映画館サブスクリプション『MoviePass』サービス停止は「レガシーな業界は遅れている」という思考停止から脱却するチャンスかも。
今年の9月は3連休が2連チャン。
今回の3連休は如何お過ごしでしたでしょうか?
私は、岩手県花巻のマルカン食堂を舞台にした映画の撮影で花巻に。
素晴らしい場所、花巻の魅力、そして全国のリノベーションの星でもあるマルカン食堂のキセキをしっかりとスクリーンに収めた映画になったはず!
と、撮影最終日終わってワクワクしている中、このエントリーを書いている。
*この映画については、後日ぜひ書かせていただきたい。
折角、花巻まで来たのだから、キュレーターを務めさせて頂いている「さいたま国際芸術祭2020」の視察(?)も兼ねて、
「Reborn-Art Festival」
に明日いかなくてはと仙台に一泊することにして、深夜のマックで作業していたら、個人的にずっと興味深くウオッチしていたビジネスニュースが飛び込んできたので、NOTEを書くことに。
それは・・・・
映画館サブスクリプションのMoviePassが9月14日にサービス停止するという速報。
この『MoviePass』は、サブスクリプション全盛とも言えるこの時節に、映画館行き放題となれるサービスとして、注目を集めたサービス。スタート当初はかなり注目されていたイメージ。映画館版ネットフリックスとでもいえるだろうか。
私も、『POPCORN』という「どこでも誰でも映画館が作れる」サービスを運営していて、映画✕テックという意味では同じ領域のサービス。なので注目していた。
映画館という旧態依然のビジネスをディストラプト?
しかし、私の注目の方向性は、
「今来ているサブスクリプション!しかもなんかロマンがある映画で!すごい!」
みたいな、スタートアップ界隈の評価とは180度違っていた。
期待している方々は、映画館という旧態依然のビジネスをディストラプトするんではないか、劇場の価格決定権がハリウッドからシリコンバレーに移転できるんではないかという期待観だったように見えた。
一方私の方は「スタートアップ業界のトレンドには乗っているかもしれないけど、全然しっくり来ない。」だった。
何故かと言うと、
「サービスが狙うべきターゲットがこの世にほとんど存在しない」
からだ。いまシェアリングエコノミーが伸びている、サブスクリプションモデルが来ているとかのトレンドなんか関係なく、単純に利益がついてこないから業界をディストラプトする推進力自体を持ち得ないと感じた。
ちょうど去年の今頃、PROピッカーとしてNEWSPICKSにコメントしていた記事が下記なのだが、当時この様に感じていた。
それまでに数多あった有料TVの市場を根こそぎリプレイスしようとしているNETFLIXとは違い、映画・映像領域ではある意味これまで存在していないサービスとなる『MoviePass』が取らなくては行けないリプレイス元は、
①それぞれの映画館が独自に運営している会員システム
②映画以外のレジャー市場からのリプレイス
となる訳だが、①は『MoviePass』の仕入元に自ら喧嘩を売るような話なので表立っては難しいし、②はそれこそ実現できるなら既存プレイヤーがやっているよという話。もちろん『MoviePass』側は、サブスクリプションという新しい魅力を持ち込めば、②が実現し映画市場の拡大に寄与できると考えたのだと思うが、残念ながら映画を始めとしたレジャーは生活必需品ではないので、「その場にいかなくては行けないリアルな移動を前提」とした瞬間、サブスクリプションという魔法が解ける気がしてならない。仕事を始めとして様々な選択肢がある中で、移動を伴う映画館に行くという行為が、「今日ふと暇になったし行きたいなあ」という気分で決めるもののではなく「定額払っているから、今日行かなくては損」の様な義務感に変わったら、それは苦役になってしまう気がする。サブスクリプションを武器に映画以外のレジャー市場からのリプレイスは起こせないだろう。
上記の様に市場拡大や既存マーケットのリプレイスに結びつかないのであれば、
サブスクリプション・サービスが成長する為には、
③フリーミアムモデルの様に、よりプレミアムなサービスを提供しそこに誘導して単価を上げる
④スポーツクラブの様に「アクティブにはならない会員」をどんどん増やし、仕入れ(用意すべき客席数)を極小化して利益最大化を目指す
になるかと思う。映画館見放題における③はちょっと思い浮かばないので、
④が『MoviePass』の狙うべき戦略とならざるを得ないはずだ。
そして、それが私が『MoviePass』にしっくり来ない理由でもあった。なぜなら『MoviePass』の狙うべき「アクティブにはならない会員」なんてものが映画の顧客に存在しないのだから。
