリが世界でもまだまだ通用することを示してくれている。日本企業のポテンシャルは高く、首都圏か、地方かという地理的要因を問わず、世界市場に挑戦することで成功への道が拓ける可能性を持つ。世界に目を向けると、このように挑戦をすれば成功の可能性がまだまだあるという国は実に少なく、日本は恵まれている。

そして、成功のために必要なことは、奇をてらったり最先端の流行を追うことではなく、自分たちの信念とブレない勝ち筋を見つけることだ。8月に投稿した記事でも書いたが、アイリスオーヤマの経営は、最先端であったり、格別に独自性が高いものがあったりするわけではない。どちらかというと、少し流行よりも遅いくらいの施策や理論が使われていることが多い。しかし、成果が出ている。これは、アイリスオーヤマが選択している施策や制度がアイリスオーヤマのビジョンや文化、進もうとしている事業の方向性と合致しているためだ。

アイリスオーヤマの成功は、私たちに多くのことを教えてくれる。それは、日本企業のポテンシャルの高さであり、信念と軸を持ち、挑戦することで、まだまだ世界市場で日本企業は存在感を発揮できるという可能性の証明だ。ここから、アイリスオーヤマに続いて、多くの地方発大企業が生まれることが期待される。

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