一生働けるスローな会社に 〜 #一緒に働きたい60代社員とは?
(Photo by Lisa Wall on Unsplash)
イノベーションを起こそうとがんばっている、あらゆるビジネスパーソンに伝えたい、「ファストをめざせばめざすほどイノベーションから遠ざかる」ということを。なぜなら、3年以内に大きな市場が見込める事業計画を作れるなら、それはイノベーションではないからだ。市場を見るのをやめない限り、イノベーションに近づくことはできない。遠回りに見えても、市場や業界の常識にとらわれず、「どうしても解決したい社会課題」を設定し、今までと異なる人とつながり、異なる発想で解決策を生み出し、社会課題解決を見届けるまで改善を続けること。それが、「スローイノベーション」であり、結果としてイノベーションへの近道になるのだ。
ファストとスローの対比は、ファストフードとスローフードに起源がある。ファストファッションに対してスローファッションという表現もある。ファストが大量生産、使い捨てになりやすいのに対して、スローはオーガニックな素材を使ったり廃棄をなくしたりと、人にも地球にも配慮したライフスタイルを意味する。イノベーションにこれを当てはめると、ファストイノベーションが市場での短期的な成功をめざすのに対して、スローイノベーションは多様なステークホルダーとつながり、長期的に地域や社会を本質的に変えていこうという取り組みである。
本稿では、私自身の経営するSlow Innovation株式会社が実践する、「スローイノベーションに取り組む会社」とはどんな会社なのか、ということについて触れてみたい。「スロー」に働く会社の特徴を改めて整理してみることで、日経COMEMOからもらったお題、「#一緒に働きたい60代社員とは?」に答えていこうと思う。
スローな会社の特徴(1):売上計画レス
まず、こだわっているのは毎年の売上計画をつくらないことだ。売上計画をつくると、経営管理はしやすい。人員計画、投資計画などもできるし、マーケティング計画も立てやすい。さらに、人事評価も目標管理がしやすくなる。
だが、経営しやすければいいのだろうか?
売上目標を達成しようとすると、どうしてもファストな意識になりやすい。社員同士も「今年の売上、行きそうだね」といったコミュニケーションが優先される。
スローを標榜する会社は、「つながりに投資」すべきだ。つながりへの投資は、売上に直結するわけではない。逆に直結したら、これは単なる営業活動である。つねに面白いことを探していたいし、地域や社会とのつながりを大切にするから、何か面白いことに誘われたら断りたくない。予定通りやるよりも、縁で仕事を広げていきたい。
ファストイノベーションが短期的に収益を得る新規事業をめざすのに対して、スローイノベーションは、SDGsのような長期的視点で、より広いつながり(ステークホルダー)を大切にして、社会を少しずつ時間をかけて変えていくことをねらいとする。そのやり方が、短期的には遠回りに見えても、長期的には社会変革を「早く」起こすと信じている。
次の記事にある、「老後の資産形成にESG投資が増えている」というのが、まさにスローイノベーションの方が長期的には利回りがいいと信じてもいい、一つの現象だと思う。
スローな会社は、会社全体として強いビジョンと目的をもって活動しているのはもちろんのこと、一人ひとりの社員や外部パートナーたちも、それぞれ強いビジョンと目的をもって動いている。会社のビジョンへの強い共感に基づき、活動目標は一人ひとりが自分で決める。側から見たら遠回りのことでも、本人が決めてどんどん進める。周囲に働きかけ、共感して協力し合う。
こういう話をすると、「おいおい、それは理想かもしれないけど、売上計画がなければ社員を食わせていくことはできないんじゃないの?」と心配してくれる友人は多い。
そこで必要になるのが、第2の特徴、「人事制度レス」である。
スローな会社の特徴(2):人事制度レス
会社に売上計画が必要なのは、固定費が多いからだ。もし固定費を極限まで下げることができたら、極論、売上がなくとも潰れない会社をつくることが可能だ。
