日本でのC2Cビジネスの難しさ
メルカリのいわゆる返品詐欺に対する対応について、SNS上で批判が高まったことから、メルカリが対応に追われている。
本当に出品して送られた商品と違うものが返品されたのであれば、これは本質的には返品した人の問題である。ただ、メルカリはこの取引を仲介することで手数料を得ているため、一定のトラブルに対応する必要性があるといえるだろう。
日本では何かトラブルが起きるとすぐに「責任者を出せ」という対応を求める傾向がある。それは、個人の自己責任という発想が弱いことの表れともいえる。
こうした傾向・発想を強く感じるのは、国交省の定める「日本版ライドシェア」についてである。諸外国ですでに普及して久しいライドシェアに比べ、日本ではそこから遅れること10年以上、ようやく国交省が今年になって指針を示してスタートした。しかし、この日本版ライドシェアは、タクシー会社に運行を委ねる仕組みであり、世界で一般的なライドシェアとは大きく異なる。別物である、と言っても過言ではないだろう。
タクシー会社がライドシェアに参加するとしても、どの程度ドライバー・車両を稼働させるかについては、国交省が上限を定めており、さらにその実施判断もタクシー会社に委ねられている。
うがった見方をすれば、タクシー会社が「ライドシェアに参加している」という国交省向け・国民向けの建前を保ちながら、実際には消極的な姿勢を貫く可能性もある。そして、そのような態度が許される仕組みであるともいえる。
日本以外での一般的なライドシェアでは、乗客側の需要が高まれば、それに応じて稼ぎたいドライバーが増えることで、需要と供給のバランスが自然と保たれる仕組みになっている。しかし、日本版ライドシェアでは、どんなに乗客側にニーズがあったとしても、タクシー会社が運行を増やさなければライドシェアが稼働しない。また、国交省がライドシェア台数上限をタクシー台数をもとに設定しているため、需要を満たす運行は実現しにくい。この点で、日本版ライドシェアの制度は需要と供給のバランスに委ねない制度にしているといえる。これについては、過去にタクシー業界が台数を競う競争をおこなった歴史的経緯への監督官庁としての反省があるのかと思う。
先日、この件に関する国交省の担当者の講演を聞いたが、そこで強調されていたのは「安全第一」である。基本的には、二種免許を持ったタクシードライバーが運行するタクシー会社が基盤となり、その上でタクシー会社が安全対策を講じた場合に限り、限定的にライドシェアを実施するという発想の組み立てである。
この仕組みは、メルカリの返品詐欺のようなトラブルが起きにくい点で、利用者に安心感を与えるものではあるだろう。しかし、実感としては、東京都内でも乗りたい時にタクシーがすぐ来るかといえば、コロナ禍前に比べて明らかに空車のタクシーは捕まえにくくなっている。また、日本版ライドシェアの車両を目撃したのは、この制度が始まって以来、私自身1回しかない。
利用者の安全性を守るための規制は、その代償として、利用者が不便を強いられたり、ライドシェアのドライバーが稼ぐ機会を失っているという側面も否めない。とくに、日本人ほどの「安全性」をもとめず、自己責任で利用するという感覚があるインバウンドの旅行者にとっては、世界の多くの国で使えるUberなどの配車サービスで日本ではライドシェアを選択できないことは、旅行者にとっても、また日本の(潜在的なライドシェア)ドライバーにとっても機会損失を招いている、という点は指摘しておきたい。
さらに、二種免許を持った正規のタクシードライバーが必ず安全なのかといえば、残念ながらそうではない。運転中にドライバーが病気で意識を失い、乗客とともに死亡する事故も最近発生している。このような事故は、人間のやることであるから問題は起きる可能性が否定できないのであって、これは二種免許の有無にかかわらず起きるものだ。
こうしたリスクに対し、保険など金銭的な保証がタクシー並みに確保されるのであれば、安全第一を前提にライドシェアの制限をもっと緩めることも可能ではないか。
「責任者を出せ」という感覚が日本人に根強いのであれば、C2C型のビジネスは日本には馴染まないのかもしれない。しかし、世界で普及し、定着しているライドシェアが日本で同じように展開できないのは、何が根本的な原因なのだろうかと考えざるを得ない。
多くのスタートアップ企業は、従来の規制に挑戦し、より便利で安価なサービスを提供しようとしている。しかし、日本の風土が自己責任を前提としたサービスに馴染まないのであれば、スタートアップの成長余地は大きく制約される。これは、スタートアップを通じた地域振興を目指す日本政府・経済産業省の取り組みと矛盾してはいないだろうか。
いずれにせよ、民意を背景にした規制の正当性をいう監督官庁の姿勢があるかぎり、日本の多くの人々がC2C型サービスをどのように捉えるかが、規制緩和の重要な前提になるのだろう。急に意識が変わることは難しいかもしれないが、それだけに、スタートアップビジネスの成長という観点から見ると、日本は難しい土地であると改めて感じる。