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漫画AI翻訳、現場の意見は反映されているのか?

日本では今年に入り漫画にAI翻訳を活用し、海外展開を加速させるというニュースが増えています。各国語に翻訳する翻訳者は日本国外/現地在住の非日本人の翻訳家の場合が多いようです。彼らの意見は反映されているのでしょうか?翻訳家の協力や理解なしでこのまま進めても大丈夫なのでしょうか?

今回はこういった危惧を念頭に欧州の漫画/アニメ/ゲーム分野の翻訳家に匿名を条件にアンケート調査に協力してもらいました。

回答を得たのは2名。便宜上、Aさん、Bさんとしておきましょう。

二人には以下の日経新聞の記事2本を読んでもらい、以下の2つの質問に答えてもらいました。

1)どの程度、AI翻訳活用による高速化は現実的なのか?
2)AI翻訳活用といった傾向をどう思うか?

まずはAさんから。Aさんは5年以上のゲーム翻訳、5年弱のアニメ字幕翻訳の経験があり、今回はアニメ・マンガ分野で5-10年の同業者の経験をまとめてくれました。(全文を掲載するのは多すぎるのでかいつまんでご紹介します)

「最大1ヶ月」を要するという漫画翻訳ですが、ドイツ語の場合は2週間程度。AI翻訳を加工する場合、通常の翻訳に比べて時間がかかります。AIは模倣することはできますが、自分で考えることはできないとAさんは指摘します。訳文の意味を検証し、原文と比較する作業は非常に手間がかかります。そして、報酬は「AI翻訳により作業量が減少する」ことを理由に減額される傾向にあります。
AIは例えばSNSなどからデータを収集し、これには差別的表現なども含みます。画像認識AIは漫画の翻訳分野でも開発が進んでいますが、AI翻訳に欠けているのは創造性です。文化的な比喩や言葉遊び、嫌味や皮肉、造語などは苦手です。日本語は文脈に依存することが多いため、西洋の言葉に翻訳する場合は文脈を補う必要があります。また、読者がAI翻訳の品質に満足しなかった場合に海賊版に戻ることも考えられます。Aさんは次のように締めくくります。「芸術は人間の心によるもので、人間の心を動かします。機械による形式と可能性だけを記述した翻訳は、感情と思考を作品に詰め込んだ作者を侮辱するものです。」

Bさんはフランス語の翻訳家で、アニメの字幕翻訳で30年ほど、ゲーム翻訳で20年近くの経験があります。

記事に登場するMantra社の文字認識の性能は懐疑的で、校正に時間がかかるため時短には結びつかないと考えます。「ある問題にたいしてありとあらゆる答えを当てずっぽうに出して、いちいち人間に確認させる」ものだと。産業用の文書にように翻訳してしまうと訳に個性がなくなると懸念します。また、報酬については大手企業からの提示額が低すぎて生計を立てることができないため、断っています。AI翻訳の活用は、海賊版対策や時短化よりも単なるコスト対策だと考えています。AI開発への投資よりも、翻訳家の報酬を引き上げるほうが結果的に安くなるとBさんは提案します。
(筆者:具体的な企業名と単価が挙げられていますがここでは伏せておきます)

現場の意見とどう向き合うべきか?

今回のアンケート結果は極々一部の意見に過ぎないかも知れません。ただ、日本の報道を見ていると、メリットばかりが持ち上げられる一方で、そもそもアニメや漫画分野における翻訳報酬の低さの問題はあまり取り上げられません。筆者はAI翻訳の開発を否定しません。ただし、導入することで仮に報酬単価が下がったとしても量でカバーすることで、最終的には収入が増えるといった海外の翻訳家にとってのメリットは必要だと考えます。こういった日本の出版社と現地の翻訳家との意思疎通がしっかりできているのか、疑問に感じています。

翻訳家の単価がさらに安くなった結果、誰もAIの出力結果を修正しなくなって粗悪品が流通し、海外展開に水を指すような未来が訪れてしまうのでしょうか?筆者の杞憂に過ぎないことを望むばかりです。みなさんはどう思われますか?

最後に、今回のアンケートに協力してもらったAさん、Bさんに感謝いたします。ダンケ!


(蛇足:なお、翻訳家の翻訳には政治的に偏ったものがあると事例を挙げてAI翻訳の導入を支持する人がいますが、これは品質チェック担当者の不備だと思われるので論外とさせてください。


タイトル画像:ドイツで翻訳、販売される日本の漫画。筆者撮影。なお、当該作品がAI翻訳されているという意味ではありません。



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