そのためにスローな会社がやるべきことは、「社員共通の人事制度が必要だ」という思い込みを捨てて、「一人ひとりの社員と個別の契約を結ぶ」ことだ。つまり、社員も外部パートナーも同じで、「どんな仕事をどのくらいのフィーで行い、成果が出るとどう報いるか」を個別に決めて、毎年契約するのだ。この背景にあるのは、「この会社では、本人がやりたい仕事だけをいきいきとしてくれればいい」という想いだ。
「社員を雇う」のではなく、「社員がやりたいことをやってもらうための契約」を結ぶイメージだ。この会社でやりたいことが十分な利益を出せるならば、それに合った報酬で契約できるし、利益があまり出なくてもやりたい仕事であれば、報酬は少なく抑え、複業でやってもらうというオプションも提示する。
次の記事で安田氏は、コロナ禍は「学生にとっても会社員にとっても、すでに時間と場所に制約される必要がなくなった」ことを知らしめたと言う。始業時間に学校やオフィスに来ることや、机にしがみついて座っていることには、もうなんの意味もないことが分かったのだ。
それでも私たちは校則や就業規則を法律のように守り、横並びの評価で受験や出世の競争を煽られながら、安定した老後をインセンティブに、生産性も創造性も低い仕事を続けていくのだろうか。
スローな会社は、もちろんそうは思わない。
働く人には、自分のやりたいことを適切な報酬を得ながら、ときには複数の会社との契約のポートフォリオで収入を安定させながら、ときには収入のへこみをコミュニティ内でのシェアで補いながら、想いを持って、豊かなつながりの中で仕事をしていってほしいと願う。そのために、スローな会社は多様な契約形態を用意して、契約相手(これまでの正社員・契約社員・パートなど)とフェアに話し合い、お互いが納得する契約をする。これは、スローな会社がステークホルダーとの関係性を大事にするプロセスと同じで、相手を大切に考え、対話し続けることが最も大事なことなのである。
実は、このような人事制度レスの会社という考えは荒唐無稽というわけではない。日本の企業の間では「ティール組織」と呼ばれる、階層などをなくしたフラットな進化型組織が広がりつつあるのだ。
組織階層をなくしたり、給与を自己申告するようなスタイルを一気に全社に導入することは現実的でないため、「両利きの経営」と呼ばれるスタイルで社内の一部の部門だけをティール組織として運営する会社もある。
スローな会社の特徴(3):年齢を気にしない、エイジレス
一律の人事制度がなくなると、当然のように定年という概念がなくなる。会社がスローになっていけば、社員が会社に人生を預けてしまうわけではなくなるので、「生活給」という終身雇用を前提とした「若いから給料が安く抑えられる」という非合理な考えもなくなる。
そもそも役職定年や再雇用という、年齢でその人の価値を判断する制度は、「給料は年齢とともに上がっていくもの」という生活給の考え方と、「少子高齢化」のはざまで生まれた矛盾の結果だ。スローな会社は、年齢を気にしない。当然、新卒とか中途という概念もない。そもそも、社員の年齢を知っている必要もなくなる。(年金保険の支払いには必要だが)
真のリーダシップを持つ60代社員に
「スローな会社」は、売上目標レス、人事制度レス、エイジレスによって、「誰もが自分らしくいられる場所」にもなるだろう。そこで重要なことは、「働く個人が、お互いを尊重しあい、つねに学び続ける意識と行動」であろう。これこそが、真のリーダシップではないだろうか。
このようなリーダシップを「スローリーダシップ」と呼びたい。
そして最後に、「#一緒に働きたい60代社員とは?」に答えたい。それは、「何歳であっても一緒に働きたい社員は、相手を尊重し、つねに学び続ける意識と行動を持つ人」、つまり「スローリーダシップのある60代社員」とであれば、心から一緒に仕事をしたいと思う。
60代社員になっても、真のリーダシップである、スローリーダシップを持ち続けたいものである。