映画は良くも悪くもいびつな顧客構造で支えられていると言われている。
みんな映画が好きなので、「映画ファン」はとても多いけども、「映画ファン」のほとんどは統計上では年に1回映画館にいくかいかないかである。
その上、映画興行の売上を支えるそれ以外のファンは、逆に毎週末何本も映画を見る様な映画狂なシネフィル勢。
そう、普通の映画ファンから見れば、年に一回行くか行かないかの人から見れば定額サービスは逆に割高になって入りたくないし、一方このサービスを最も享受するシネフィル勢がこぞって『MoviePass』に加入すれば、『MoviePass』としては仕入れに必要なコストはどんどん高くなり採算が合わなくなる。(しかも映画業界全体でみれば、お得意さんの客単価が暴落する事でもあり、市場を縮小させる方向でしかない・・・)
「月一回は多分行くかも」な、サブスクリプションサービスにいい感じの頻度の顧客がボリュームゾーンになっておらず、ほとんど行かないかめちゃくちゃ行くかに二極化している映画市場で、
しかもスポーツクラブの様に行かなくてはいけない切迫感も持ちづらいのであれば、「アクティブにはならない会員」の獲得は難しい。
理に適っているレガシー側の動き
かなり端折って書いてしまったが、これが当初から『MoviePass』に懐疑的だった理由だ。
そして、実際にレガシー側の動きはそれを裏付けている。
このTOHOシネマズの値上げのニュースは、『MoviePass』のやろうとしていた実質値下げによる市場拡大と逆行する流れであり、こちらも話題になった。
しかし、この値下げには、裏付けがあった。
聞いたところによると、TOHOシネマズはこれまでの様々な価格見直しの為のテストマーケティングを実施してきたが、値下げは「年に一回行くか行かないかの人」の来店頻度のアップには効果がなく、結果的に毎週末何本も映画を見る様なシネフィル勢の顧客単価を下げるだけとなり売上が下がった。その様な様々なテストの結果、むしろ値上げの方が売上拡大につながるという結論になったというのだ。
この結論には、半人前ながら映画プロデューサーとして劇場公開した実感とも合致するものであった。
デジタル・トランスフォーメーションが進んでいないレガシー領域には、それなりの理由がある。かも。
残念な結果となってしまった『MoviePass』。
もしかしたら、「レガシーな業界による体制維持の為の抵抗の為に潰された」と感じる方もいるかも知れない。
しかしながら、どちらの業界にも片足づつ突っ込んでいる、曖昧な存在である私にとっては、「デジタル化が遅れている業界に、最先端のテクノロジーやトレンドをぶち込めばうまくいく」という幻想に惑わされた結果の様に見える。
実際、戦略コンサルタントを辞めて、映画の道に進んだとき、映画の実制作を経験するまでは私も同じことを考えていた。「もっと効率化してコスト削減できるでしょ。もっと先端のマーケティング知見を導入して売上拡大できるでしょ」みたいな事を。
しかしどうして、傍からみえると「長年の勘」で動いてしまっているぽいことが、結局、実制作に身を置くと、合理的で最短ルートで動いていたりする事に気付かされた。”先端のマーケティング知見を導入”みたいなことがむしろ非効率だったりするのだ・・。
これは、普通はありえない話で、もちろん業界特性がかなり作用している。
エンタメ、クリエイティブ業界の様な、生活必需品ではなく属人的な付加価値に左右される、非常にプリミティブな業界だからの話だと思う。
中の人が知識が不足しているからではなく、単にデジタル・トランスフォーメーションの優先順位が低いだけだったり、テック業界的な「劇的な進化」にはみえなくともレガシー側が実は必要な範囲内で、着実に合理的に戦略をリバイズし進化していたりする。そんなところに「最先端のトレンドをぶち込む」ことだけを旗印に切り込んでもうまくいく訳ないはずだ。
如何に素早く効率的に業界をトランスフォーメーションするかという「スピード」と「ディストラプト」が、これまでのスタートアップに求められる姿勢であったが、どんどんデジタル化する社会においてその方針でイノベーションを起こせる領域はもう変革しつくしたのかもしれない。
『POPCORN』という挑戦をしている自分にとって身につまされる話ではあるが、自分だけでなく、D2Cやデジタルマーケティングでの成長を戦略基盤とした飲食店などのスタートアップが、昨今どんどんと誕生してきていて、スタートアップのトレンドも、ソフトウェアで完結していた領域から、リアルと接続する領域に移ってきている様に感じている。
「リアル」を前提とする業界に、フィールドが移りつつあるこれからのイノベーションのあり方は、「温故知新」と「レガシーとの共創」に変わる必要があるかもしれない。