見出し画像

クリエイティビティを経営に活かす【第24回日経フォーラム 世界経営者会議_ソニーグループ会長兼CEO 吉田 憲一郎氏】

ありがたいことに、今年も日本経済新聞が主催する『第24回日経フォーラム世界経営者会議』をオンライン視聴させていただく機会を得ることができた。世界に名だたるグローバル企業の経営者による講演は、非常に聞きごたえがあり、どれも素晴らしいものだった。その中でも、『第24回世界経営者会議』を視聴して、特に気になったスピーチを5つ選び、考察をしていきたい。
第1回目は、本会議のトップバッターを務められたソニーグループ
代表執行役 会長 兼 社長 CEO の吉田 憲一郎氏による「クリエイティビティで挑む経営」だ。

クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす

パーパス経営を導入している SONY では、2019年に同社のパーパス(存在目的)を『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』と定めた。パーパスを標榜する企業は数多い。そのような中で、同社の特出すべきところは、社員からの共感を得ていることだ。
同社のパーパスは、従業員の8割からポジティブに捉えられ、組織に浸透している。古くはウォークマンに代表され、プレイステーションや、近年好調なエンタテイメント事業など、同社がこれまで世界を感動で満たした来た事業は、クリエイティビティとテクノロジーが結びついたからこそ成功を収めてきた。明文化されたパーパスは、同社の成功のDNAを的確に表し、言行一致していることが従業員からの強い支持に繋がったのだろう。

クリエイティビティは長らく(笑)扱いだった

パーパスを組織に浸透することは難しい。特に、日本の様にコミュニケーションの傾向としてコンテクストが高い文化では、本音と建て前を使い分けてしまい、パーパスはお題目として本音と乖離してしまうことがよくある。そうすると、標榜しているパーパスは何の意味もなく、暗黙的に共有されている本音がビジネスの実態となってしまう。
これが、アメリカのようにコンテクストの低い文化では異なってくる。コンテクストの低い文化では、個人の本音を建て前に合わせようとする。暗黙的な内容よりも、形式的な内容を重視しないと、価値観の多様性が前提となっている社会では組織的な活動ができないためだ。個人の暗黙的な思いよりも、形式化された組織の方針のほうが優先順位が高くなる。そのため、ビジョンやパーパスが経営において重視される。
特に、クリエイティビティはコンテクストの高い日本のビジネスシーンでは「(笑)扱い」されることが多かった。「(笑)扱い」されてきた理由は単純で、多くのビジネスパーソンにとって、創造性が求められる場面がほとんどなく、実感がわかないためだ。日常業務では、新しい何かを生み出すことよりも確実に失敗なく業務をこなすことが求められることが多い。新規事業開発であっても、ゼロから何かを生み出すよりも、どこかで成功した事例を模倣してスピードと規模で勝負したほうが事業失敗のリスクを減らすことができる。
1955年に、SONY(当時、東京通信工業)が日本で初めてトランジスタラジオを発売して成功を収めたが、後に他社がそれを改良して発売し、最終的に東芝がトランジスタの分野でトップに立ち「モルモットのソニー」と揶揄された。この異名に、SONY創業者の井深大氏は「モルモットで結構ではないか。我々は先駆者だということではないか。」と一笑に付したと言われるが、クリエイティビティが軽視され、確実に儲かる堅実性が重視されてきた事例と言える。
しかし、ルーチンでこなすことのできる業務はAI化されると言われる中で、新しい何かを考え出すクリエイティビティが求められる業務の重要性が高まっている。例えば、AIで誰でも高い品質のイラストを出力できるようになってきたが、AIに優れたイラストを描かせるための仕様作りや視る者を惹きつけるストーリー構築は人間ではないとできない。
SONYのパーパスである『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』も、AIでは代替できない、人間だからこそできる仕事だ。それでは、クリエイティビティとテクノロジーを活用して、感動を満たすにはどうすればよいのだろうか。

クリエイティビティで感動を生み出すためのロジック

クリエイティビティと感動という2つの概念は、主に心理学系の学問領域で扱われるトピックだ。一方、テクノロジーは工学系の学問領域の題材である。この心理学系と工学系の異なる学問領域を結び付けて、テクノロジーと感動の因果関係を明らかにしようとしたのが感性工学だ。
感性工学は、広島大学工学部名誉教授の長町 三生氏が考案した、心理学の手法を応用した人間工学の理論だ。製品と顧客の接点となる物理的な要因が、顧客の持つ感性を刺激することで購買意欲を掻き立てるという因果関係を、心理実験と心理統計の手法を活用して明らかにする。マツダのロードスターや日産のシーマ、アサヒビールのスーパードライ、シャープの冷蔵庫の開発などで活用され、多くのヒット商品を生んできた。
感性工学の理論を参考として、SONYのパーパスである『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』を経営学の理論として構造化すると、以下の図のように描くことができる。

理論モデルにおいて、クリエイティビティは、製品開発プロセスの序盤における「コンセプト設計」「感性を刺激する仮説立案」「インターフェースの設計」の段階に大きく寄与すると考えられる。つまり、アイデア出しの段階だ。
どのような製品・サービスを開発するのかを決めた後は試作品を開発し、顧客の感性を刺激できたかどうか、データを収集して、統計分析にかけていく。テクノロジーが要求される段階だ。
仮説・検証の段階に入るため、納得のいく結果が出るまで、この段階は何度も繰り返すことになる。例えば、スーパードライの時には「喉越し」という感性を刺激することが重要であることが発見されている。ロードスターの開発では、運転席に聞こえるマフラーの音が官能的かどうかが重要な因果関係であると明らかになっている。
この理論モデルでは、顧客の感性を刺激し、感動を呼ぶのは、製品・サービスが持つ物理的なインターフェースの特性に依存する。顧客は感動することで、経済的に問題がなければ購買行動に移り、もし買わなかったとしても感動を拡散したいとSNSなどに投稿して市場開拓への貢献が期待できる。

このモデルでは、製品開発の理論である感性工学を基にしているため、製造業をイメージしやすくなっている。しかし、基本的な構造は新製品開発だけではなく、他の業務でも同じだ。サービスの提供者は、サービスの受け手の感性を意識して、接点となるインターフェースを意識することが仕事の質の向上につながってくる。
クリエイティビティを仕事に活かすため、相手のどのような感性を刺激して、自分の仕事から感動を生み出すのか仮説を立てること。そして、感性を刺激するために成果物をどのように作りこむのか、インターフェースを工夫することが『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』ことに繋がるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?