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フェイスブックとアップルの戦いに広告業界は戦々恐々…しかし。

iOSのアプリがユーザーの行動を追跡する場合、事前の許可が必要という厳しい制限が課されることになりました。これを発表したアップルに対して、フェイスブックが猛然と反発しています。なぜならユーザーの行動履歴や属性にもとづいたターゲティング広告が困難になり、売上をこの種の広告に頼っているフェイスブックにとっては死活問題だからです。

「我々はあらゆる場所で、中小企業のためにアップルに立ち向かっている」「中小企業が消費者に効果的に接触するのを制限するものだ」とフェイスブックは、中小企業の味方だとアピールしているようです。いっぽうでアップルは、消費者のプライバシー保護を盾にしています。

アメリカではプライバシー保護の機運が

背景には、米国でプライバシー保護の世論が高まってきたということがあります。きっかけになったのは2018年に発覚したケンブリッジ・アナリティカ社事件でしょう。フェイスブックで収集した膨大な個人情報を解析し、2016年の大統領選でトランプ陣営のために活用していました。この事件でフェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグは議会の公聴会に呼ばれ、長時間にわたって厳しい批判の言葉を投げつけられています。

2018年のこのあたりから、米国の世論はプライバシー保護に大きく傾いていった印象があります。加えてGAFAと呼ばれる大手ネット企業に富と権力が集中していることへの反発が強まり、国家がデジタルにおける支配権をネット企業から奪うべきだという「デジタル主権」などの概念も登場してきました。

この流れのひとつに、グーグルがブラウザ「クローム」でのサードパーティCookieサポートを終了するという話もあります。Cookieはユーザーの情報をブラウザ内部に保存しておき、閲覧履歴をターゲティング広告などに活用するというものです。昔から広く使われている技術ですが、だれかのCookieをサイトの側が自由に利用できてしまうことは、以前から問題視されていました。これにプライバシー保護の流れに乗った米政府も注目するようになって、グーグルが抗しきれなくなって対処に踏み切ったということでしょう。

ネット広告業界は戦々恐々

さて、この一連の流れがいったい何を引き起こすのか。いちばん戦々恐々となっているのはネット広告業界です。

なぜならネット広告はこの10年あまり、広告配信をテクノロジーによって最適化するアドテクによって成長してきたからです。従来の広告よりも効率がよく、広告効果も数値で見やすいため一気に広まったのですが、いっぽうで広告というもの自身を毀損してきたんじゃないかと、以前から批判もされています。

なぜなら広告はターゲットしたユーザーに自動配信されるので、消費者はあくまでも数字として扱われるだけ。広告主から消費者の顔は見えないし、自分の広告がどのメディアに配信されているのかもすぐにわからない。だから質の低いメディアに広告が載ることで、企業のブランドイメージが悪くなってしまう危険が指摘されてました。逆にメディアの側にもブランド既存の危険性があります。怪しげな広告が勝手に掲載されるので、せっかくの良質な記事が怪しげに見えてしまうのです。

消費者はネット広告にうんざりしている

消費者からも、イメージはよろしくありません。どんなウェブサイトに行っても同じような広告ばかりが配信されてきてうんざり…というのは多くの人が経験しているでしょう。50代の私がウェブを見ると、毛生え薬とメタボの広告ばかりです。さらに個人を追跡するということにも反発を感じる人が多いと思います。いくら愛着のあるブランドであっても、そのブランドの広告がどこまでも自分を追いかけてくるのはちょっと気持ち悪いし、それ以上見るのが嫌になってしまいます。

それでもなお、アドテクは進化し広まり続けてきました。それはなぜかといえば、これが迷惑メールと同じような原理に則っているからです。Gmailの迷惑メールフォルダを覗いてみると、アマゾンからの偽メールなど怪しげなものが大量に送りつけられています。「こんなもの誰が信じるんだろう?」と思いますが、それでも迷惑メールがなくならないのは、たぶん100万人に1人ぐらいはうっかり信じ込んでお金を払ってしまう被害者がいるからです。メールの配信コストなどたかがしれているので、そのぐらいの確率でも収益が立てば迷惑メール詐欺は成立してしまう。

