二足(以上)のワラジを履く人(複業人材)が必要とする2つの納得感
ちょっと前の「働き方改革」が、おおかた残業時間抑制に焦点が当たっていたところから少し進んで、自社の従業員に副業を解禁するだけではなく、社外から副業人材を受け入れるという動きも広まってきた。
このライオンの副業人材公募が「はしり」の動きであったように記憶しているが、その後各社が追随し、たった5ヶ月ほどの間に特段目新しい施策とも言えないくらいに広がりを見せている。
こうした動きは、少子高齢化で働き手が今後不足する中では当然といえば当然な動きであると思う。
また、日本経済が低迷を続けてきており、時代の変化に日本の多くの企業が(遅ればせながら)対応せざるを得なくなっている。特に、コロナ禍の影響もあって待ったなしになっており、これまでの人事制度の変革もやむなしといことが社会的に受け入れざるを得なくなっていることが背景にあると思う。
こうした中で、複業人材をいかせる組織とはどのような組織だろうか。
私自身は、副業禁止の会社でしか勤務経験がないため、厳密には副業・複業の経験はない。しかし、いわば本業と言える部署の仕事の他に複業として他の社内プロジェクトの立ち上げに関わったり、また出向として出向元の会社の仕事とは全く異なった仕事を出向先でするといった経験と、当時感じていたことをベースに、複業人材をどのように活用するべきなのかということを考えたい。
複業人材に必要な2つの納得感
結論を先に言うと、おそらく一番大事なことは、複業している人がその複業の状態を納得感を持って過ごせることだと思う。
そこには2つの納得感がある。1つは自分が複業をしていることが誰かの役に立っている実感であり、もう1つは自分が複業していることによって自分自身が報われているという実感の2つである。
納得感1:自分が複業をしていることが誰かの役に立っている実感
1つ目は、自分が複業することによって、単に複業先の会社だけではなく、本業の会社の中でも、自分の複業が役に立っているという実感が持てることが非常に大事ではないかと、経験的に思う。
具体的には、複業先で自分が担当し提案したことが実際に検討され、その上で、実現すること・採用されることが望ましいが、そうでないとしてもきちんと社内で検討のプロセスが踏まれ、採否を問わずそのフィードバックを受けることは非常に重要なことだ。
「複業人材」を取り入れたという意味合いや対外的なアピールだけで、言ってみれば自社の社員の下請けのように「複業人材」を使い、単なる人手不足を埋めるための補充要員のような扱いにするのでは、複業をする側としても納得がいかないだろう。「複業人材」公募が一種の流行になったり、またこうした人材をとる意味が社内で徹底されないと、このような事態に陥る危険性がないとはいえない。
そして、本業の側にも、複業をしたことが役に立っているという実感が持てることはとても大切なことだと思う。実際には、守秘義務をはじめ様々な制約はあると思うが、複業している人材が複業先で得た仕事のエッセンスを、本業側の企業が積極的に取り入れそれを活かすことが出来るなら、それは複業人材にとっての気持ちの上での大きな報酬になると思う。
そのためには、複業人材が得た知見を本業側の会社がフィードバックを受け、それを社内で共有する仕組みがなければならないし、また2点目の納得感にも関連するが、複業人材にとって本業側での報酬や評価につながりうる人事・評価制度が設けられていることが望ましい。
こうした知見の共有によって、複業先からすれば、守秘義務等は守られているとしても本業の会社が自分達の会社のノウハウなどを取っていくかのように思うかもしれない。だがその会社も他社に出した複業人材を通じて、同様にノウハウなどを吸収すれば良いだけの話である。
出向をベースとした人事交流では、2社の間でお互いに出向者を出し合うことによってお互いがお互いの会社のことをよく知りまたお互いの従業員が持っているノウハウを共有するという動きもみられることがあるが、それを副業・複業にもひろげれば、相互に互恵関係になることができるのではないだろうか。そして、個社の発展も大切だが、日本経済全体が古い体質から脱却し、再び発展の軌道にのることが何より大切な局面にあると、私は思う。
納得感2:自分が複業していることで自分自身が報われているという実感
そして2点目であるが、複業人材は2つ(以上)の会社の仕事をすることになり、時間のやりくりを始め、情報管理などを含めて本業1社でしか仕事をしていない時と比べて、時間的にもまた精神的な面でも負担が増すことになる。
もちろん、複業の成果が生まれないのであれば話は別であるが、成果に応じた報酬、あるいは成果として期待できることに応じた報酬の額を複業先の企業が提示することが非常に大切であると思う。
今回のお題の投稿の中では、
新しい人材を獲得してフル雇用する予算がない、といった企業側の事情もありそう
と書かれていたが、フル雇用の予算がないことと、1日単位や時給換算での報酬がフル雇用に劣後することは別の話であり、フル雇用以下の条件では話にならない。自社で雇うだけの余裕がないので安く外部の人材を使うというような感覚であるとすれば、それは複業人材がおう負担や提供する価値に対する正当な対価の支払いと言えないし、また複業の人材も、悪しき前例を作らないためにもそうした案件は断るべきだろう。
複業が雇用契約ではなく業務委託といった形で契約が結ばれることになるなら、業務委託は雇用関係にないため、退職金や福利厚生、社会保険といった費用を複業先企業が用意する必要はなく、契約期間が終ればそれで関係は終わりである。そうであるなら、複業先の会社からすれば、非常にリスクの小さい契約であり、時給換算で言えば通常の雇用関係にある社員の倍以上のお金を払っても十分に見合うだけのリスクの軽減が図れているはずだ。この点を十分に踏まえ、複業人材に対して相当の報酬を払わなければいけないし、単に安く使えるからということで使い捨てにするようなことをすれば、その会社は優秀な複業人材から見放されていくことになるだろう。
そして、本業側の企業も複業人材がこうした外部での経験によって身に付けてきた知見やノウハウといったものを、複業先企業の秘密保持等に抵触しない形で取り入れ、それによる自社にとってのプラスを、複業人材に還元しなければいけないはずだ。
優秀な新卒社員に対しては報酬額をアップする動きが日本企業の中でも見られるが、こうしたことが必要なのは新卒や中途採用の社員だけではなく、複業社員対しても考えなければいけないことではないか。
複業人材も、1社で働くサラリーマンの経験だけしかないと、こうした報酬の構造に理解が浅く、今自分の本業で得られている報酬の時給換算と同程度がもらえるのであれば構わないと思ってしまうかもしれない。しかしそれでは労働力を複業先に安く使われるだけになってしまう恐れがある。
コスト削減という縮小均衡発想からの脱却を
いずれにしても複業人材が生み出す価値を、本業側もまた複業側の企業も十分に活かし、双方ともに適正な報酬を支払うことによって日本全体の経済活力が再び生み出され、個々の企業の業績が回復・発展し、日本経済全体の成長が促されるのでなければ、単に複業人材が苦労し、使いつぶされるだけで終わってしまう懸念がある。この点で、長年染みついたコスト削減という縮小均衡の発想から抜け出せるかどうかが問われることになる。そうならないように複業人材の有効な活用を図ってほしいと願う。人材を使いつぶすだけの余裕は、この国にはもはやないのだから。