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「定住しない生活」という選択肢の芽生え

新型コロナウイルス(COVID-19)の問題を契機として、これまで住む場所や働く場所を固定してきた私たちの生活に、大きな変化が訪れるかもしれない。そんな動きが顕在化し始めている。

きっかけは、日本でもまた世界でも、ロックダウンやあるいは緊急事態宣言といった形で感染拡大防止を目的に外出が大きく制限されたため、オフィス・仕事場に通えなくなってしまったことだ。

考えてみると、私たちは狩猟生活をしていた時代から農耕中心となり、それが住む場所を農地の近くに固定することになって以来、農業に適した場所を見つけられた人たちは、そこに定住することが一般的になった。日本も、米を中心とした農業を基本として生活が成り立つようになり、それを基盤として農業以外の商業や工業についても定住が基礎となってこれまでの社会が組み立てられてきたため、人々は定住をすることに対して長らく疑問を持たないできた。

ところが、今回のコロナの問題とそれに先立つインターネットの普及によって、私たちは、オフィスに通わなくても、そして、必ずしも同じ場所に住み続けなくても、出来る仕事が少なからずあることに気がついた。それが在宅勤務やリモートワークと呼ばれる仕事への向き合い方だ。

在宅勤務は、決まった場所である自宅からの勤務ということで、厳密には定住と反する言葉ではない。一方、リモートワークとなると、単にオフィスから離れた「リモート」な場所ということしか意味しないので、必ずしも働く場所は自宅でなくてもいい。それはホテルの一室であってもいいし別荘の中でも良いだろうし、あるいは通信の接続が可能なら船の上や飛行機の中であっても構わない。

こうした在宅勤務やリモートワークをすることで、都会に住むことのコストに多くの人が改めて気がつき始めたということも、もう一つの要因だろう。オフィスに通わないのに、通勤の利便性を重視して、狭くて必ずしも環境の良くない部屋に高い家賃を払って過ごすことが、今の状況にあっては理にかなったものにはなっていない。オフィスに通うのでなければ、自分の部屋は寝に帰るだけの場所ではなくなるから、もっと広くて環境の良い場所が求められるのは当然なことだろう。

こうした状況に応えて、様々なサービスが出来てきている。例えば、冒頭の記事でも紹介されている住み放題のようなサービスを使えば、国の様々な場所を住み歩くことが可能になる。それに対応して、住み歩くための交通費を安く済ませられるサービスを鉄道や航空の事業者が提供し始めている。

これまでは、自宅からオフィスまでの近距離を毎日移動するのが「定期券」という名のサブスクであったが、これからはひょっとすると、遠距離の場所間をこれまでの通勤よりは低い頻度で移動する「アドレスホッパー」などと呼ばれる人たち向けに、割安な交通の料金設定が、定期券に代わってに出てくるのかもしれない。これにともなって、通勤手当という概念も変わるだろうし、会社がオフィスを用意する代わりに、ひとりひとりの働き手が自分の労働環境を整備する「オフィス手当」的なものが生まれてくるかもしれないし、現にスタートアップ企業などでは、そうした制度を試行しているところもあるようだ。

もっと進んで、移動手段と住み家をクルマに統合した「バンライフ」に行きついている人たちもいる。

そして、こうした働き方が一般的になればこそ 、VR や AR といった仮想現実のサービスがビジネスに取り入れられていく可能性も一層大きくなるのではないだろうか。


もちろん、長い歴史の間に、定住を基本として組み立てられてきた私たち個人の生活や社会全体が、仮に定住発想から抜けられるとしても、それまでには相当な時間がかかることになるだろうし、そもそもこうした生活の仕方が社会の中で定着するのか、定着したとしても主流になっていくのかどうかは分からない。

COVID-19の問題が収束していない現状では、色々な所を移動して移り住むといっても、感染拡大を防ぐために人の移動は基本的には推奨されているとは言い難いし、特に海外に行くことについては、従来のような気軽さで行ける状態には、少なくても現状はまだそうはなっていない。

こうした状況が今後どの程度の期間続くのか、また再び自由に安く色々な場所に行ける状況が復活するのかといったことにもよると思うが、少なくても1か所に長期の滞在をする「ワーケーション」や、もともとは大学の教員に対して与えらえる「サバティカル」のような制度で、短期間の移動を繰り返すのではなく長期にわたって自宅以外の場所に留まりながら仕事をするスタイルが新たに定着するのであれば、感染が収束せず、移動には一定の自己隔離期間が必要であるとしても、現実的な選択肢になるのかもしれない。

そういう働き方・暮らし方をする人が一定のボリュームになるなら、交通機関のビジネスのあり方や、宿泊施設がどのようにビジネスを組み立てるのか、あるいは、住宅はどのような形態であれば良いのか、さらには、都会と郊外あるいは田舎と呼ばれる地域の役割分担についても大きな変動が出てくるだろう。

家族がいたり子供がいたりすれば、現状ではまだ一か所に定住することを前提に組み立てられている教育のシステムなどがあるため、そう簡単にこうしたスタイルに移行することは出来ない。だが、独身の人や結婚していても夫婦2人だけ、といった人たちから始まって、こうした動きは今後広がっていく可能性はあるのだと思う。

そうなれば、ジョバティカルのCEOが目指すような、旅が日常の一部となる人生も、生き方の選択肢の一つとして当たり前に存在するようになるのかもしれない。


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