今のネット広告は迷惑メールと同じだ

極論を承知で言えば、アドテクもそれと同じような原理です。ひとりひとりの消費者への効果はあまりありませんが、個人の行動履歴や属性に最適化して大量に配信すれば、そこそこの人数には効果が出る。だからなくならないのです。

くわえて、アドテクを超えるような良質で効果のあるネット広告が今のところ存在しない、という大問題もあります。メディアの側から見ると、良質な記事を配信してそれに対して適切な対価を得られればそれでオーケーなのですが、その対価を得るのが難しい。新聞などはこぞって有料会員制度にしましたが、日経新聞など専門紙をのぞけば会員数で苦戦しているのが現状です。

となると、アドテクで配信されてくる広告を掲載して手っ取り早く目の前の広告売上に頼るしかない。そうすると売上はいちおうは立つけれども、記事一本一本に予算は増やせないので、どうしても薄利多売になってしまう。

本当の「つながり」が数値化されていない問題

この問題の背景にはもうひとつ、広告効果の「なに」を数値化できているのかという根本的な、そして現在もなお乗り越えられていないハードルがあります。いまのアドテクはリーチ(何人のユーザーに届いたか)やフリークエンシー(一人のユーザーが何度見てくれたか)、CTR(広告を見てクリックしてくれた人の割合)やコンバージョン(広告を見て購入などのアクションを起こしてくれた人の割合)などの数値しか見ていません。

でも良質な製品をつくっているメーカーやお店だったら、そういう数値よりも「どのぐらいの数のお客さんが私たちの店を愛し、その愛の深さはどのぐらいなのか」ということを知りたいはずです。これをエンゲージ(つながり)とも言いますが、いまのネット広告のエンゲージは「いいね」やシェア・フォローの数を見ているだけです。しかしぶっちゃけて言うと、そんなものだけで愛情が測れるわけがありません。

安売り合戦しているお店同士の競争みたいな世界なら、アドテクの出してくる数字だけでも大丈夫なのかもしれません。しかしいまの成熟した日本社会ではそういう消費ばかりではなく、つながり消費や応援消費などの価値もとても大切にされるようになっている。コロナとともにその傾向はますます加速していくのではないかと私は予測しています。日用雑貨や日々の食材はともかくも、それ以上の消費をするときには私たちはコロナ以前よりもずっと慎重になっているし、せっかくお金を使いたいのならより良い人間的価値を得たいと願うようになっていると思うのです。

しかしアドテクの世界では、そういうつながりや応援や人間的価値などはまったく顧みられず、すべては広告ネットワークの中を流れる単純きわまりない数値に帰せられてしまっています。「数字の呪縛」に囚われてしまっているのです。

今こそ「数値の呪縛」から逃れる転機である

アップルやグーグルがターゲティング広告離れの方向へと舵を切り始めていることで、窮地に立つ広告企業もたくさん出てくるでしょう。ユーザーの個人情報を使ったアドテク以外に可能性が見いだせない現状では、フェイスブックの言うように販路を閉ざされてしまう中小企業もででてくることが予想されます。

しかしこれは、ネット広告がより良いものへと変化するチャンスでもある。広告主と消費者、メディアがもっと本質的なエンゲージを持つような方向へとテクノロジーは進化していくべきだと思うし、今回の変動はそれを模索できる大いなるタイミングだと私は考えています。

たとえばネイティブ広告の地平は、まだまだ広いと私は考えています。いまだ昔の雑誌時代のタイアップ広告とかステマとかと一緒くたにしている人もいますが、良質な記事や動画を広告主のスポンサードで提供していくという可能性は、広告主と読み手とメディアの「三方良し」を実現することができるはずです。そういう意味で、ネイティブ広告は従来の広告とは一線を画した、かつての企業のメセナ(文化・芸術活動)に比して検討されるべきモデルではないでしょうか。

ネイティブ広告だけではありません。広告主とメディア、広告企業が広告の可能性をさらに押し広げていくことによって、「数字の呪縛」から逃れ、そこに良い関係性をつむいでいくことができるのではないかと思うのです。だから今回のアップルやグーグルの措置は破壊かもしれませんが、新たな可能性を生む創造的破壊になってくれることを期待しています。

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