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円高と植田発言の読み方~チャレンジンショック~

チャレンジングは「挑戦的」か。「困難な」か
12月7日のドル/円相場は一時141円台後半と4か月ぶりの安値まで急落しました。植田日銀総裁の参院財政金融委員会における発言がトリガーになっているのは間違いなさそうですが、米11月ADP雇用統計の弱い結果やIMF高官による日銀への利上げ要請とも取れる発言など、短期間に複数の円買い材料が重なり、アルゴリズム取引を巻き込んだフラッシュクラッシュに至ったと考えるのが妥当と思われます:

同じ期間、日次で確認できるICEのドルインデックスはさほど下落していないことから、今回の動きは円を対象とした投機的取引であった疑いは強い。これほどの値幅を持った動きが持続力を持つことはないだろう。
チェックすべき論点は多いが、やはり注目は7日の参院財政金融委員会において植田総裁が「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と述べたことの真意である。新聞各紙はこの「チャレンジング(challenging)」を「挑戦的」と訳し、来たるべきマイナス金利解除に備えた意気込みのように報じた。その結果が円高に象徴される金融解除相場である。しかし、普通、「チャレンジング(challenging)」は「困難な」や「難しい」と訳すものではないか。実質実効ベースでの歴史的な円安水準に加え、原材料価格はピークアウトしてはいるものの高止まりしている。結果、日本経済の交易条件を悪化せしめる状況は当面続きそうであり、日銀が正常化に求める実質賃金上昇も多くを望めない。このような厳しい状況を「チャレンジング(challenging:困難な)」と表現したのではないか。だとすれば、それはごく一般的な心境を吐露したまでであり、解除相場は勘ぐり過ぎにも思える。もっとも、植田総裁が発言する前日(12月6日)には氷見野日銀副総裁も緩和解除による実体経済への悪影響は限定的であるかのような発言をしていたので、今月18~19日会合がXデーになるのではないかとの思惑も分からなくはない。
 
セリングクライマックスになりやすい状況
 2024年のドル/円相場見通し概観は別途に機会を設けて議論させて頂くが、今のところ「欧米中銀は利下げ、日銀は利上げが注目される年。だから円高になる」という言説が非常に多いようだ。細かい事実を捨象すれば確かにそうかもしれない。だが、もう少し解像度を上げれば「欧米中銀の利下げはいつになるか分からない、日銀の利上げはあったとしても1回」というのが実情に近いだろう。それだけで円高が持続するのだろうか。本稿執筆時点で最新となる11月28日時点のIMM通貨先物取引に映る円ショートの規模は今次局面の最高水準にまで積み上がっており、何かを契機として利益確定が必要な状況でした:

その契機が今回のチャレンジング発言や米経済指標の悪化、もしくはIMFからの利上げ要請であったということではないかでしょうか。その材料全てが1~2日のうちに集中したことも値幅を大きくした原因かもしれません。

2024年に円安がピークを打つこと自体、筆者も異論はありません。しかし、1か月弱で10円近くの円高を正当化する材料は乏しいでしょう。得てしてフラッシュクラッシュはセリングクライマックスになりやすいことにも留意したいところです。もっとも、12月18~19日に日銀会合が控えている以上、ここから改めて円売りを積み上げるにも勇気を要する状況であり、答えが出るまでは円買い優勢の時間帯が続きやすいと考えられます。
 
1998年の巻き戻しと比較する愚

なお、1998年8月から10月の2か月間、円キャリー取引の巻き戻しで2か月間のうちに約145円から約115円まで30円近く巻き戻された例を持ち出す論調も早速あるようですが、これは浅薄な議論です。1998年は日本の金融危機直後で長期停滞が始まった時期とも言われますが、貿易収支で見れば史上最大を記録していたのが1998年(約+14兆円)でした。

円キャリー取引によって膨らんだ「投機の円売り」が「投機の円買い」に転じた上、貿易黒字に象徴される「実需の円買い」まで盤石だったのが1998年であり、結果として「投機の円買い」の影響が増幅されやすい状況にありました。2007~08年の金融危機を皮切りに始まる超円高局円も同様で、2007年までの日本経済は円安バブルという言葉が出てくるほど貿易黒字という形で円安の恩恵にあずかっていました。そうした実需の素地があったからこそ、あれほどの震度で円高が発生したのではないでしょうか。

これに対し、過去10年で日本は貿易黒字を失いました。それでも1998年や2007年以降と同じような値動きを当てはめようとするのは正しい分析態度ではない。過去のnoteへの寄稿でも言及している事実ですが、2013年以降、日本はヒステリックな円高を経験していませんが、それはちょうど日本の貿易黒字が消滅した時期と符合します。単純で当然だが重要な事実に思えます:

もちろん、フェアバリューの無い為替の世界においてあり得ないことはあり得ないでしょう。追加的なショック(例えば米国における金融危機など)が重なり、米利下げ観測が急浮上した場合などは筆者の想像を超えて円高(120円割れなど)もあり得ます。しかし、150円付近が140円付近に巻き戻っただけで超円高が復活したかのような騒ぎになる現状こそ、円の価値が過去2年で著しく減じられてしまった事実を示していると感じます。

なお、議論は別の機会に譲りますが、こうして名目ベースで円高になったとしても、諸外国との物価・賃金格差が残存するため実質ベースでの円安は殆ど修正されていない状況は厳然とあります。それこそ「安い日本」を考える上での根幹であることも忘れてはならないでしょう。この点についても、別途機会を設けて論じさせて頂ければと思います。

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