試される中国、「双循環」の本気度
剥落する元高要因
今年の為替市場において注目ペアはドル/人民元だと筆者は考えています。人民元の動きからドル相場の潮流を捉え、ドル/円相場への影響を議論することが重要と考えます。2020年、ドルは名目実効為替相場(NEER)ベースで▲4.1%下落しましたが、そのうち▲1.6%ポイントが人民元上昇によるものでした。円も▲0.4%ポイントと小さくない寄与度でしたが、やはり人民元の寄与度からすると見劣りします。今年も人民元はドル安を駆動する存在として注目されるのでしょうか。
2020年の人民元上昇の背景は大別して3つあったと思います。まずは①潤沢な経常・貿易黒字(需給)、次に②拡大した米中金利差(金利)、そして最後に③バイデン政権の誕生(政治)による米中関係への改善期待です。こうした需給・金利・政治といった3つの側面から人民元が買われる理由があったというのが筆者の基本認識です。しかし、2021年、これら3つの要因がそのまま残ることはないでしょう。まず、③については今後、期待の剥落が不可避です。トランプ政権ほど先鋭化したものにはならないでしょうが、米国の対中政策が明確に軟化する可能性は決して高くありません。2月4日、バイデン大統領は就任後初めて外交政策について国務省で演説し、米国の国益に資する分野では中国と協力すると述べつつ、「重大な競争相手」と呼んで対抗姿勢も強調しています:
演説では、中国への厳しい姿勢は人権や領土に係る問題のほか、知的財産権侵害を通じて「米国の繁栄や安全保障、民主的価値観に挑戦している」ことに由来するものと言及され、それゆえに「直接的に対抗する」とまで言い切っています。中国もこれに呼応するように警戒を強めています:
米国の対中姿勢が軟化するという期待が昨年の元高にどの程度寄与したのかという定量化は難しいが、今後は徐々に剥落する公算が大きいでしょう。
次に②の金利については2021年、米国を中心として先進国経済が復調する伴い名目金利が浮揚してくるというシナリオは巷説で指摘されている通りであり、筆者も同意見です。既に米中10年金利差は昨年9月時点で250bpsまで拡がっていたものが、足許では200bps前後まで縮小しており金利面で人民元がドルよりも優位に立つという姿は薄れています。こうした構図は2021年を通じて一段と強まってくると考えます。これも元高を抑制するでしょう。
元高で試される「双循環」の本気度
最後に①の実需要因に基づく元高も、②や③と同様、2021年は薄れていくと考えています。昨年10月、中国共産党の重要会議である第十九期中央委員会第五回全体会議(五中全会)では、内需主導型発展モデルへの転換を目指す新政策「双循環(デュアル・サーキュレーション)」が全面に押し出され、「百年に一度の大変革期」が謳われました。双循環を軸とする5か年計画は以下の記事がポイントをまとめてくれています:
「双循環」の「双」は内需と外需を指しており、互いを好循環させて高成長に繋げる政策思想だとされます。この思想の発端は米中貿易摩擦を経て輸出主導型の成長モデルが危うくなったからだと言われていますが、その本気度は元高に対する政策当局の動きで判断することになります。従前以上に内需を尊重するのであれば国内の購買力向上を企図して元高容認(というよりも元高への誘導)に舵を切るでしょう。
この点、昨年からの人民元の騰勢を見る限り、その変革が進められているように見えます。しかし、内需主導を念頭に置いた「双循環」が本当に問われるのは元高で輸出が目に見えて減速し始めた時でしょう。今のところ、元高によって外需が毀損する兆候は見られていません。2020年の中国の貿易黒字は5350億ドルと過去2番目の大きさを記録し、輸出に至っては前年比+3.6%の2兆5906億ドルと過去最高でした。過去1年で元高の痛みを感じるには全く至っていないのが実情でしょう。しかし、これは新型コロナウイル感染拡大が陰に陽に中国輸出への需要を高めた結果であり、一言で言えば特需の結果でもありました。マスクや防護服など感染拡大と直接的な因果のある財はもちろん、ノートパソコンなど在宅勤務関連の電子端末も多くは中国発であり、こうした特需の存在がトランプ前政権に課された制裁関税を相殺したとされます(そもそも医療品は制裁関税の適用外です)。:
また、こうした品目別の議論は別にしても、新型コロナウイルスにいち早く倒れ、いち早く回復したという中国の立ち位置を踏まえ、世界経済が停滞する状況下、中国からの輸出に依存せざるを得ない国が多数存在したという事情もありました。こうした一種の代替需要も特需を構成したと考えられます。ですが、2021年に同様の特需を期待するのは難しいでしょう。そもそも元高が輸出に全く影響しないとは思えません。中国の輸出は元相場の動きに半年から1年程度遅れる格好で反応する傾向にあります。経験則に倣えば、過去1年の元高はこれから輸出抑制に効いてくる可能性が見込まれます。そのような動きを目の当たりにしても「これからは内需主導に切り替える」という大義と共に元高を容認できるかどうかが注目点となります。
一朝一夕に内需主導型には変われない
「双循環」はあくまで外需と内需の双方が重要という話であり、過度な通貨高はやはり容認されないと筆者は考えています。もちろん、時間をかけて通貨高を受け入れられる体質に変わっていくことは十分考えられます。しかし、昨年10月に内需主導の成長を謳ったからと言って、一朝一夕に構造転換が図れるものでしょうか。昨年10月というタイミングでは中国人民銀行(PBoC)は人民元売りに対する規制を2年ぶりに撤廃し、日中基準値の設定に関しても逆周期因子(元安を抑止する運用措置)の見直しも発表されました。元高を気にしないのであればこのような政策を取る必要はないはずです(もっともこの動きは五中全会以前の話ではありますが)。
慢性的な円高に苦しんできた日本でも「これからは内需主導だ」という掛け声が繰り返されてきました。しかし、既に円安が輸出数量を増やさなくなった今でも円高恐怖症は拭えていません。トップダウンで為政者の意向を初志貫徹させやすい中国と日本を単純比較すべきではありませんが、元高容認にも限度はあるでしょう。上述したように、米中対立がバイデン政権の下でもクローズアップされるような時間帯が増え、統計上、輸出の減速が確認されるようになれば、やはり人民元の上昇はけん制され、それ自体がドル高への巻き戻しを招く可能性があるのではないかと筆者は考えています。
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